第3話 : 都からの依頼
--前回までのあらすじ--
無事山姥を討伐した八重は
退魔連合会に所属する妖魔狩りとしての依頼を達成し、
報酬を得て親っさんや銀二らと別れる。
八重は久しぶりに自分の村である
”那須ノ村”へと帰還するのであった。
「.....ただいま.........椿」
椿と呼ばれた女は
頭に巻いていた手ぬぐいを取って汗をぬぐう。
「八重が帰ってくるのが見えてすっ飛んできたよ。
ほら村長、帰ろうぜ」
「ふふっ.....椿は相変わらずね........
頼りにしてるわよ....副村長」
八重は笑って椿に答え、馬から降りる。
八重と椿はそれぞれ那須ノ村の村長と副村長を担っており、
八重が不在の時は椿がこの村を仕切っているようだ。
「八重姉、今からあそぼ、あそぼ」
周りにいた子供たちが
八重の袖を引っ張ってねだるのを
椿が頭を撫でながら制す。
「こーら、お前たち、
村長は疲れてんだぞ、また明日にしろー」
「椿姉のケチ!」
「いったなー、
怖ーいお姉さんがお仕置きしちゃうぞ~」
椿は悪い顔をして
子供たちを追いかけようとする。
「にげろ~、あはは」
子供たちは笑いながら
遠くの方へ駆けて行った。
その様子を見て椿は
優しい表情を浮かべる。
「あの子達もずいぶんこの村に慣れてくれたみたいだね」
「.........そうね......ありがとう......椿」
八重は面倒見がよく姉御肌な椿を
心から信頼している。
「それで八重、
あんたがいない間にあったことを報告したいんだけど、
とりあえず今は休んで。また夜に話そう」
八重は頷くとひとまず椿と別れ、
村の高台にある自分の家に向かって足を進めた。
馬小屋に馬を止めた後、
自分の家を見上げる。
この家は先代の村長から譲り受けたもので、
さほど大きくはないが温かみを感じて
八重はとても気に入っている。
縁側まで近づくとそこには
10歳半ば程の背の低い少年が、
腕と足を組んで
ぐーすか居眠りをしているのが見えた。
「............平吉.....」
「ふにゃふにゃ.....」
少年の名は平吉、
八重が起こそうと声をかけるも起きる気配は全くない。
八重はやれやれと首を振り、
めいいっぱい息を吸い込んだ。
「...........................................平吉!!」
「うわぁーーー!」
八重の怒号はとても大きくて勇ましく、
普段の声の落ち着き具合からは
想像もつかないほどであった。
飛び起きた少年は
目をぱちくりさせて八重の顔をまじまじと見つめる。
「あぁぁ!師匠ー!
な、なぁんだ帰ってきてたんですか~。
お、おかえりなさーい」
平吉は冷や汗を流しながら
なんとか平静を装おうとする。
「.........平吉........修行は?」
八重は腰に手を当て
平吉に顔を近づけながら、
疑いの眼差しを平吉に向ける。
「や、やだな~、この平吉がさぼるとでも?」
その答えを聞いた八重は
縁側の柱に立てかけてあった練習用の木刀をじろじろと見た後、
縁側をツーっと指でなぞる。
その指に何日か分の埃が付いているのを見て
八重はさらに目を細め平吉の方を見る。
「........木刀も縁側も.....
ほこりっぽいんだけど?.....」
「あはは、あは、あはは...
すみませんでしたーー!」
そういうと平吉は
狐に追い詰められた鼠のように
弱弱しい態度で大げさに土下座をかます。
「........掃除は?」
「今すぐに!」
「........修行は?」
「直ちに!」
そういって平吉は
水を汲むための桶を担いで、
一目散にその場を後にした。
「...はぁ..........」
八重は深いため息をついた。
平吉は八重が認めるほど剣の腕前に才があり
将来は妖魔狩りとして有望ではあるのだが、
怠け癖がひどく、
自分の弟子としてどう指導すればよいのか
いつも手をこまねいているのだ。
決して悪い子ではないのだが、
ないのだが.......まったくもう。
--------夜も更けたころ--------
八重の家では八重と椿そして平吉が
囲炉裏を囲んで夕飯を食べていた。
「......それで椿......村の状況は?」
椿は水をぐいっと飲んで話し始めた。
「まず新しい住人が5人この村に入ることになったわ。
東の村で妖魔が暴れたみたい。
これで住人は102人になった」
八重は空になった茶碗を平吉に渡し頷いた。
平吉は受け取った茶碗に釜飯を注ぐ。
「それに伴って問題が一つ、
人手不足ね。
特に大工や畑仕事のできる男手が足りないの」
それを聞いた平吉は
手を後ろで組んで話に混ざる。
「男手っていってもなー、
この村に来るやつはほとんど
女子供ばっかですよ」
八重は腕を組んで考える。
那須ノ村がまだ本当に小さい村だった頃、
一度だけ妖魔の群れが襲ってきたことがある。
そこへたまたま近くにいた八重が
すべての妖魔を狩りつくした。
その一部始終を見ていた先代の村長は
自分の老体に先を案じ、
八重に村長として村を支えて欲しい
ということを必死に懇願したという。
それ以来八重は
妖魔に親を殺されたりそれに伴って身売りされたような子供達や、
夫を殺された女達をこの村に受け入れている。
そのせいでなかなか男の住人が入ってこない。
「そうそう、
ここに来る人たちはみんな家族を亡くしたり、
裏切られたりしてる。
みんな悲しい顔してやって来てさ。
あたいはそんな顔を笑顔にしてやりてぇよ!」
そういうと椿は豪快に米を口にかきこむ。
「.......まぁ落ち着いて.........
自分の子供を売りたくて売っている家族なんて
いないわよ......」
八重は囲炉裏の火をじっと見つめる。
「......そう.......
全ては......
妖魔がいるせいで..........」
彼女の持つキツネ目がさらに細く鋭くなり
殺気がもれ、
囲炉裏の火が大きく揺らめき、
あたりの空気が一瞬凍り付いた様な気がした。
「と、とりあえず
他の村から男手を募っているところだし、
なんとかなるかもね。
さあさあ、食べちまおう」
「し、師匠、
ほら、おかわり注ぎますよ」
椿も平吉も
八重の妖魔に対する憎悪が人一倍、
いやそれ以上に強いことを知っている。
「.........二人とも.......ありがとう」
いつもの優しい雰囲気に戻った八重は
二人に目配せして感謝を述べた後、
食事を楽しむことにした。
皆食事が済み、
お茶を飲んでいた頃、
扉を激しくたたく音が聞こえた。
「八重さん、八重さん、依頼よ。
依頼が来たわ」
平吉が扉を開けると
文を持った女が立っていた。
「菊さん、いつも助かります。
確かに、師匠に渡しておきますぜ」
その場で文を一通り読んだ平吉は、
奥にいる師匠に向かって叫んだ。
「師匠!!依頼だ!
都から、都から依頼が来た!」