第2話 浅黄悠花・幼少期編
Ametiara結成に至るまでの物語、第2話です。
今回はリーダー・悠花の幼少期を描きました。
異国の地で過ごした日々、兄から譲り受けたギターとの出会い――。
彼女がどんな想いで音楽と向き合い、日本に戻ってきたのか。
その原点を感じ取っていただければ幸いです。
浅黄悠花が音楽と出会ったのは、まだ幼い頃だった。
父の仕事の都合で一家はカナダへ移住し、異国の地での生活が始まった。言葉も文化も違う環境に最初は戸惑ったが、悠花には一人、何より頼れる存在がいた。八つ年上の兄、悠真である。
悠真は現地の高校でギターを弾き、仲間とバンドを組んでいた。リビングにアンプを持ち込み、夕方になると決まって鳴り響くコード。悠花は床にちょこんと座り込み、兄の指先に視線を釘付けにしていた。
「お兄ちゃん、もう一回!」
無邪気にせがむ妹に、悠真は苦笑しながら同じリフを繰り返してやる。
「……好きだな、悠花は」
「だって、すごくキラキラしてるもん!」
その言葉に、兄は思わず照れ隠しのように頭をかいた。
幼い悠花にとって、ギターの音は魔法だった。ときに鋭く、ときに温かく、聴くたびに心が震える。まだ意味も分からないまま「これが自分の居場所だ」と感じていた。
ある日、家族で出かけた先は、大きなライブハウスだった。兄が憧れてやまないロックバンドのツアーだ。
照明が落ち、暗闇を切り裂くようにギターが鳴り響いた瞬間、悠花の全身に鳥肌が立った。父に肩車されて見下ろす景色は、どこまでも光と熱で満ちていた。
両手に振ったサイリウムを高く掲げながら、悠花は息を呑んだ。
音が波のように押し寄せ、胸が痛いほど高鳴る。
「お兄ちゃんも、いつかあんな風になれる?」
帰り道に訊いた言葉に、兄は一瞬迷いながらも答えた。
「……夢の話だけど、頑張ればなれるかもしれない」
悠花は笑顔で頷いた。
「じゃあ、私も一緒にやる!」
その宣言を、家族はただ微笑ましく受け止めたが――悠花の心には確かな火が灯っていた。
年月が過ぎ、中学生になった兄がギターを新調した日。古い一本を譲り受けたとき、悠花は息を呑んだ。
「これ……ほんとに?」
「ああ。ただし、飽きずに練習できるなら、だぞ」
「絶対にする! ありがとう!」
握ったギターは少し重く、指先はすぐに痛くなった。それでも、音を出すたびに胸が震える。痛みさえも誇らしかった。
それからの日々、指先はすぐに赤くなり、何度も音を外した。
「コードってむずかしい!」
「そこで諦めるなよ。もう一回だ」
練習のたびに悠真は隣で笑いながら教えてくれた。
痛みも、失敗も、なぜか楽しかった。音が少しずつ形になっていくたびに、胸が高鳴った。
カナダの中学では、文化祭のような小さな発表会で友人と演奏する機会もあった。舞台に立ち、スポットライトを浴びたとき、悠花は幼い頃のライブ体験を思い出した。
「こんなに楽しいものなんだ……」
演奏後、クラスメイトに「すごいね!」と笑顔を向けられた瞬間、心の奥底で「もっとやりたい」と強く願っていた。
しかし、そんな日々にも転機が訪れる。
高校入学を目前に、日本への帰国が決まったのだ。
旅立ちの前夜、兄が声をかけてきた。
「日本でも、ちゃんとギター続けろよ」
「うん! だって、もう私の宝物だもん」
悠花はギターを胸に抱きしめた。兄の想いも、自分の夢も詰まった楽器。それを置いていく選択肢はなかった。
日本の春。久々の故郷の空気は、どこか懐かしく、それでいて眩しかった。
しかし同時に、悠花には不安もあった。異国で育った自分が、日本の教室に馴染めるのか――。
幸い、彼女には「帰国子女枠」での受験制度があった。英語力を活かして市立高校を受験し、見事合格を勝ち取ることができたのだ。だが試験の数週間、国語の古文や日本史に頭を抱えた日々は、今も忘れられない。
「こっちのほうが難しい……!」
と苦笑しつつ、支えてくれた両親に深く感謝していた。
新しい制服に袖を通し、校門をくぐったとき。悠花の胸は不安と期待でいっぱいだった。
「ここから、また音楽を始めよう」
そう小さく呟いた声は、誰にも届かなくとも確かな決意を宿していた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
悠花は「明るくみんなを引っ張るリーダー」という顔を持ちながら、
実は音楽に触れたきっかけや家族との思い出が、彼女の芯を作っています。
その姿を少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
次回は刹那の幼少期。
気品あるお嬢様に見える彼女が、どんな環境で音楽を育んでいったのか。
悠花との対比を楽しみにしていてください!