第22話「それぞれの音、ひとつの舞台」
文化祭まであとわずか。
刹那の自宅スタジオに集まった軽音部の五人は、それぞれの音を重ねながら“高校最後の舞台”に向けて準備を進めていく。
音を合わせる楽しさ、仲間と作る音楽の喜び――そして、これまで積み重ねてきた時間の証が、ひとつの音となって響き始める。
夏の終わりを告げる風が、校舎の窓を静かに揺らしていた。
合宿から数週間が経ち、軽音部の部室では部員5人と紫苑を含めた6人で、次の目標について話し合いが始まっていた。
「この間、先生から話があったよ。秋のフェスティバル、うちにも参加打診が来てるみたい」
悠花がプリントをテーブルに広げると、刹那が眉を上げた。
「たしか去年、紫苑の親の関係で出させてもらえたやつですよね?」
「そう、同じ主催みたい。せっかくだから今年も――」
悠花が言いかけたとき、一緒に話し合いに参加してた紫苑が静かに首を横に振った。
「……その件ですが、私は出られません」
部室の空気が一気に固まった。
「え……?」
「母に止められてます。今度のフェスもクラシック協会の後援です。
“娘がロック寄りの演奏をするのは問題だ”と……」
紫苑の声はいつもの落ち着きを保っていたけれど、
その瞳の奥には、迷いと諦めが見えた。
「でも、紫苑のピアノがあってこその音なのに……」
刹那が悔しそうに唇を噛む。
「大丈夫です。皆さんは部としての活動を続けてください。
私のせいで止めてほしくはありません」
紫苑はそう言って微笑んだ。
その笑顔が、かえって痛かった。
少しの沈黙のあと、悠花が手を叩いた。
「じゃあさ、フェスはやめて、文化祭に集中しよっか!」
突然の提案に、全員が顔を上げた。
「文化祭?」
「うん! 一昨年は先輩たちが出て、去年は出れなかったけど、今年は私たちの番でしょ。
新入生も入ったし、軽音部としてちゃんと形を残したい!」
悠花の言葉に、刹那も頷いた。
紫苑は驚いたように2人を見て、やがて小さく笑った。
「……いいと思います。それなら、私も生徒会側から支援できます」
「ほんと!?」
「ええ。ステージ設営の申請とか、音響機材の調整とか……全部任せてください」
紫苑の表情に、ほんの少しだけ光が戻っていた。
それを見て、悠花も笑顔になる。
「よし、決まり! 軽音部は文化祭ライブ一本に集中!」
「初めての文化祭楽しみだね」
美里たちも賛同して、喜んだ。
「ふふ、やる気出てきたね」
窓の外では、夏雲がゆっくりと形を変えながら、
新しい季節の始まりを告げていた。
九月中旬、放課後。
クラスの出し物の準備が終わった後だと、練習時間が取れなくて本格的にしたいため、金土日曜日は刹那の家のスタジオで練習することが多くなった。
スタジオには、アンプの音とスティックが鳴る軽快なリズムが響いている。
「テンポ、あと少しだけ上げよう」
悠花がギターを弾きながら声をかける。
「了解、80から85でいってみる」
刹那が即座にベースを合わせる。
二人の息はすでにぴったりだ。
その横では、美里がリードギターのリフを試しながら、
少し悩んだように眉をひそめていた。
「ここのリフ、もうちょい派手にいったほうが良くない?」
「派手でもいいけど、全体のバランスが崩れたらもったいないよ」
「そうね……じゃあもう少し音圧落としてみる」
美里の判断に、悠花が満足げに頷いた。
「いいね。冷静に聴けてる」
「先輩、ちゃんと成長してるでしょ?」
にやっと笑う美里に、刹那も思わず笑みをこぼす。
一方で、ドラムセットの前では――
「ねぇ遥、ちょっとタムの入りが早い」
希愛がスティックを持ったまま軽く指摘する。
「うそっ、また!?」
「焦らなくていい。リズムは“落ち着き”が命だよ」
「……はい、先生」
さっきまで威勢の良かった遥が、
今ではすっかり希愛に頭が上がらなくなっていた。
その様子を見ていた美里が、肩をすくめながら笑う。
「希愛先輩、さすがです。
あの遥をここまで黙らせるとは」
「そんなつもりじゃ……ただ、音がもったいなくて」
希愛は照れたように笑った。
麻里奈はといえば、マイクを両手で持ちながら
ゆっくりと深呼吸をしていた。
「大丈夫? 声、出る?」
悠花が優しく声をかけると、麻里奈は小さく頷いた。
「はい。でも……まだ緊張して、うまく出せないです」
「うん、焦らなくていい。今は声に“色”をのせる練習だから」
悠花がゆっくりコードを鳴らす。
その音に合わせて、麻里奈が静かに歌い出した。
透き通るような歌声が部屋を包み、
その場にいた全員の手が止まった。
「……すごい。鳥肌立った」
美里が感嘆の声を漏らす。
「麻里奈ちゃん、ほんとに歌だけで引き込まれるね」
「えっ、そんな……」
頬を真っ赤にしてうつむく麻里奈。
遥が照れ隠しのようにスティックを回した。
「やっぱりこのメンバー最強っすね!」
スタジオに笑いが広がる。
楽器の音だけじゃなく、笑い声さえも音楽の一部のようだった。
ふと、見守っていた悠花が静かに呟く。
「……なんか、いいね。みんなの音がひとつになってる」
その言葉に、刹那がゆっくりと頷く。
「きっと、紫苑もこういう音を望んでたんだと思います」
紫苑の名前が出ても、
もう空気が沈むことはなかった。
悠花はギターを抱えたまま微笑んだ。
「よし、このまま文化祭まで走り抜けよう」
「はい!」
「……ふふっ、燃えてきたわね」
放課後の陽射しが窓を抜け、
音に満ちた部室をやわらかく照らしていた。
文化祭の前日。
校舎のあちこちでは準備の音が響き、いつもより少しざわついていた。
その喧騒の中、軽音部の部室からもリハーサルの音が漏れている。
「音響、OK! マイクもハウリングなし!」
美里が確認を終えると、悠花がギターを鳴らした。
刹那がベースを合わせ、遥のスネアがテンポを刻む。
「……いいね。昨日よりもずっとまとまってる」
悠花の言葉に、全員が顔を見合わせて笑った。
「最初はどうなるかと思ったけど、ちゃんと形になってきたね」
遥が軽くスティックを回す。
「ふふ、さすが私の指導のおかげね」
「はいはい、希愛先生」
遥が苦笑しながらも、素直に頭を下げる。
以前のようなプライドの塊はもうそこにはなかった。
「ねぇ、ステージ衣装どうするんですか?」
麻里奈が不安そうに聞くと、悠花が答えた。
「制服でいいよ。一昨年の先輩たちもそうだったし」
「うん、その方が高校最後の文化祭って感じする」
「よし、じゃあ明日は“わたしたちらしく”ね」
美里がギターを構えたまま立ち上がる。
「最後にもう一回通しましょう。リハのリハってことで!」
軽快なコードが鳴り響く。
それに刹那が低音を重ね、遥のドラムがテンポを支える。
美里のギターが自由に舞い、麻里奈の歌声がそれを包み込んでいく。
音の中に、みんなの“思い”が確かにあった。
「……いい音してる」
悠花はギターを弾きながら、心の中でそう呟いた。
音が重なるたびに、胸の奥が熱くなる。
自分がずっと夢見ていた“仲間と作る音”。
今、それが確かにここにある。
最後の音が響き、静寂が訪れた。
「おつかれさま!すごくよかった」
傍で聞いていた希愛が拍手をして、一斉に喜んだ。
「明日は、絶対に成功させようね」
悠花の声に、全員がうなずく。
「うん。これが高校最後のステージだから」
「全力で楽しもう!」
それぞれが楽器を片付けながら、
どこか名残惜しそうにスタジオをあとした。
帰り道、麻里奈がぽつりと呟いた。
「……明日、緊張しないといいな」
「大丈夫だよ」
悠花が笑って言う。
「みんなで作った音なんだから。怖いことなんて何もない」
その言葉に、美里も遥も頷いた。
「わたしも明日は絶対に見に行くから頑張って」
希愛も後輩たちを励ました。
「――明日は最高の文化祭にしよう」
今回は「文化祭に向けて練習する軽音部」がテーマでした。
紫苑がいなくても、悠花たちは確かに前へ進んでいる――そんな“今この瞬間の青春”を描きたくて書いたお話です。
次回はいよいよ文化祭本番!どんなステージになるのか、そしてそれぞれの想いがどんな音になるのかをぜひ見届けてください。




