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第23話 文化祭ライブ、そして――

文化祭当日――。

高校最後のステージに立つ悠花たち軽音部5人。

これまで積み重ねてきた音と想いを胸に、彼女たちは「最後の音」を奏でる。

一方、観客席から見守る紫苑と希愛も、それぞれの心にある“音の答え”を見つけていく。


仲間たちの音が繋ぐ、高校編のクライマックス。

笑顔と涙のステージが、今、始まる。

九月の終わり。

 風は少しずつ夏の匂いを手放し、校舎のあちこちで秋の音が響いていた。

 窓の外では模擬店の看板を取り付けるクラスメイトたちの声、体育館からはマイクテストの反響音。

 ――今日は、文化祭本番の日だった。


 生徒会室では、紫苑が淡々とチェックリストを確認していた。

 整然と積み上げられた資料の山、その一番上には「文化祭進行表」の文字。

 生徒会長としての仕事に追われているはずなのに、その手の動きにはどこか落ち着きがなかった。


「……これで最後のブロックもOKね」

「紫苑、大丈夫よ! 軽音部のステージ、予定通り十五時からだから」

 ゆきちゃんの声に、紫苑の指が一瞬止まった。


「……ありがとう。確認できたら進行を任せるわ」

 そう答えた声は静かだったけれど、その奥にほんの小さな揺らぎがあった。


 机の上の隅には合宿中に、悠花たちと書き連ねた五線譜ノートがあった。

 ページを開くと、そこには手書きのメモが残っている。


「コード進行、C→Am→F→G “みんなで歌えるメロディー”」


 あの日の文字。あの日の笑顔。

 胸の奥で、封じ込めていた音がそっと息を吹き返す。


 ――母の言葉が頭をよぎる。

 “クラシックこそが正道。あなたの手を、汚いリズムで濁らせないで。”


 紫苑は目を閉じて、小さく息を吐いた。

 ピアノの指先が恋しかった。

 でも今は、その音の代わりに胸の鼓動が鳴っていた。


「……ほんと、不思議ね」

 誰に聞かせるでもなく呟いて、ノートをそっと閉じる。


 窓の外から、誰かのギターの音が微かに響いた。

 柔らかくて、懐かしい響き。

 紫苑の唇がかすかに動く。


「……行きましょうか」


 彼女は書類の束を抱えたまま、静かに立ち上がった。

 その足は自然と、体育館の方角へと向かっていた。


 ステージ裏では、悠花たち軽音部の五人が最後の調整に入っていた。

 アンプから小さくハウリングが鳴り、遥が慌ててダイヤルを回す。


「音、もう少し落とす?」

「いや、客席入るとちょうどいいはず。ホールの反響があるから」

 刹那が冷静に答える。


「了解。じゃあこのままでいこう」

 悠花は軽くギターの弦を弾いて音を確かめた。


 美里は隣でリードギターを調整しながら、小声で呟いた。

「いよいよですね……」

「うん。これが、私たちにとっては最後のステージ」

 悠花は少し笑って、遠くを見た。

 「最後」と言った瞬間、全員の表情にわずかな沈黙が流れた。


 このメンバーで奏でる“高校の音”は、今日で終わる。

 でも終わりだからこそ、全力で鳴らす意味がある。


「麻里奈ちゃん、大丈夫?」

 悠花がマイクの前に立つ後輩へ声をかけた。

「はい……でも、すごく緊張してます」

「いいことだよ」悠花は優しく笑う。

「緊張してるってことは、それだけ本気ってことだから」


 刹那も頷く。

「この空気を味方にしましょう。ステージは、音と気持ちの場所だから」

 麻里奈はその言葉を胸に、ぎゅっとマイクを握りしめた。


 その様子を見ていた美里が、深呼吸しながら言った。

「……私たちの音、きっと届くよ」

「うん。私たちらしく、ね」


 悠花が微笑み、五人の手が重なった。

 ステージスタッフが声をかける。

「準備完了、出番です!」


 全員がうなずいた。

 光の差すステージへ――それぞれの音を抱えて。


 その頃、観客席。

 希愛は前列の端に座りながら、ステージ幕の向こうを見つめていた。

 同じ列の少し離れた場所には、紫苑の姿がある。


 偶然目が合い、二人は小さく頷き合った。


 ――それぞれの想いを胸に、音の幕が上がろうとしていた。


ステージの幕が上がった瞬間、眩しい光が体育館を包んだ。

 客席から一斉に拍手と歓声が上がる。

 その中心で、悠花たちは静かに立っていた。


 照明に照らされたステージの床が、ほんの少し震えている。

 悠花はギターのネックを握り、指先を一度だけ見つめた。

 隣には刹那。静かに息を合わせる。

 後方のドラムセットで、遥がスティックを構えた。

 美里のギターがリフを奏で、麻里奈が深く息を吸い込む。


 次の瞬間――音が走った。


 悠花のギターがイントロを切り裂き、

 刹那のベースがそれを受け止めるように低音を鳴らす。

 ドラムがテンポを刻み、美里のリードが光のように走る。


 体育館に響き渡る、五人だけの“音”。


 観客たちは思わず息を呑んだ。

 その中で、紫苑は静かに胸の前で指を組んだ。

 心臓が音と同じリズムで鼓動している。


 “これが――わたしたちの音。”


 ステージ上の悠花の目が、一瞬だけ客席の奥を見た。

 そこに紫苑と希愛の姿を見つけ、微かに笑う。

 その笑みは、「ちゃんと届いてるよ」と言っているようだった。


 曲は二番に入り、音がより大きく、より確かに響く。

 麻里奈の声が高く伸びるたび、観客が波のように揺れた。

 歌いながら、彼女の瞳には涙の粒が光っている。


「――いつかの約束、音に変えて 風の中へと、響け!」


 歌詞の一節に、紫苑の胸が強く打たれた。

 “風の中へと、響け”

 それは、まるで過去の自分に向けられた言葉のようだった。


 母に止められたロック。

 ピアノ以外の音を“無駄”と切り捨てられた日々。

 けれど、今目の前で鳴っている音は――美しい。


「……音に、境界なんてないのね」

 紫苑が小さく呟いた。

 隣のいた希愛がうなずく。

「うん。音楽って、自由だよ。どんな形でも」


 その瞬間、サビに入る。

 照明が一気に切り替わり、白い光が舞い上がる。

 悠花がギターをかき鳴らし、刹那がコーラスで重ねる。

 ドラムとベースが一体になり、麻里奈の声が天井を突き抜けた。


 ステージの上と下――

 鳴り響く音の中で、紫苑の頬に一筋の涙が流れた。

 希愛も目を細めて笑う。


「……やっぱ、すごいな。

 私、こういう音に出会えたこと、誇りに思う」


 紫苑はその言葉に答えず、ただ両手を膝の上で握りしめた。

 指先が震える。

 ピアノを弾きたい――その衝動が、胸の奥で静かに鳴っていた。


 曲のブリッジに入り、場内が一瞬だけ暗転する。

 スポットライトが麻里奈の背中を照らし、

 その周囲を悠花と刹那の音が包み込む。


 悠花の指が弦をはじくたび、金色の光が跳ねる。

 刹那の低音はまるで地の底から響くようで、

 その上を美里のギターが流星のように走った。


 そして――静寂。


 全員の音が一度止まり、会場全体が息を呑む。

 麻里奈がマイクを両手で握りしめ、

 震える声で、最後の一節を歌った。


「ありがとう この瞬間が ずっと続きますように」


 その歌声は、音楽室での練習も、迷いも、笑いも、全部包み込んでいた。

 観客の拍手が響き始めたとき、紫苑はそっと立ち上がった。


 胸の奥が熱くて、もう座っていられなかった。


 演奏が終わった瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

 観客が総立ちになり、手拍子が鳴り止まない。

 ステージ上の悠花たちは、顔を見合わせて笑った。


 悠花がギターを下ろし、深く頭を下げる。

「……ありがとうございました!」


 マイクを握る麻里奈の声が、涙で震えていた。

「みんなの前で歌えて、ほんとに……しあわせでした!」


 刹那が彼女の肩に手を置き、そっと支える。

 美里と遥も笑顔で頷いた。


 ――五人の音が、確かにひとつになった。


 拍手の波の中、紫苑は小さく微笑んだ。

「……最高のステージだったわ」

 隣で希愛が泣き笑いの顔をしていた。

「ね。あんな音、他にないよ」


 紫苑は頷きながら、胸に手を当てる。

 そこには、もう一度みんなとやりたいという確かな鼓動があった。


 “この音を、次は自分の手で重ねたい。”


 観客席の照明が戻り、次のプログラムの案内が流れる。

 でも紫苑の耳には、まださっきの音が残響のように響いていた。



ステージの照明がすべて落ちたあとも、

 体育館の空気には、まだ音の残響が漂っていた。

 拍手と歓声が静まると、遠くで風の音が聴こえる。

 それは、終わりを告げるようでいて――どこか温かかった。


 控室の扉を開けると、汗と笑顔と、そして涙が混じった空気が溢れていた。


「……やばい、もう、感動で声出ない……!」

 麻里奈が半ば泣き笑いで言う。

「ほんと最高だった!」

 美里が両手を広げ、彼女の背中を軽く叩いた。

「ミスもなかったし、観客もめっちゃ盛り上がってた!」


 遥はスティックを握りながら、まだ鼓動の余韻を感じていた。

「私、ドラムやっててよかったって思った……」

「ふふっ、いい顔してる」

 刹那が優しく笑い、後輩たちにタオルを渡す。


「みんな……本当にありがとう」

 悠花の声が少し震えていた。

「これで、わたしたちの高校生活の音は終わりだけど…。

 でも、最後にこんな最高のステージができて――幸せだよ」


 麻里奈が涙を拭いながら首を振る。

「終わりなんて、言わないでください……! また一緒にやりましょう……」

 その言葉に、美里も目を潤ませた。

「でも、終わりがあるから、次の音が鳴るんだよ」

 悠花が静かに言う。

「だから、ここで止まらなくていい。

 私たちは――未来に繋ぐ音を残せたんだと思う」

「美里ちゃん、麻里奈ちゃん、遥ちゃん、これからの軽音部をお願いね」


 その言葉に、誰もがうなずいた。

 誰かが泣き、誰かが笑い、誰かがただ黙って頷いた。


 廊下の向こうから、足音が近づいてくる。

 扉が静かに開き、顔を覗かせたのは紫苑だった。


「おつかれさま」


 その一言だけで、全員が驚いたように振り向いた。

「紫苑さん!」

 麻里奈が立ち上がる。

「見てくれてたんですか?」

「ええ。最初から最後まで」

 紫苑は微笑んだ。

「本当に……素晴らしいステージだったわ」


 悠花が一歩前に出る。

「ありがとう。紫苑が見てくれてたなら、もうそれだけで報われる」

「私もそう思います」

 刹那が静かに言い、柔らかく笑った。


 紫苑は一人ひとりの顔を見渡した。

 汗に濡れた髪、光る瞳、震える手。

 そのどれもが、音を奏で終えた“証”だった。


「……音って、不思議ね」

 紫苑が小さく呟く。

「形がなくても、ちゃんと心に残る。

 あなたたちの音も、きっとずっとここに残るわ」


 悠花が微笑みながら言った。

「ありがとう。でも、私たちの音は、ここで終わりじゃないよ。

 この部活は、美里たちが次に繋いでくれるから」


 美里が姿勢を正し、真剣な声で言う。

「はい。私たちが必ず、来年もこのステージに立ちます」

 紫苑は目を細めて頷いた。

「頼もしいわね」


 静かに笑いが広がった。

 その場の空気は、音を鳴らさなくても音楽のように優しかった。


 夕方。

 校舎の屋上に上がると、空はオレンジから紫へと色を変え始めていた。

 風が頬を撫で、フェンスの影が長く伸びる。

挿絵(By みてみん)

 悠花と刹那が並んで立ち、手すりにもたれかかっていた。

 下からは模擬店の片付けをする声が聞こえる。


「……終わっちゃったね」

 悠花が呟く。

「ええ。でも、不思議と寂しくはないわ」

 刹那は静かに目を閉じた。

「音がちゃんと残ってるから。

 たぶん、これからもずっと」


 悠花は小さく頷いた。

「そうだね。今日の音は、誰の心にも残ってるはず」

 風が二人の髪を揺らし、どこか遠くで足音が響いた。


 少し離れた場所では、紫苑が空を見上げていた。

 生徒会の腕章を外し、胸に抱えたまま。

 その隣には希愛が立っていた。


「……すごかったね、みんな」

「ええ。本当に」

 紫苑は穏やかに答えた。

「音楽はクラシックだけなんて、ありえないですね」


「うん。あれを見たら、誰でもそう思うよ」

 希愛が笑う。

「あ~あ、私も次はみんなとやりたかったなぁ」


 紫苑が希愛の横顔を見て微笑む。

「じゃあ、一緒に目指しましょうか。

 次は――同じ場所で、音を鳴らすために」


 希愛は強く頷いた。

「うん。絶対に!」


 二人の視線の先で、校庭のスピーカーから最後の放送が流れる。

 「これをもちまして、今年の文化祭を終了します」


 放送が終わると、空が少しずつ夜へと変わっていった。

 校舎の屋上から見える街の灯りが、ひとつ、またひとつと灯る。


 紫苑は胸の奥で、まだ鳴り続ける音を聴いていた。

 それはピアノでもギターでもない、

 “仲間の音”――未来へと続く旋律だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

第23話は、高校編の集大成となる文化祭ライブでした。


悠花と刹那にとっては高校生活最後のステージ。

紫苑にとっては、音楽への想いを再確認する“決意の瞬間”。

そして、美里・遥・麻里奈の後輩たちにとっては、

「次の音」を受け継ぐ第一歩でもあります。


この章で、ようやく全員がそれぞれの“音の在り方”を見つけ、

物語は次のステージ――卒業と進路、そして大学編へと向かいます。

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