第12話 図書室の再会
こんにちは、msnoです。
今回は、悠花たちが生徒会の交流企画で訪れることになった他校の文化祭を描きます。
紫苑にとっては初めて耳にする「黒羽希愛」という名前。刹那と希愛の関係も明らかになり、物語はいよいよ再会の瞬間へと近づいていきます。
フェスの大舞台を終えた翌日。私は紫苑の姿が気になって、朝一番に声をかけた。
「紫苑、大丈夫だった?」
教室の窓際でノートを広げていた彼女は、ゆっくりと顔を上げる。眼鏡の奥の瞳は、いつもよりわずかに疲れて見えた。
「……母に呼ばれました。『あんな野蛮な音楽はやめなさい』と」
その声音は平静を装っていたけれど、わずかに震えているようにも聞こえた。
「子供の頃は、母は私の誇りでした。『碧山凛子の娘』と呼ばれることも、自慢に思っていたのです」
紫苑は静かに語り始めた。
「でも……今は違います。私の名前ではなく、母の名前で見られることに、嫌気が差しています。どこへ行っても『碧山凛子の娘』。誰も、本当の私を見てはいない」
机の上に視線を落とす紫苑の横顔は、どこか影を帯びていた。
「だから……昨日の演奏も、母にとっては“娘が勝手にやったこと”でしかない。誇りでも評価でもなく、ただ怒りの理由にしかならなかったのです」
そう言い切ると、彼女は深く息を吐いた。
「……これからは、生徒会の仕事に専念します。
体育祭や文化祭などの学校行事で忙しくなりますし、悠花さんたちと音楽を続けることはできません」
紫苑はそう告げて、視線を逸らした。
私の胸の奥に、言葉にできない重さが広がっていく。
けれど彼女の決意は揺るぎなく、簡単に否定することはできなかった。
時が過ぎて九月。二年目の文化祭は、あっという間に幕を閉じた。
私と刹那が所属する軽音部は、今年は出し物を断念した。三年生が引退して、残ったのは私たち二人だけ。紫苑は臨時参加だったし、新入部員も結局現れなかったからだ。
体育館のステージで輝く他のバンドやダンスグループを見ながら、胸の奥に小さな悔しさを押し込めるしかなかった。
文化祭が終わった数日後。放課後の部室で、紫苑が一枚のプリントを手に私たちのとこにやってきた。
「来週、近隣の高校の文化祭に、生徒会代表として見学に行くことになりました。市の教育委員会が進めている“学校間交流”の一環です。一緒に行きませんか?」
淡々と告げる声に、刹那が目を瞬かせた。
「他校の文化祭を……見学?」
「はい。文化祭の運営を学び合うのが目的です。顔を出す程度ですが」
紫苑はそう説明しながら、私たちにプリントを差し出す。
「……この学校って黒羽さんの学校じゃない?」
刹那が目を通した瞬間、つぶやいた。
「希愛の学校だ」
印刷された校名を見て、息を呑む。そこは――黒羽希愛の通う学校だった。
「黒羽さん……?」
紫苑が首を傾げる。
「誰か知り合いがいるんですか?」
私は思わず刹那の顔を見る。
「この前……名前、言ってたよね。希愛って」
刹那は少し視線を落とし、やがて静かに口を開いた。
「……幼なじみです。家が近所で、物心つく前から一緒に過ごしてきました。小さい頃から、ずっと音楽をしてきた、大切な親友でした」
言葉を区切るたびに、その声はほんの少しずつ沈んでいく。
「でも、中学で別々の学校になって……希愛は吹奏楽に入ったけれど、うまくいかず、やがて音楽をやめてしまったみたいで。私は何もできなくて、気づけば疎遠になっていました」
「どうします?」
「行きます」
紫苑が不安そうに聞いてきたけど、私はすぐに返事をした。
今まで刹那は黒羽さんの話をするときはすごい悲しそうだけど、また一緒に演奏したい、仲直りしたいという気持ちは痛いくらい伝わってきてたからだ。
紫苑は小さく頷いた。
「では、その方と再び顔を合わせることになるのですね」
その淡々とした言葉が、逆に重く響いた。
「希愛、元気してるかな...」
「……なんか、運命っぽいね」
私はプリントを胸に抱え、呟いた。
胸の奥にざわめく予感が広がっていく。
週末。私たち五人は並んで駅から続く通学路を歩いていた。
紫苑、刹那、私、そしてともちゃんとゆきちゃん。
見慣れた制服とは違う色の校舎が見えてくると、胸が少し高鳴った。
「へぇ……ここの文化祭、結構大規模なんだね」
私はパンフレットを開きながらつぶやく。
模擬店の種類も多いし、体育館だけじゃなく中庭や特設ステージでも発表があるらしい。
「ふふん、我が舞台はすでに整っている……否、我が運命の観客席はここに集う!」
ともちゃんが中庭の人混みを見て、いきなり痛いセリフを放った。
「はいはい、目立ちすぎるから声を抑えて」
ゆきちゃんが呆れながらも腕を引っ張る。そのやり取りに笑いが起きて、緊張していた空気が少しほぐれた。
私たちは校舎を回りながら、色んな模擬店を見て回った。パンケーキ屋やたこ焼き、展示教室、演劇部の発表。
紫苑は真面目にメモを取っていて、運営の工夫を熱心に観察している。
「こういう動線設計は参考になりますね。来年に活かせるかもしれません」
「ほんと真面目だよね、紫苑って」
私が笑うと、彼女は眼鏡を指で直しながら少し照れたように視線をそらした。
ともちゃんはと言えば、模擬店で射的を見つけると「我が魔弾で的を射抜く!」と叫んで本当に当てたりして、子どもたちに囲まれていた。
「はぁ……これも全部紫苑がいるから、なんとか場が締まってるんだよね」
ゆきちゃんのぼやきに、私と刹那は笑って頷いた。
午後。パンフレットの時間割を見ながら私が提案する。
「やっぱり軽音部のステージは絶対に見たいよね」
「同感です」
刹那も頷く。
けれど、会場案内を調べても軽音部の記載はどこにもなかった。代わりに大きく「吹奏楽部定期演奏会」と書かれている。
「ここ、軽音部ないんだ」
「え? じゃあ、この学校の音楽発表って吹奏楽が中心ってこと?」
私が首をかしげていると、体育館へ向かう廊下がざわついているのに気づいた。
慌ただしく走る生徒たち、ひそひそと交わされる声。
「どうしたんですか?」
刹那が近くの生徒に声をかける。
「あ、吹奏楽部のパーカッションの子が急病で欠席になったらしくて……。ドラムがいないから演奏ができないかも、って」
その言葉に私たちは息をのむ。
「パーカッション……ドラム……」
刹那の瞳が揺れる。
「まさか……希愛……?」
けれど、吹奏楽部のメンバーは「黒羽希愛」という名前を知らないと言う。
不安が広がる中で、私たちは顔を見合わせた。
「とにかく、代わりに叩ける子がいるって伝えよう」
私はそう言って、体育館へと駆けだした。
体育館の裏口に回ると、部員らしき男子が慌ただしく楽器を運んでいた。
「すみません、吹奏楽部の方ですか?」
紫苑が落ち着いた声で呼び止める。
「え、あ、はい! でも今、それどころじゃ……」
「ドラムの代役になれる子を知っています」
刹那がきっぱりと言うと、男子は驚いた顔をした。
「本当ですか!? でも、そんな子、うちの部には……」
刹那は口を閉ざし、私たちを見た。
「……直接、探しましょう」
そう告げると、私たちは校舎の中へと駆け戻った。
しかし、初めての校内で姿は刹那ので手分けをして探すこともままならなかった。
「むやみに探すより、先に2年生の教室に行きましょう。同じクラスの人が見つかればわかるはずです」
手分けして同学年の生徒たちに声をかける。
しかし中々知ってる人に出会えずに、十人近く聞いたとこで、知ってる人に話を聞くことができた。
「黒羽さんって人、知ってる?」
「えっと……ああ、図書委員長の黒羽さんなら」
「普段どこにいるか分かる?」
「いつも図書室にいますよ。授業がない時間はほとんどそこに」
そう教えてくれた女生徒の言葉に、私と刹那は目を合わせた。
――図書室。やっぱり希愛だ。
5人は廊下を抜け、静まり返った図書室の前に立つ。
外の喧騒とはまるで別世界のように、ここだけ時が止まっているみたいだった。
ドア越しに見える窓際の席で、一人の少女が本を読んでいる。
紫苑が小さく呟く。
「……あの人が、黒羽さん?」
私は無言で頷いた。
黒髪を肩で切り揃え、背筋を伸ばして本をめくる姿。
あまりに静かで、孤高で、近づきがたい雰囲気。
それでも、間違いなく――希愛だった。
胸の奥がざわめき、喉が渇く。
「……本当にいたんだ」
私の呟きに、刹那はわずかに震える声で返した。
「……希愛」
扉の取っ手に手をかける。
――再会の時が、ついに訪れた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第十二話では、
悠花たちの文化祭は部員不足で出し物なしに
生徒会交流で希愛の学校へ行くことが決定
刹那が幼なじみの希愛との過去を語る
他校の文化祭を五人で巡る姿
吹奏楽部のトラブルから「代役の存在」を示唆
図書室で本を読む希愛を発見
……と、希愛との再会直前までを描きました。
長い時間を経て、ようやく四人目のメンバーが物語に再登場。
次回はいよいよ本格的な対話のシーンになります。
すれ違いと葛藤、そして再び音楽に向き合うきっかけをどう描くか、私自身も力を入れたい回です。




