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第4話 : 曇り空

--前回までのあらすじ--


 一仕事終え自分の村に帰ってきた八重は、

 副村長である椿や弟子の平吉らの変わらない姿と

 村の平穏さに安堵するのであった。


 そして村長としての責務や妖魔狩りとしてのこれからを見据えてく矢先、

 都からの依頼が届いたのであった。

 ここ日本の都はただ一つその名も”千利(せんり)”、

 誰もが知る一番の大都市である。


 中央には闇に紛れるかのごとく

 漆黒で大きな千利城がそびえたち、

 その立派な天守閣は千利の城下町を静かに見下ろしている。


 その城に魅入られた将軍共によって、

 皆自分のものにしたいとばかりに

 血で血を洗う大きな戦が幾度となく行われてきた歴史がある。


 最終的にその戦もほとぼりが冷め、

 現在はある将軍が城とこの土地を治めている。

 なんでも農民上がりの将軍だとかで、

 いろいろ噂が絶えないのであった。


 そんな都、千利にほど近い森の花畑で

 小さな子供とその付き人が楽し気に花を摘んで遊んでいた。


 「まぁ、ねね様、

  この菊はとてもお綺麗ではございませんか」

 「うん、これと、これとこれも持って帰る。

  あと...えーとね、これと....」


 子供の名前はねねというようだ。

 付き人の様子から高貴な身分であることがうかがい知れる。

 よく見ると彼女らの後ろには

 仏頂面をした侍が辺りを見回して警戒している。

 おそらく護衛であろう。


 「ところでねね様、

  生け花をしたいと仰っていましたが

  ご経験はありましたか?」

 「んーん、ない。静江はあるの?」

 「ええもちろん、

  淑女のたしなみとしてそれはもう

  みっちりと叩き込まれましたよ」

 「ふーん、じゃあ後で教えてね」

 「もちろんでございます」


 静江は約束するといわんばかりに

 ねねの小さな両手を握る。


 「ふふーん」


 ねねは子供らしい純粋無垢な笑顔を向ける。


 その愛らしい表情に

 静江は胸がときめき身もだえた。


 しばらく二人で花を見たり摘んだりしていると

 次第に空が曇ってきた。


 「ねね様、なにやら雨が降りそうですよ。

  そろそろ帰りませんか?」

 「もうちょっとだけ、

  もうちょっとだけ、お願い?」

 「もう...しょうがないですね」


 静江は後ろに立っていた護衛に目で合図をし、

 男は黙って頷いた。


 「あ、あの花かわいい!」


 そう言ってねねは綺麗な花を

 一生懸命探しまわっている。


 そうこうしているうちにポツリ、ポツリと小雨が降ってきた。


 「あら、降ってきましたね。

  ささっ、帰りましょうか」


 静江は持っていた傘を護衛にも渡して

 ねねを手で招く。


 「うん!楽しかった」


 興奮おさまらないねねを傘に入れて

 静江は護衛とともに

 都へと歩みを進めようとしたその時


 『シュル....シュル、シュル』


 奇妙な声が聞こえ、

 3人がその方向を振り向くと

 傘越しに黒く大きな影が

 雨に打たれながらぬうっと立っているではないか。

 急に現れたそれは

 人を丸呑みにする大蛇という妖魔であった。


 (.........!!)


 ねねと静江が悲鳴を上げる前に、

 護衛の男が二人を後ろに突き飛ばし叫んだ。


 「走れ!!」


 周りにいた人達も

 叫び声を上げて逃げ始める。

 戦える人間はどうやら護衛の男だけのようだ。


 護衛が刀を抜くと同時に

 大蛇がまっすぐ男に向けて突進してきた。


 ねねは恐怖で静江に顔をうずめる。

 先ほどまでの愛くるしい顔はどこえやら、

 彼女の体が小刻みに震えているのが伝わってくる。


 (わたくしがしっかりしないと!)

 「ねね様、大丈夫です!」


 立ちあがった静江は傘を放り出し、

 ねねを肩に担ぐとまっしぐらに都へと走り出した。


 『シュル、シュル....』


 護衛は刀の(しのぎ)を抑えて

 大蛇の体当たりを受け流す。


 素早くとぐろを巻いた大蛇は

 その強靭そうな尻尾で

 続けざまに連続突きを放つ。


 普段人しか相手にしない侍の護衛にとっては

 不規則な妖魔の攻撃は避けるのが難しく、

 刀で何とか受け流すのが精一杯であった。


 「くそぅ..」


 すると大蛇は一瞬

 大振りの突きを放ってきた。


 ここぞとばかりに男はそれを紙一重で見切り、

 大蛇の眼球めがけて突きを放つ。


 『引っかかった、引っかかった』


 眼光の鋭くなった大蛇は

 その突きを難なくかわし、

 刀の刃を大きな牙でかみつくと

 パリんと音を立てて刃が砕け散った。


 一瞬呆然としてしまった護衛は

 その隙をつかれ、

 大蛇の大きな尻尾で突き飛ばされる。


 「ぐぉぉぉ...」


 腹に穴が開いたかのような鈍痛に悶え苦しむ。


 己の刃が届かなかったことを恥じ悔やむのであったが、

 何よりも妖魔が人の言葉を話したことに心底驚愕した。


 妖魔狩りの友人が話していたことを思い出した。

 人の言葉を話す妖魔など古い文献にしか載っていない幻の存在であるらしい。

 そんなものがなぜ今ここにいるのか

 男は疑問に思った。


 加えて先ほどの大振りの攻撃、

 わざと隙を作ってこちらからの攻撃を誘った。

 つまり人に劣らずの高い知性を持っていることは間違いない。


 (とにかく、今すぐに都に応援を!)


 痛みに耐えながら起き上がろうとするが、

 思うように体が動かず、

 全身にピリピリとした痺れが感じられる。


 (毒の類いか)


 気づいた直後、

 追撃とばかりに大蛇の尻尾に叩きつけられ

 薄れ行く意識の中で大蛇の声が聞こえた。


 『はやく、あの娘を殺さねば...』


-----------------------------------------


 「はぁ、はぁ、ねね様、もうすぐですよ!」

 「...うん」


 静江は息を荒げながら都の門へと必死に走る。


 門前では門衛がそこらにいる人たちを

 急いで非難させている。

 どうやら妖魔が現れたという知らせが届いたのだろう。


 ほっと胸を撫でおろし再度ねねを背負い直す。


 一安心、

 そう思ったのも束の間、

 背後から黒い影が素早く横切って

 静江らと門の間に立ち塞がった。


 「だ、大蛇だーー!」


 門衛がそう叫ぶと大蛇は静江に威嚇する。


 「そんな、どうして!」


 自分たちが狙われていることに気付いた静江は

 都に入るのを諦め、

 少しでも身を隠せると思い

 森の方へ進路を変えた。


 「女ー!そっちは駄目だ―!」


 門衛の叫びが後ろの方から聞こえるが、

 もう止まるわけにはいかない。


 『へへ、ばかなおんな』


 大蛇は静江を追いかけるも

 決して追い抜かず、

 速度を調整して森の奥深くへ追い込んでいるようである。


 「ぜぇ、ぜぇ......ぜぇ、ぜぇ」


 静江の喉から体力の限界を告げる音が出て、

 木の根に足を取られて転んでしまう。


 「しずえ、しずえ、しっかりして!!ぐすん、ぐす」


 ねねは必死に鼓舞するも、

 静江は肩で息をして動けない。


 その隙を見逃すはずもなく、

 追いついた大蛇は二人をあざ笑いながら

 大きなとぐろを巻いた。


 『ぐへ、ぐへへ、うまそう、うまそう』


 大蛇のどす黒い顔が

 静江の手を必死に引っ張っているねねに近づく。


 「い、いや.....いや!

  ぐすん、しずえ、

  起きて、起きてよ!」

 『たべよう、たべよう!』


 そう言うと大蛇は

 人を簡単に丸呑みできるだろう大きな口を開け

 ねねに向かって嚙みついた。


 しかし、その牙が食い込んだのは、

 ねねではなく静江の肩であった。


 「あああああああ!痛い!痛い!ああああ!」


 静江はねねをかばって攻撃を受け、

 強烈な痛みに悲痛な叫びを上げる。


 大の大人が脇目も振らず

 本気で叫ぶのを初めて聞いたねねは

 より一層恐怖に飲まれ

 頭を抱えて(うずくま)ってしまった。


 「ぐすん、だれか、だれか、

  お願い........助けて!助けて!!」

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