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「リザルドのほうから来た勇者パーティは強かったぞ。保護はびっくりする簡単だったがな」
「あぁ、あの聖女は強かったが、勇者はイマイチだな」
魔人達のそんな会話にアリス姫が魔族の兵をキッっと睨んで側に居た勇者を睨みつけた。
「捕まったのはこいつのせいなのよ!」
アリス姫達が保護された場所は思っていたよりも魔族領の森の中奥深くで魔族領の中でも危険な地帯に入る間際だった。
魔族領に入るには国を挙げて兵士を投入するような大規模な事は滅多になく、数人のパーティが魔属領に入り魔王城を目指していくのが一般的な攻略の仕方だ。
大量の兵士で魔族領に入ってもスムーズに大人数が移動出来るような道もなく、それだけの人数分の食料や荷馬車を引く馬の飼葉と共に移動出来るような土地ではない。
それでも過去にそれを実際に行った国があったようだが、魔族らしい豪快さで魔族領の大部分を業火で覆い、森ごと人間を殲滅させられたらしく、以来は地道に少人数での攻略が主流となったらしい。
少人数とはいえ魔王討伐パーティとなるとパーティのメンバーは厳選され、その国に名の知れた各々のエキスパートが選ばれている。
まずは魔王と対峙出来る勇者。
聖女もしくは聖魔力を持つ者、回復系の使い手の神官が加わる場合もある。
魔術師といった魔法の使い手
剣士や騎士など攻撃に関する使い手
その他の特技を持つ者がパーティに入ることもある。
パーティの人数が増えるとそれだけ諍いも増えるのか、途中で分裂してしまう事もあるので5人から多くても10人以下の人数での攻略が主流だ。
「今のところ3人残っているが聖女のおかげで生き延びていたな」
魔人達が話しているようアリス姫達は3人になりながらも魔族領で生き長らえていた。
「アリスと呼ばれている者は聖女だな。聖魔力が強いから側に居る者が魔素の毒にやられることなく魔属領を進められたんだな。当初にパーティに居た騎士2名は途中で離脱しているし、魔術師はほとんど素人みたいな事しか出来ない奴だ。勇者・・・? このパーティは勇者と勝手に名乗っている者に騙されたのか?何も出来そうにない奴だが」
つまり、リザルドの王妃は邪魔な側妃の娘であるアリス姫を処分しようと、魔族領から戻ってこれない討伐パーティで魔族領に送り込んだのだろう。
ライラがリザルドの王太子を攻略すれば聖女と勇者枠のリザルドの王太子を含める討伐隊で魔族領を攻め入ることが出来るので、今この時点でアリス姫を魔族領に送り出す必要などなかったのだが。
途中で離脱した騎士は魔族領の中に入ると3人からわざと離れ直ぐにリザルドへと戻ったそうだ。
リザルドの王太子攻略ルートでライラが聖魔力を爆上げするにはブラコン姫の聖魔力を奪う必要があるので、このままアリス姫が魔属領で命を落とせば大聖女にライラはなれない。
そのような事を王妃は知らずにライラの親善訪問を利用したのだ。
魔属領にサムル国内側から入ることが出来ない事は他国に知れ渡っている。
ライラは大聖女候補であり、王太子の婚約者だとサムル王国が他国へ公表しているが、国を丸ごと結界で覆えるほどの力を持つ聖女はそうは表れないので、サムル王国の王太子の婚約者だとしてもまだ婚約段階であれば何かの理由に婚約破棄も出来るだろうと考えたのだろう。
王妃はリザルドの王太子の婚約に邪魔になるアリス姫を王宮の最奥に監禁するよりも王宮から追い出しておく方を選んだのだろう。
エレアが魔獣に攫われた事にしたように、魔族領とは不要と思われる人の処分場として使用しているのだろうか。
アリス姫をこのように処分するにあたりリザルド側には転生者はいない様子だが、あまりにも実際のアリス姫のイメージが違っていた。
もしかしてアリス姫も転生者ではないのかとエレアは様子を窺っていたが、もし転生者であり命大事と思える者であれば命を惜しんで慎ましく暮らしているはずである。
理由はどうあれ兄である王太子に近づく女性達に嫌がらせの数々をしていたアリス姫は転生者ではないだろう。
「やっぱり勇者じゃないのね!おかしいって思ったのよ、だって何も出来ないんだから!!仕事だって娼館の下働きしてただけじゃない!」
「何言ってんだよ、俺は村の勇者祭りで優勝したからこそあの娼館で働けてたんだぞ!勇者に決まってるって何度も言ってるだろ」
勇者枠で入れられたと思われる青年がアリス姫に向かって自分は勇者だと名乗っている。
「俺は5年に1度行われる勇者祭りで優勝したんだ。俺の村は遥か昔に魔王を倒した勇者にリザルドの国王が与えてくれた土地なんだぞ!あの村は勇者の血統が流れてて、その中でも勇者祭りで優勝した者が5年間勇者と名乗れることが出来るんだ。去年俺が優勝したからあと4年は俺は勇者の称号を持っているし、持っているからこそ国から魔王討伐パーティへの要請がかかったんだぜ」
「100回くらい聞いたわよ!足が速かっただけで偉そうにしないでよ!」
「何言ってんだ!足が速いのは身体能力が高いってことなんだぞ!」
アリス姫と勇者を名乗る青年との身分差はパーティの仲間でなければ不敬の罪で土下座状態で打ち首にされる程は離れているだろうが、意外にもアリス姫は勇者と呼ばれている青年の態度については気にしていない様子だった。
「何よ!参加者全員で村の入り口から走って一番早く勇者の像にタッチ出来たら勇者だなんておかしいじゃない!その賞品だっておかしいのに気付いてないわけ?」
「なっ!言っとくけどあの本の作者は実在するんだぜ!俺が働いていた店のオーナーだしメッチャ良い匂いしてるんだぜ!!」
「こちらになります」
魔族の兵士が3人から没収しているリュックの中から1冊の本を取り出した。
『マダムリリーの秘め事』
表紙はほぼ半裸に近い姿の美女が悩まし気な視線を向けている分厚い本だった。
「それは勇者にならないと貰えないやつなんだから絶対に俺に返せよな!!」
「そんな本魔族領に必要ないじゃない!」
「この本の作者が娼館のオーナーなのですか?」
エレアが見たことのないタイプの本だが恐らくこの先も見る事はない本だろう。
「ああ、勇者はこの本を賞品として貰えて、その上オーナーの店で雇ってもらえるんだぜ!俺の住む村は辺鄙な場所だし、大きな街で働くには身元引受人もねぇから勇者になって美人だらけの店で働けるなんて夢みたいだろう。前回の勇者はうちの兄貴なんだけど兄貴は娼館街から何処かに行っちまったみたいだな。あんな天国みたいな場所なのに」
「そう、兄弟で足が速かったのね」
「そうだな。兄貴はめちゃめちゃ早かったな」
勇者役は誰でも良かったから田舎から出てきた青年を討伐パーティに加えたのだろう。
何年か前に田舎から先に出てきた兄も行方不明になり、でも気にしていないような家系でならと、娼館のオーナーに知らないうちに売られたのかもしれない。
衣装だけは旅装をきちんとそろえて貰ったようだ。
「エレア様、この姫は必要だとしてもあとの2人はどうしますか?」
アレンの部下の魔人はレシーという小柄な美少女な魔人だった。
このレシーさんが3人の目の前に現れた途端勇者が全面降伏し、何も出来ない魔術師も命大事と降伏したとか。
「今すぐにリザルドに戻してもアリス姫も彼等も危険だからここに保護したほうがいいんだけど、アリス姫は聖女だから魔素に関しては大丈夫だけどあとの2人は魔素が強過ぎる場所だと・・・」
かといってずっとアリス姫の側に男性二人を置いておくわけにもいけないとエレアが考えていたところ
「僕、魔道具を持たされているので大丈夫です!だからしばらくここに置いてくれませんか?!」
そう声をあげたのは魔術師の青年だった。
「僕は魔術師の家系なのですが魔力操作が全然ダメな落ちこぼれで、父も兄も僕を家族としてはいない者としてたんです。アリス姫のパーティの打診もラサリン家の血筋の魔術師ならパーティのメンバーとして箔があるので、ラサリン家の中で命を落としても問題ない者を1人用立てて欲しいという依頼で僕が選ばれました。 父は魔族領に入ってすぐに魔物の瘴気で倒れたら魔術師としての力が何もないのがバレてはいけないと魔道具を持たしてくれたんです。 えっと・・・死ぬこと前提なのでそんなに良い物ではないのですが、魔族領で息が出来る程度には使える物なので生活には問題ありません。だから行く場所もないし置いていただけませんか!」
魔術師としての能力のない青年はシオンという名前で、魔術師の英才教育を受けても魔術師としての片鱗も見せない次男に対して、代々高名な魔術師を輩出している家系としては恥ずかしい者として表に出さなかったのだ。
周囲にはあまり体が丈夫でなく自宅で魔術の研究をするほうが次男の性に合っているのでずっと自宅に篭っていると触れていた。
実際は下男達と共に魔道具を作る材料を採りに行かされたり雑用をさせられていたのだが。
ラサリン家の血筋がパーティに入れば箔が付くからと秘密裏に依頼された時にシオンの父親である当主は遠い親戚筋の者でも養子にして王家に差し出すつもりだったが、妻と長男からの
「家に丁度よい人材がいるではないですか」
の声に次男であるシオンを差し出す事にした。
公表されている現ラサリン家の次男で間違いなく、引き篭もって魔術の研究ばかりしているという当主の次男に対する周囲への説明にもこれなら合致する。
素材採り要員が1人くらい欠けても問題ないし、今この時期にラサリン家の遠縁から養子縁組すれば格好がつかないと思えたからだ。
こうしてアリス姫のパーティに送り込まれたシオンは当然のことながら何の力にもなれなかったのだ。