第24話「春を待つ音、そして――」
文化祭ライブを終えて季節は冬へ。
高校生活の終盤、4人が交わした“約束”――
「大学でもまた、一緒に音を鳴らそう」
その約束を果たすために、希愛の受験が始まります。
刹那は、高校受験のときに希愛を置いていってしまった後悔から、
「今度は一人にしない」と勉強会を提案。
悠花も、紫苑も、それぞれの形で希愛を支えながら、
4人は“未来への準備”を少しずつ進めていきます。
冬の空気の中で描かれる、小さな努力と確かな絆。
高校編の締めくくりへ向かう、静かな前奏です。
十二月の風は、指先を刺すように冷たかった。
校門を出ると、街の並木には白いイルミネーションが灯り始めていて、通りを歩く生徒たちの吐く息が淡く光に溶けていく。
刹那と希愛は、その中を並んで歩いていた。
放課後の空はもう群青色に沈み、どこか遠くでチャイムが聞こえる。
「……もうすぐ、受験だね」
希愛がぽつりと呟く。
その声は小さく震えていた。
「ええ。あっという間ね」
刹那は手袋を外して、ポケットの中で冷えた手をぎゅっと握りしめた。
吐く息が、白く空に溶ける。
「正直、怖いよ。落ちたらどうしようって。
みんなはもう推薦で決まってるし……私だけ、また置いていかれる気がして」
その言葉に、刹那の足が止まった。
小さく息を吸い込み、ゆっくりと希愛に向き直る。
街灯の光が、銀の髪に柔らかく反射した。
「――今度は、置いていかないわ」
「え……?」
希愛が目を瞬かせる。
刹那は少し笑って、けれどその瞳は真剣だった。
「高校受験のときね。
私、希愛を置いて一人で進んだ。
あのとき、何も言えなかったこと……ずっと後悔してるの」
冷たい風が二人の間を抜けていく。
希愛は驚いたように目を伏せた。
「……そんなの、もういいよ」
「よくないの。私が勝手に進んで、あなたに背中を見せた。
でもね――今度は一緒に行きたい。
今度こそ、同じ場所に立ちたいの」
希愛の胸の奥がきゅっと締めつけられた。
長い間、心の奥に残っていた痛みが、少しずつ溶けていくのを感じた。
「……刹那」
「だから、勉強会をしよう。
今回は私が一緒にいるから。絶対に一人にしない」
その言葉に、希愛はゆっくりと顔を上げた。
刹那の瞳には、真っすぐな光が宿っていた。
「……うん。頑張る。
私も、みんなと同じ大学に行きたい」
街のイルミネーションが二人の髪を照らし、柔らかな光が頬に反射する。
その瞬間、冬の冷たさの中に、確かな温もりが生まれた。
「じゃあ、決まりね」
刹那が小さく笑う。
「場所は……やっぱり、私の家でいい?」
「うん。あそこなら集中できそう」
希愛の頬が少し赤く染まる。
刹那は満足そうに頷いた。
「よし。明日から始めましょう。
――次の春は、一緒に迎えるのよ」
その言葉に、希愛は静かに微笑んだ。
夜空には白い息が重なり、二人の影が街灯に長く伸びていく。
翌日。
刹那の部屋に、二人分のノートと教科書が広げられた。
「ここが“教室”になるなんてね」
希愛が苦笑すると、刹那も小さく笑った。
「たまにはいいじゃない。音の代わりに知識を積み上げるのも」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「誰か来た?」
「もしかして……」
ドアを開けると、
そこには大きな紙袋を抱えた悠花が立っていた。
「やっほー! 勉強会に差し入れ持ってきたよ!」
「悠花!?」
「放っておけるわけないでしょ。
“仲間の受験”って言葉、なんかカッコよくない?」
そう言って、悠花は袋の中から焼き芋とココアを取り出した。
部屋の中に、甘い匂いが広がる。
「……ふふ、らしいわね」
刹那が呆れたように笑いながらも、嬉しそうに椅子を勧めた。
「座ってなさい。ちょうど休憩にしようか」
「お言葉に甘えて〜」
悠花は温かい紙コップを配りながら、にっこりと笑う。
「ねぇ、希愛。
あの文化祭のステージ、覚えてる?」
「もちろん」
「次は、勉強のほうでも“アンコール”決めちゃおう!」
希愛が吹き出して、刹那も思わず笑った。
窓の外では、雪が静かに舞い始めていた。
ストーブの灯りが揺れ、冬の夜はゆっくりと更けていく。
夜になり、窓の外はすっかり白い息が濃くなるほど冷え込んでいた。
それでも刹那の部屋は、ストーブの明かりとココアの香り、
そして“仲間と一緒にいる時間”の温かさに満たされていた。
「じゃあ希愛、この問題やってみて」
刹那がノートを指差す。
「えっと……この公式を使えばいいのかな」
「そう。前より迷いがなくなってきたわね」
そのさりげない褒め言葉に、希愛の胸が少し熱くなる。
刹那の優しさは、昔と変わらない――でも、今はそれ以上に柔らかかった。
その一方で、悠花はというと……
「ねぇ刹那、これ絶対答え合ってるよね?」
「悠花は全然関係ないところ解いてるじゃない……」
「えへっ、やっぱり?」
悠花の天然ぶりに、希愛は思わず笑ってしまう。
さっきまで感じていた“受験の重さ”が、少しだけ軽くなる。
「でもさ、こういうのって一人だと続かないよね」
悠花が暖かいココアをすすりながら言う。
「みんなでやると頑張れる気がする」
「……本当に、そうだね」
希愛が静かに頷いた。
そこへ、家のチャイムが鳴った。
「こんばんは。入ってもいいかしら?」
「いらっしゃい、どうぞ」
入ってきたのは紫苑だった。
どこか冷たい空気を連れてきたような凛とした佇まいだが、
手には温かいハーブティーの入った魔法瓶を持っている。
「紫苑」
希愛が目を輝かせる。
「生徒会の仕事が早く終わったから、少しだけ、見ていこうと思って」
「わー! 紫苑先生も参戦です!」
悠花が手を挙げてはしゃぐ。
「先生だなんて……」
紫苑は少し照れたように微笑んだ。
ストーブの熱が頬をほのかに赤く染めている。
「では、ここの文章問題だけ見ましょう」
紫苑は希愛のノートを覗き込み、丁寧に指でマーカー部分を示す。
「文章が長くても、焦らずに“主語”と“述語”を探して。
それだけで、必要な情報が見えてくるわ」
「主語と述語……」
希愛はペンを持ち直し、真剣にページを追う。
横で刹那が小声で言う。
「こういうの、紫苑は本当に上手よね」
「さすが生徒会長だよ〜」
悠花が頷く。
「あなたたち……褒めても何も出ないわよ?」
そう言いつつも、紫苑の頬は少し赤くなっていた。
やがて時計の針が22時を回り、外の風がさらに冷たくなった頃。
「今日はここまでにしましょう」
紫苑が小さく伸びをしながら言った。
「えっ、もうこんな時間?」
希愛が驚く。
「集中できる時間って、すぐ過ぎちゃうんだね」
「それだけ頑張ったってことよ」
刹那が柔らかく微笑む。
「……ありがとう」
希愛は三人を順に見つめ、大きく深呼吸した。
「刹那も、悠花も、紫苑も……
本当にありがとう。
私、一人だったらきっと――ここまで来られなかった」
その言葉に、空気が一瞬だけ静かになる。
「希愛は一人じゃないよ」
悠花が優しく笑う。
「最初からずっと、仲間だから」
「ええ。ずっと、ね」
刹那が続ける。
「……その輪の中にいられるの、嬉しいです」
紫苑がそっと言った。
言葉は控えめなのに、伝わってくる温度は優しい。
帰り際、外に出ると、街灯の下で雪がちらちらと舞っていた。
希愛が息を吐くと、白い煙がふわりと広がる。
「明日も、よろしくお願いします」
希愛が深く頭を下げる。
「もちろん」
刹那が微笑む。
「私もできる限り顔を出すわ。体調だけは気をつけてね」
紫苑がマフラーを巻き直しながら言う。
「勝負はこれからだよ!」
悠花の元気な声が凍える夜空に響いた。
その笑い声は、冬の冷たさを溶かすように温かかった。
冬が深まるほど、街は静けさを増していった。
刹那の家に通う日々も習慣となり、
希愛のノートは少しずつ“できるようになった証”で埋まっていく。
そして迎えた――試験前日。
夜の自室で、希愛は最後のノートを静かに閉じた。
窓の外では粉雪が舞い落ち、街灯の光に消えていく。
「……怖いな」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
“落ちたらどうしよう”という黒い影が、ふと背後に立つ。
でも同時に――彼女の手帳のページには、3つの名前が並んでいた。
悠花
刹那
紫苑
その名前を見るだけで、心の中に灯りが灯る気がした。
「……ううん。もう逃げない」
希愛は布団にもぐり、ぎゅっと拳を握った。
試験当日
雪の残る道を、希愛は手袋を握りしめて歩く。
胸は緊張でいっぱいだったが、
会場の門の前には――
「希愛!」
「おはよう!」
悠花、刹那、紫苑の三人が待っていた。
「みんな……来てくれたの?」
「当たり前でしょ!」
悠花が笑って手を振る。
「無茶はしないで。いつも通りで大丈夫」
刹那がマフラーを直してくれる。
「緊張したら、深呼吸。
あなたなら必ずできるわ」
紫苑の声は冬の空気よりも柔らかかった。
希愛の目が潤む。
「……ありがとう。本当に」
「じゃ、行ってらっしゃい!」
「またあとでね」
「大丈夫。努力は裏切らないわ」
三人の声に背中を押され、
希愛は深呼吸を一つして試験会場へ向かった。
試験は、あっという間だった。
難しく感じた問題もあった。
でも――最後まで逃げなかった。
帰りの電車で、希愛は窓に映る自分を見つめる。
(……もう、昔みたいに一人じゃない)
窓の外の雪が、少しだけ春の光を孕んで見えた。
数週間後――封筒が届く
二月の終わり。
ポストに白い封筒が入っていた。
差出人は――志望大学の音大からだ。
「……っ」
手が震える。
刹那たちもすぐ駆けつけてくれた。
「大丈夫。落ち着いて開けなさい」
紫苑はそっと希愛の背に手を添える。
希愛は深呼吸し、封を破った。
――そして。
堰を切ったように涙があふれる。
希愛は紙を握り締め、震える声で叫んだ。
「合格……! 私、受かった……!
みんなと同じ大学に……行ける……!」
悠花が真っ先に抱きしめる。
「おめでとう、希愛!!
もう、もう……本当にがんばったね……!」
刹那も目を潤ませながら微笑んだ。
「……これで、やっと並んで歩けるね」
紫苑は涙をこらえながら言葉を添える。
「あなたの努力よ。
胸を張りなさい、希愛」
四人がひとつに重なった瞬間、
窓の外では雪が光に溶けていくように舞い落ちていた。
そして、春へ
三月。
桜の蕾がふくらみ始めた校庭には、まだ冬の名残りと春の気配が混ざっていた。
卒業式が終わり、校門前には軽音部の後輩たち――美里と遥と麻里奈が駆け寄ってくる。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
「私たちも、先輩たちと同じ大学に行きます。だから……待っててください!」
笑顔でそう言う美里に、悠花は頬を緩めた。
「じゃあ、その前に新入部員の勧誘だね。
このままだと廃部になっちゃうぞ~?」
「ですよね。ギターとベースとボーカルだけじゃ、ちょっと心もとないですし」
遥が照れ笑いしながら肩をすくめる。
「そこは麻里奈さんの歌声でカバーですね」
刹那が冗談まじりに言うと、麻里奈は胸に手を当てて笑った。
「はい! もっともっと上手くなれるように努力します。
刹那先輩みたいに、音の上に歌を乗せられるように」
「うん。頑張ってね」
刹那は優しく頷く。
「じゃあ、私たちもう行くね。部活、頼んだよ」
「はい! 先輩たちもお元気で!」
そう言葉を交わし、悠花と刹那はゆっくりと校門を出た。
しばらく歩くと、河川敷へ続く道の向こうで、紫苑と希愛が手を振っているのが見えた。
「ごめん、遅くなっちゃった。後輩たちと挨拶してて」
「大丈夫です。私も生徒会で挨拶が長引いて……今来たところです」
「私も同じく」
四人の足並みが自然とそろっていく。
「……これで本当に、同じ大学なんだね」
希愛が胸に手を当て、ゆっくりと言う。
「うん。また一緒に音が作れるよ」
悠花の笑顔は、まるで春を先取りしたように明るい。
「大学の授業、大変だと思いますけれど……
また助け合っていきましょう」
紫苑は眼鏡を軽く押し上げながら微笑む。
「うん。今度こそ――四人で」
刹那がそっと手を差し出した。
希愛がその手を取り、
悠花が重ね、
紫苑が静かに添える。
春風が四人の髪をやさしく揺らした。
「この春から、私たちの音は新しく始まる――」
そう言って、四人はゆっくりと歩き出す。
未来へ向かって。
同じリズムで、同じ方向へ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第24話は、高校編の実質的な最終話でした。
希愛の受験を軸に、
刹那・悠花・紫苑の3人がそれぞれの形で手を差し伸べ、
“4人での未来”が現実へ動き出す流れを描きました。
特に今回は、刹那の「過去の後悔」から生まれた行動が大事なポイントです。
高校受験のときに希愛を一人にしてしまった後悔――
それを、今度こそ正面から向き合い、
“共に歩く道”を取り戻す回でした。
そして希愛の合格によって、
4人はようやく“同じスタートライン”に戻ることができました。
次回はいよいよ 大学編序章。
ここから、“Ametiara”という名前へ繋がる
新しい音楽の世界が広がっていきます。




