第17話 小さな日常
こんにちは、msnoです。
シリアスが続いた本編に、ひと息つく小話を挟みます。
17話「小さな日常」は、河川敷での和解を経て、クリスマスにみんなで集まるエピソードです。
大きな事件はありませんが、希愛がともちゃんの“中二病ノリ”に乗る意外な一幕や、仲間内の何気ない掛け合いを通じて、関係性が少しずつ温かく結び直されていく過程を描いています。
この緩やかな時間が、今後の物語の土台になります。ゆったり楽しんでいただければ幸いです。
刹那と希愛が河川敷で涙を分かち合ったあの日から、空気がほんの少し柔らかくなった気がした。
私は横でその光景を見ていただけだけど、胸の奥がじんわりと熱くなり、まるで自分のことのように安心したのを覚えている。
翌日の教室。
窓から差し込む冬の光が白く机に落ちて、ページの上で文字を淡く照らしている。ノートを開きながら、私は昨日のことを何度も思い返していた。
泣き崩れる希愛と、それを必死に抱きしめる刹那。
あの姿を見たとき、私の中でひとつの答えが浮かんだ。
――やっと、三人で前に進めるんじゃないか。
「……昨日はありがとう」
刹那は少し視線を伏せながらも、穏やかな笑みを浮かべた。
「悠花がいてくれたから、希愛も前を向けたんだと思う」
「そんなことないよ」私は慌てて首を振った。
「刹那が本気で向き合ったからだよ。私は、ただ横で見ていただけ」
「……そうでしょうか」
刹那は言葉を濁しつつも、ほんの少しだけ頬を緩めた。
その表情を見て、ああ本当に大丈夫なんだ、と私もようやく息をつくことができた。
12月の週末。
紫苑、ともちゃん、ゆきちゃんと一緒に、私たちはクリスマスパーティの準備をすることになった。冬の街はイルミネーションで彩られて、駅前の広場は光の花が咲いたようにきらめいている。
「希愛も呼んでみたけど……来てくれるかな」
私は少し不安を口にした。
電話口では「忙しいから」と一度は断られた。でも、そこで引き下がるわけにはいかない。
「ケーキ食べるだけだから! ほんとにすぐ終わるから!」
何度も押して、ようやく「……仕方ないな」と返事をもらえたとき、私は思わず小さくガッツポーズをした。
因みに希愛の希望もあって、私たちも名前呼びにすることになった。
そして迎えた当日。
集合場所の駅前で待っていると、人混みの中から希愛の姿が見えた。マフラーを巻き直しながら、少し恥ずかしそうに俯いている。
「……本当に、ケーキ食べるだけだからね」
「もちろん!」私は即答して笑いかけた。
その隣で刹那も頷いて、「ありがとう、来てくれて」と小さな声を添えた。
六人で並んで歩く姿は、どこか不思議なほど自然で。
イルミネーションに照らされる横顔を見ながら、私は胸がじんわりと熱くなる。
――この前までの距離が、少しずつ縮まっていく。
そう思えるだけで、心が温かく満たされていった。
街はすっかりクリスマス一色だった。
アーケードの天井から吊るされた飾りはきらきらと揺れ、通りの両脇には大きなツリーやイルミネーションが並んでいる。歩くだけで心が浮き立つような光景の中、私たちはパーティ用の買い出しを進めていた。
紫苑が真剣な顔でメモを確認する。
「ケーキの材料は揃いましたね。あと必要なのは……飲み物と紙皿でしょうか」
「任せてくれ!」
ともちゃんが胸を張り、エプロンをひらひらと振りかざすように掲げる。
「我が漆黒の錬金術で、究極のケーキを召喚してみせよう!」
「だから料理だって!」
即座にゆきちゃんが突っ込む。そのやり取りに、私と刹那は「また始まったな」と目を合わせて苦笑いした。
――と思ったら。
「ふっ……もしその召喚に失敗したら、“黒き異形”が現れるんじゃない?」
聞き慣れない声に私が振り返ると、そこには希愛がいた。わざとらしく前髪をかき上げ、口元に小さな笑みを浮かべている。
「えっ……希愛!?」
思わず声を上げると、刹那も同じように驚いて目を見開いていた。
ともちゃんは一瞬硬直したあと、顔を輝かせて希愛の肩をつかんだ。
「おおおっ!? 同志よ!まさか、我が言霊を理解する者がここにいたとは!」
「……いや、別に理解したわけじゃないよ。ただ、前に読んだ小説の主人公がこういうキャラで……真似してみただけ」
希愛はそっぽを向いたけれど、その耳はほんのり赤い。
私たちは唖然としたまま視線を交わし合った。
「……希愛が、ともちゃんに合わせてる?」
「信じられません……」刹那は小声でつぶやきながらも、どこか安心したように微笑んでいる。
買い出しを終えて紫苑の家に集まると、すぐにケーキ作りが始まった。
広々としたリビングは温かな照明に包まれ、外の冷たい冬空とは別世界のように心地いい。
「よし!我が漆黒の錬金術で、このケーキを究極の甘味へと昇華させてみせよう!」
エプロン姿のともちゃんがオーブンの前でポーズを決める。
「だから料理だから! 錬金術じゃないって!」
ゆきちゃんがすかさずツッコミを入れる。
すると、横でボウルを持っていた希愛が、ふっと目を細めて口を開いた。
「いや……むしろ“暗黒の泥団子”になる未来が見える」
「ぐはっ!? 同志までそんなことを言うとは……!」
「ふふ、でもそのほうがリアルでしょ?」
希愛が小さく笑みを浮かべると、ともちゃんは床にひざをつき、「ぐぬぬ……!」と呻き声を上げた。
その様子に紫苑まで肩を揺らして笑い、刹那は「……希愛が楽しそうでよかった」と小さく呟いた。
私は泡立て器を握りながら、その光景をただ嬉しく見つめていた。
ケーキを焼いている間、ゲーム大会が始まった。
「勝者こそが聖夜の勇者となる!」ともちゃんがゲームコントローラーを掲げると、
「勇者? いや、むしろ聖夜を支配する“魔王”のほうがお似合いじゃない?」希愛が即座に返す。
「なっ……なぜだ!?」
「だって、いつも大げさな台詞ばかりだから」
「うわ、ナイス突っ込み!」と私が拍手すると、
「希愛ちゃん……こんなノリできるんだね……」ゆきちゃんは呆れ顔でつぶやき、
紫苑も「ふふ……新鮮ですね」と珍しく肩を揺らして笑っていた。
笑い声とゲームの効果音が絶えず響き、気づけば部屋の中は笑顔でいっぱいになっていた。
やがてオーブンが「チン」と鳴り、甘い香りが部屋を満たす。
「完成だ!」
ともちゃんが声を上げ、焼き上がったケーキをテーブルに置く。ふわふわのスポンジの上にクリームをたっぷり塗り、苺を飾れば、立派なクリスマスケーキになった。
「じゃあ、みんなで乾杯しようか」
紫苑が紙コップにジュースを注ぎ、六人が輪になって座る。
「メリークリスマス!」
「乾杯!」
カップを合わせる音と共に、私たちの笑い声がリビングに広がった。
甘いケーキを口に運びながら、自然と会話が弾む。
「クリーム多すぎて顔についた!」
「ほら、ちゃんと拭いて」
「おい、同志!その一口を我にもよこせ!」
「魔王はケーキ食べ過ぎ禁止!」
突っ込みと笑いが絶えない。
この前まで「音楽はやらない」と言っていた希愛が、今は隣で笑っている。
私はフォークを握ったまま、その光景を胸に深く刻みつけた。
――この時間を守りたい。
小さな日常の積み重ねが、きっと未来へ繋がっていく。
そう信じられる夜だった。
お読みいただきありがとうございました。
今回は「日常の小さな幸福」をテーマに、会話のラリーと空気感を重視して描きました。
希愛がともちゃんの台詞回しに合わせ、ゆきちゃんのツッコミに便乗する流れは、彼女の“変化の兆し”として大切なピースです。
次話からは高3の春へ。部員勧誘や生徒会長選挙など、再び動きのある展開に入ります。引き続き見守っていただけると嬉しいです。