第18話「新しい年、新しい試練」
こんにちは、menoです。
新年を迎え、物語はいよいよ高校二年生の春へと移ります。
悠花たちにとっては、文化祭や音楽フェスを経て得たものをどう次につなげていくかが試される時期。
それでも部員は二人のまま。仲間を求めて行動し始める姿を描きました。
小さな一歩ですが、この先の大きな出来事の伏線となっていきます。
年が明けて、冷たい冬の空気に包まれながら、私たちは初詣に向かっていた。
境内へ続く参道には人がぎっしりで、吐く息も白く、境内の屋台からは甘酒や焼きそばの匂いが漂ってくる。
「うわ……すごい人」
思わず口にすると、横の刹那が落ち着いた声で返す。
「でも、こういう賑わいも悪くないですね」
鳥居をくぐると、赤い灯籠に照らされた雪の残りが光を反射していて、とてもきれいだった。
紫苑はきちんとした歩調で手袋を整えながら、「まずは参拝からにしましょう」と声をかける。
その横で希愛は、マフラーに顔をうずめて小さく「……寒い」と呟いた。
並んで二礼二拍手一礼をしてから、絵馬を選んだ。
「私はこれにする」
私は桜の模様が描かれたものを手に取り、進路祈願を書き込んだ。
『みんなで同じ大学に合格できますように』
隣では刹那が、迷わず筆を走らせていた。
「“音楽でずっと一緒にいられますように”……ですか」
私は横から見てつい笑ってしまう。
「刹那らしいね」
「……何か変でしょうか」
「ううん、全然。すごくいいと思う」
紫苑は静かに『家族が健康でありますように』と書き、結び紐にくくりつけていた。
希愛は少し迷ったあと、ぽつりとつぶやいた。
「……“自分を好きになれますように”。これでいいや」
その言葉に、私は胸がきゅっと締めつけられた。
おみくじを引くと、私は中吉。
「悪くないね!」
「私は大吉です」紫苑がさらりと紙を見せて、みんなから「さすが紫苑」と笑いが起こる。
刹那は小吉で「……努力すれば良くなると書いてあります」なんて真剣に読み上げている。
希愛は末吉で、渋い顔をしていた。
「……ほら、やっぱりこういうの当たらない」
「でも書いてあるでしょ、“仲間と協力すれば開運”って」
私が指摘すると、希愛は目をそらして「……べつに」と返したけれど、その耳がほんのり赤くなっていた。
帰り道、温かい甘酒を飲みながら並んで歩く。
「来年は受験生かあ……」
私がぽつりと言うと、刹那が頷いた。
「ええ、あっという間ですね」
紫苑は「計画的に進めれば大丈夫です」と真面目に答え、希愛は「……プレッシャーでお腹痛くなりそう」と小さく漏らした。
それでも、こうして四人で歩いていることが心強かった。
どんな未来が待っていても、この時間が無駄になることは絶対にない――私はそう強く思った。
春になり、私たちは三年生に進級した。
教室の席替えや新しい時間割に戸惑いながらも、校舎に咲く桜の花が少し誇らしく思える。
でも、軽音部にとってはこれからが正念場だった。去年の入部者は誰もいなくて、残されたのは未だに私と刹那の二人だけ――。
「……今年こそなんとかしないとね」
部室のドアを開けながら言うと、刹那は軽く頷いた。
「ええ。私たちまでこのまま卒業してしまったら誰もいなくなってしまいますしね」
そんな会話をしていると、勢いよくドアが開いた。
「やっぱりここにいた!」
現れたのは、ゆきちゃん。
「今年こそは絶対に新入部員を入れなさいよ!」
両手を腰に当てて宣言する彼女に、私は苦笑する。
「努力はしてるんだけどね……」
「去年はなぜ誰も入らなかったのに廃部にならなかったか、知ってる?」
ゆきちゃんは腕を組み、わざとらしくため息をついた。
「……え? そういえば」
私は首をかしげた。確かに不思議だ。部員二人未満なら即廃部のはずなのに。
ゆきちゃんは得意げに言った。
「あなたたちが去年フェスに出て、ちゃんと実績を残したからよ。紫苑が裏で色々動いてくれたの」
「えっ……紫苑が?」
思わず声が大きくなる。刹那も驚いた表情を浮かべた。
ゆきちゃんは、にやりと笑った。
「紫苑は表向き冷静だけど、あんたたちのこと、ちゃんと応援してるんだから」
その言葉に胸が温かくなると同時に、なんとしても新しい仲間を迎え入れたいと思った。
数日後、私と刹那は校内の中庭に立っていた。
「……ほんとにやるの?」
「ええ、やるしかないでしょう」
刹那はベースを肩にかけ、真剣な表情をしている。
軽音部の勧誘として、ギターとベースだけのインストゥルメンタル演奏をすることにしたのだ。
本来ならドラムやキーボードがないと寂しい音になる。だけど、できる限りのことはやろうと決めた。
放課後、ざわざわと人の集まる中庭で、私たちは演奏を始めた。
刹那のベースが低音でリズムを刻み、私のギターが旋律を乗せていく。
最初は遠巻きに見ていた生徒たちが、徐々に足を止め、拍手や歓声が混じり始める。
「……意外と反応いいね」
私は小声でつぶやいた。
「ええ。けれど、入部希望が出るかどうかは……」
刹那は最後のフレーズを弾き終えてから、少し肩をすくめた。
観客からは大きな拍手が起こったけれど、その中に「入りたい!」と声を上げる人はいなかった。
心のどこかで分かっていた結果。それでも――私はギターを握り直す。
「でも、やるだけのことはやったよね」
「ええ。まだ諦めません」
刹那の横顔は、春の夕陽に照らされてきらめいて見えた。
演奏を終えたあとも、中庭には小さなざわめきが残っていた。
「すごかった!」「二人だけでここまでできるんだ」――そんな声も耳に入るけれど、「入部したい」という言葉はついに出なかった。
「……やっぱり難しいね」
私が肩を落とすと、刹那は静かに首を振った。
「けれど、無駄じゃありません。私たちの音を、確かに誰かに届けられましたから」
その言葉に少し救われた気がして、私は小さく笑った。
数日後の放課後。
生徒会室からの帰り道で、紫苑が私たちの前に立ち止まった。
「勧誘の演奏、見てましたよ。二人とも頑張ってましたね」
彼女の声は相変わらず落ち着いているけれど、瞳は柔らかく微笑んでいた。
「でも……結局、誰も来なかった」
思わず弱音を漏らすと、紫苑は首を横に振る。
「実績は積み重なります。去年フェスに出られたのも、無駄じゃなかったはずです」
「……あ、それ、ゆきちゃんから聞いた」
思い出して口にすると、紫苑は少しだけ照れくさそうに目をそらした。
「廃部にならなかったのは……紫苑のおかげなんだって」
「私は事実を伝えただけです。あなたたちが演奏で証明したから、私も動けたんです」
きっぱりとそう言う彼女に、胸がじんわり温かくなる。
そこへ、ともちゃんとゆきちゃんもやってきた。
「よくぞ帰還した、勧誘の戦士よ。だが、次こそは同胞を一人でも多く召喚せねばならぬぞ……!」
ともちゃんが勢いよく指を差すと、ゆきちゃんがため息をつきながら肩をすくめる。
「また始まった……。でも、実際そうだよ。二人だけじゃ文化祭のステージにも立てないでしょ?」
「そ、それは……」
私と刹那は顔を見合わせる。
けれど、誰も責めるような表情ではなかった。むしろ、励ましのような温かさがそこにあった。
「……ありがとう、みんな」
思わず声がこぼれる。
紫苑は静かに微笑み、ともちゃんは「rise again――ここからが真の幕開けよ!」と拳を突き上げ、ゆきちゃんはすかさず「はいはい、はいはい」と突っ込みを入れる。
去年までバラバラに思えた私たちの輪が、少しずつ広がっていく。
その温かさに包まれながら、私はギターケースを背負い直した。
「絶対、今年は仲間を見つける。そうだよね、刹那」
「ええ。私たちはまだ、これからですから」
春の夕暮れ、桜の花びらが舞い散る中でそう誓った。
そして――近づいてくる「生徒会選挙」の気配が、ひそやかに私たちの日常に影を落とし始めていた。
今回のお話は「お正月」と「新学期の勧誘活動」を軸に展開しました。
二人だけの演奏は心細いものですが、それを見てくれる人がいて、背中を押してくれる仲間もいる。
紫苑が裏で支えていた事実も明かされ、彼女の存在がますます大きくなってきたのではないでしょうか。
次はいよいよ生徒会選挙。紫苑にとって避けられない大舞台が待っています。どうぞお楽しみに。