第13話 揺れる心と決意
こんにちは、msnoです。
今回はついに悠花たちと希愛の再会を描きます。
図書室で本を読んでいた彼女は、音楽をやめ、刹那との関係も途切れたまま。
果たして再びステージに立つ決意をしてくれるのか――。
扉を開けた瞬間、図書室の静けさが一層深く感じられた。
窓際で本を読んでいた少女が、ゆっくりと顔を上げる。黒髪が肩で揺れ、紫の瞳がこちらをとらえた。
「……希愛」
刹那の声は震えていた。
ページを閉じた希愛は、ほんの一瞬、驚きの色を浮かべた。
「……刹那」
けれどすぐに冷たい視線に変わる。
「……何の用」
その一言で、空気が張り詰めた。
刹那は唇を開きかけて――結局、言葉を失ったまま立ち尽くす。
代わりに、私が前に出た。
「あの私、刹那と一緒に軽音部をやってる浅黄悠花。実は、吹奏楽部のドラムの子が急病で出られなくなったの。だから演奏ができないって騒ぎになってて……」
希愛の表情は変わらない。
「それで?」
「私たち、知ってるんだ。黒羽さんが昔、ドラムを叩いてたこと。だから……もし代わりに演奏してくれたら、って」
隣で紫苑も淡々と補足する。
「状況を救えるのは、あなたしかいないと思います」
「あなたは?」
「私は碧山紫苑といいます。刹那と同じ学校の生徒会で共に演奏をしたりしてました」
「そう.....」
短い沈黙の後、希愛は小さく首を振った。
「……無理。私はもう音楽なんてやめた」
その言葉は、切り捨てるように冷たかった。
「中学のとき、吹奏楽に入ったけど、どの楽器も駄目だった。ドラムに触らせてもらうこともなくて、結局は何もできないまま終わったの」
机の上で、閉じた本をそっと押さえる。
「それに……刹那。刹那は別の学校で、平然と音楽を続けてた。私がやめると言ったときも、止めてくれなかった」
刹那の肩がわずかに震える。
「……それは――」
言いかけた声は、喉に詰まった。
希愛の冷たい言葉に、刹那はうつむいたまま硬直していた。
声を出そうとしても、言葉が見つからない。幼いころから一緒に過ごしてきた大切な存在に、何をどう伝えればいいのか――その迷いが、彼女を縛りつけていた。
見かねて、私は一歩前に出た。
「黒羽さん……刹那は、止めなかったんじゃないと思うよ」
希愛が鋭い視線を向ける。
「……どういう意味?」
「本当は止めたかったんだと思う。『やめないで』って言いたかった。でも……言えなかった。大切な幼なじみだからこそ、もし無理に引き留めて傷つけたら、取り返しがつかなくなるって思ったんじゃないかな」
横目で見ると、刹那の拳が小さく震えていた。
「……言い訳にしか聞こえない」
希愛は視線を逸らし、机に置いた本を指先でなぞる。
「止められなかったって言うけど、私はずっと待ってた。『一緒に続けよう』って言ってくれるのを。あのとき一言でも言ってくれたら、私は――」
声がかすかに震え、そこで途切れた。
彼女は唇をかみしめ、表情を隠すように俯いた。
静かに様子を見ていた紫苑が、落ち着いた声で言葉を添える。
「黒羽さん。あなたは、刹那に言葉を求めていた。でも刹那は、その勇気を出せなかった。……それは、互いにとって痛みになったのでしょう」
その分析的な口調に、希愛は顔を上げる。
「……あんたに何が分かるの」
「分かりません。ただ、第三者としてそう見えるだけです」
紫苑は淡々と告げる。その無機質な響きが、逆に希愛の胸を抉ったようだった。
「でも、今こうして会えたんだよ」
私は希愛の机に歩み寄り、できるだけ優しく声をかけた。
「音楽をやめたって言うけど、本当にそうかな? 本なんかより、ドラム叩いてるときの黒羽さんのほうが、ずっと生き生きしてたんじゃない?」
希愛の瞳がわずかに揺れる。
「……そんなこと、ない」
「あるよ。刹那だって、私だって。刹那の話を聞くたびに思うんだ。一緒に演奏したときの楽しさや、感情は絶対に嘘じゃないって」
言葉を重ねながら、私は自分自身も熱くなっていくのを感じた。
希愛は唇を開きかけ、何かを言いかけた。けれどすぐに閉じ、肩を震わせた。
「……分かんないよ。もう、あの頃の私じゃない」
「分からなくてもいいよ」
私は即答した。
「分からなくても、もう一度叩いてみればいい。昔みたいに笑えるかもしれないし、違うって思うかもしれない。でも……やらないで決めつけるのは、もったいない」
静まり返った図書室に、私の声だけが響いた。
図書室の空気は、重い沈黙に包まれていた。
希愛の紫の瞳は揺れているのに、彼女は頑なに首を振り続ける。
私は何度も言葉を探したけれど、これ以上はもう届かない気がした。
そんなとき――。
横に立つ刹那が、小さく息を吸い込んだのが分かった。
「……希愛」
掠れた声に、希愛の肩がぴくりと震える。
「私は……あのとき、言えなかった。希愛に『やめないで』って。
本当は一緒に続けたいと思ってたのに、怖かったんです。無理に引き留めて、希愛を苦しめるのが」
刹那の拳が、机の上で小さく震える。
「でも今は違います。……また、希愛のドラムが見たい。あの頃みたいに、リズムを刻んでいる希愛を」
その言葉は、嘘のない願いだった。
希愛は息をのんで刹那を見つめ返す。
しばらく視線を揺らしたあと、ぎゅっと目を閉じた。
「……勝手だよ」
低い声でそう呟く。
「今さらそんなこと言われても、私、二年もドラムに触ってないんだよ。吹奏楽でも全然認められなかった。もう叩ける自信なんて――」
「大丈夫です」
刹那が静かに遮った。
「希愛ならできます。私は……ずっと見てきたから」
希愛はしばらく黙り込み、本を強く握りしめた。
やがて観念したように吐き出す。
「毎日吹奏楽が放課後練習してたのをここで聞いてたから、曲は知ってる。でも3曲のうち……2曲までなら叩ける。知らない曲はできない。それでもいいなら....」
その言葉に、私と紫苑は同時に顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。
ともちゃんは小さくガッツポーズを取り、ゆきちゃんはほっとしたように微笑む。
「ありがとう、黒羽さん」
私が心からそう言うと、希愛は顔をそらしながら椅子を引いた。
「勘違いしないで。……他に誰もできないなら、仕方なくやるだけだから」
強がりの言葉とは裏腹に、その声にはかすかな震えが混じっていた。
希愛が立ち上がり、図書室の静寂に椅子の音が響く。
彼女の足取りは重いけれど、一歩一歩確かに前に進んでいる。
「行こう」
刹那が短く告げる。
私たちは並んで廊下を歩き、吹奏楽部の待つ体育館へと向かった。
――再び、音を奏でるために。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
第十三話では、
希愛と刹那の再会の緊張感
吹奏楽部の窮地を説明する悠花たち
希愛の「音楽をやめた」という強い拒絶
悠花の代弁によって明らかになる、刹那の言えなかった想い
最後に「また希愛のドラムが見たい」と刹那が本音を口にし、希愛が渋々了承
……という流れになりました。
希愛はまだ本心を隠したままですが、再びステージへ立つことを選びました。
次回はいよいよ吹奏楽部のステージ。二年ぶりにスティックを握る希愛の姿をお届けします。