第19話「新たな風、届かぬ音」
軽音部に新しい風が吹き込みます。
彼女たちが部室の前で戸惑う様子を見ていると、1年前の悠花たちを思い出すような……そんな春の始まりになっています。
「ねぇ刹那、やっぱり今年も新入部員こなかったらやばいよね」
「……まぁ、去年は奇跡みたいなものでしたからね」
刹那が苦笑いしながらも頷く。去年はフェス出演という特例で活動継続が許されたが、
今年こそは新入部員を入れなければ、次こそ本当に廃部になってしまう。
そんな中、校舎内では生徒会選挙のポスターが貼り出されていた。
掲示板の前で、紫苑の名前を見つけた悠花は思わず足を止める。
「碧山紫苑……立候補してる」
「当たり前だ、紫苑は“なるべくしてなる”タイプ、所謂選ばれた者なのだからな」
背後からゆきちゃんが現れて、当然のように言った。
「去年の文化祭でもフェスでも裏方で動いてたでしょ?ああいう子が上に立つと学校が変わるのよ」
「……そうだね」
悠花はそのポスターを見つめながら、少しだけ誇らしそうに微笑んだ。
放課後。
ギターケースを背負いながら、悠花と刹那は部室へ向かっていた。
「今日も中庭で演奏してアピールしようか」
「えぇ、そうですね」
明るく交わしたその言葉の先で、
軽音部の扉の前に――三人の見慣れない女子が立っていた。
「……なにしてるの?」
悠花が声をかけると、三人はびくっと肩を震わせた。
「あ、あの……!ここ、軽音部……ですよね?」
一番後ろにいた女の子が恐る恐る口を開く。
黒い髪のショートヘアーの、どこか面倒見の良さそうな雰囲気の子だった。
「うん、そうだけど」
「わ、私たち……三人一緒に入りたいんですけど……」
「え?」
刹那が思わず聞き返す。
前の二人――銀髪ショートカットで自信満々な表情の子と、茶髪の少し気弱そうな子が小さくうなずいた。
「……ねぇ、それってつまり、三人一緒に軽音部に入ってくれるってこと?」
「はいっ!」
なぜか一番元気よく返事をしたのは自信家のショートの子だった。
悠花と刹那は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「面白いね、そういうの」
「……悪くないかもしれませんね」
春の風が廊下を抜け、
新しい音がまたここに響き始めようとしていた――。
「とりあえず中に入ってよ。立ち話もなんだし」
悠花が軽音部の扉を開けると、三人はおずおずと中に入った。
「とりあえずここに座って」
奥からパイプ椅子を5つ用意して、そこに3人座ってもらい、対面になるように私と刹那も座った。
「とりあえず自己紹介からかな、部長の浅黄悠花で担当はギターだよ」
「私は白鷺刹那です。ベースをしてます」
私たちが軽く自己紹介を終えると続いて3人も自己紹介しだした。
「私は生天目美里といいます。ギター希望です」
黒髪の女の子は落ち着いた口調で言った。
「私は宮本遥といいます。中学の頃パーカッションをやってたのでドラムは任せてください」
銀髪の子が自信満々にいった。
「えっと、あの…寿麻里奈です。楽器は何もできなくて完全未経験です。あの私も入ってもいいでしょうか?」
茶髪の子が戸惑いながら言った。
「私たち高校では3人一緒の部活に入ろうって決めてたので、3人一緒じゃなかったら嫌なんですけど、大丈夫ですか?」
美里ちゃんが心配そうに尋ねてきた。
「まぁ未経験でも練習すればだれでもできるから…」
「ダメなんです」
私が話してる途中に遥ちゃんが遮って、説明しだした。
「中学の時も一緒にやろうと三人で入ったんですけど、結局麻里奈だけなにもできなくてばらばらになったんです」
「あ…」
その話を聞いて刹那は何かを察するように声を漏らした。
そう、この子は希愛と境遇が似てるんだ。
「大丈夫、私たちの仲間にもそういう子いるから麻里奈ちゃんができることもきっとあるよ。とりあえず二人の実力と見たいのと、麻里奈ちゃんにあう楽器を探したいから楽器を空いてる部屋に行こうか」
そういって、軽音部の隣の部屋のたくさんの楽器が保管してる部屋に移動した。
楽器の並ぶ小さな部室には柔らかな埃の匂いが漂う。
「わぁ……楽器がいっぱい」
遥が目を輝かせながら、ドラムセットにまっすぐ向かっていった。
「触ってもいいですかっ?」
「どうぞ」
刹那が軽く笑って頷くと、遥は嬉々としてスティックを手にした。
迷いのないフォーム、しっかりとしたストローク。
音を鳴らした瞬間、部屋全体がわずかに震えた。
「すごい……普通に上手いね」
悠花の驚きに、遥は得意げに胸を張った。
「中学で3年間パーカッションやってたんです。ドラムも少しだけですけど、叩けるんです」
「少しだけ、ね……?」
刹那が苦笑いを漏らす。どう見ても“少し”ではなかった。
ギターを手にしているのは、生天目美里。
その姿は堂々としていて、コードを抑える手つきもなめらかだ。
「ずっと文化祭のステージに立つのが夢だったんです。」
「そうなんだ。うれしいな」
悠花が微笑むと、美里も照れくさそうに頬をかいた。
「で、麻里奈ちゃんは?」
刹那の視線が、ずっと小さく縮こまっていた女の子――麻里奈に向く。
「わ、わたしは……」
「あっ、この子、歌が上手いんです!」
遥がすかさず言葉を挟んだ。
「カラオケ行くといつも鳥肌立つくらいで!」
「や、やめてよ遥ちゃん!」
麻里奈は顔を真っ赤にして両手を振った。
悠花がそっと問いかける。
「歌、好き?」
「……はい。聴くのも歌うのも、すごく好きです。でも……」
「でも?」
「歌だけで入っていいのかな、って……。軽音部って、楽器ができないとダメかなって」
その言葉に、悠花と刹那は顔を見合わせた。
「そんなことないよ。いいねボーカル」
私は穏やかに言った。
「楽器ができなくても、音を届けたいって気持ちがあれば充分。
だって、音楽って“誰かの想いを伝える手段”だと思うから」
その言葉に、麻里奈はハッと目を見開いた。
刹那も続けて微笑む。
「私たちだって、最初からうまくできたわけじゃないです。
音を楽しむ心があれば、それが一番の才能ですよ」
部室に柔らかな空気が流れる。
三人は互いに顔を見合わせ、小さくうなずき合った。
「じゃあ……入部、いいですか?」
美里の代表するような言葉に、悠花は笑顔で答えた。
「もちろん。歓迎するよ、軽音部へようこそ」
部室の中では、新入生たちが楽器を触りながらわいわい話していた。
麻里奈はドラムの横で歌を口ずさみ、遥がリズムを刻み、美里がコードを合わせる。
たった数分のセッション。
でも確かに「新しい音」が、そこに生まれていた。
「……楽しかったぁ!」
美里が両手を胸の前で握りしめる。
「まさか一緒に演奏できるなんて思ってなかった!」
「美里、ちょっと音外してたけどな」
遥が笑うと、美里がすぐに小突いた。
「もう、そんなこと言わないの。あんたも最初テンポずれてたでしょ」
わいわいと楽しそうに話す3人を、悠花と刹那は優しい目で見ていた。
「ね、なんかいいね」
「……賑やかで、ちょっと懐かしいです」
刹那はかすかに笑いながら呟いた。
――あの頃、希愛と二人で遊んでいた時のように。
一息ついたところで、美里がふと尋ねた。
「そういえば、刹那先輩ってベースの人ですよね?
去年のフェスで歌ってたって聞いたんですけど、本当ですか?」
「……え?」
刹那は少し驚いた表情を見せる。
「フェスでは歌ってませんよ。けど……歌うのは好きですけど」
「あれ?白鷺っていう苗字のボーカリストを見たことあったんで、先輩のことだと思ってました」
「多分それは母ですね。地域活性化ために父も母も、色んなとこに呼ばれて、歌ったり演奏してるので」
刹那のお父さんは元「SilverBullet」のギタリストってのは知ってたけど、お母さんはボーカリストだったんだ。
「じゃあ白鷺先輩も歌うまいんですか?」
「うまいかどうかわかんないですけど、子供の頃、母と友達と一緒に歌ってたので…」
「じゃあ、ぜひ聴かせてください!」
麻里奈が勢いよく身を乗り出す。
「え、あ、あの……」
刹那がたじろぐ様子を見て、悠花が笑った。
「じゃあ今度、弾き語りしてみようよ。ベースじゃなくて、ギターで」
「ギター……ですか?」
「うん、ボーカル練習にもなるし。ほら、麻里奈ちゃんも歌うんだから、
お手本見せないとね?」
「お、お手本って……、だったら、ギターは悠花が弾いてください、私はいつも通りベースで弾き語りするので」
刹那は顔を赤くして俯いた。
けれど、どこかうれしそうでもあった。
紫苑はその様子を廊下からそっと覗いていた。
生徒会資料を抱えたまま、扉の隙間から聞こえる笑い声を聴いて、
小さく微笑む。
けれどその表情には、
どこか切なげな影も浮かんでいた。
ゆきちゃんの声が後ろからかかる。
「紫苑、そろそろ選挙演説の打ち合わせの時間ですよ」
「……ええ、行きましょう」
紫苑は資料を抱え直し、
最後にもう一度、部室の方へと目をやった。
「よかったですね」
廊下を歩く足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
部室の中では、悠花がギターを構え、刹那がその横で口ずさみ始めていた。
「……やっぱり、いい声だね」
悠花の言葉に、刹那は小さく照れながらも続ける。
その歌声は、春の夕陽に照らされて、まるで柔らかな光のように響いた。
ここから新たな仲間たちとの物語が動き出します。
新入生の美里、麻里奈、遥の三人は、今後のAmetiaraの物語に欠かせない存在となっていきます。
そして裏で部を支えていた“紫苑”の存在にも注目です。
次回は、生徒会選挙と紫苑の新しい立場に焦点を当てる予定です。お楽しみに!