第2話 : 村へ
--前回までのあらすじ--
熟練の猟師である親っさんと銀二は
山で山姥に遭遇し討伐しようとした。
しかし不意打ちを食らい銀二は絶体絶命の窮地に陥る。
そこへ現れたのは八重と名乗る妖魔狩りの女、白狐稲荷という白き妖刀で山姥を見事に断ち切った。
「いやー、あんたのおかげで何とか助かった、
ホンマおおきに」
銀二を抱えた親っさんが
山道を下りながら八重に感謝する。
「....そんなことより.....銀二さんは大丈夫?」
感謝されることには慣れているのだろうか、
銀二の傷を見つめて心配している。
「大丈夫や、こいつの丈夫さは村でも指折りやし、
幸い出血自体は軽度やったしな」
銀二は布と木の棒で
適切な応急処置が施されており、
痛みに慣れてある程度話せるようになったみたいだが、
疲れており片手を挙げるだけして無事を伝える。
「それにしても八重さん、
あんたは妖魔狩り言ったやんな?」
「.....ああ」
「ホンマもんの妖魔狩り見るんは初めてや、
依頼したらホンマに来てくれるんやな」
親っさんは八重を見る。
風貌は華奢な女、
まだ若く二十歳を過ぎたあたりだろうか。
甲冑を着ているが軽くするように
細かい工夫を施しているのが素人目にも見てわかる。
そのキツネ目から放たれる眼光は
女が持つ独特の柔和さを感じさせる。
何よりも山姥を断ち切ったその刀は、
錆びていないにも関わらず刃が純白であった。
あんなものは見たことがない。
本当に玉鋼で打った刀なのだろうか。
「.......気になるか?」
八重はその視線から親っさんの考えを読む。
いつも言われていることなのだろう。
「さっきあんたは妖刀言うたけど、
妖刀なんて聞いたことないで」
「.....妖刀....これは
妖魔だけを切ることができる.....」
「.....妖刀は......この世でただ一つ......
白狐稲荷だけ.....」
「はぁ、そない不思議な刀
どこで手に入れたんや?」
「........................」
八重はうつむき答えない。
「すまん、すまん、
余計な事聞いてしもうたな」
「.......あまり言いふらさないでくれ...............
頼む........」
「当たり前や、命の恩人やからな!せやろ?」
親っさんは背中を揺らし銀二に問う。
「うぐっ、お安い御用や......親っさん」
銀二は、か細いが逞しさを感じさせる声で答え、
振り絞った笑顔を見せてくれた。
しばらくして八重、銀二、親っさん一行は
山を無事に降りて村に戻ることができた。
あたりはすっかり暗くなってしまったが、
山姥を討伐して帰ってきたことを知らせると
村は瞬く間に明かりで満たされ
感嘆の声が広がるとともに宴が催された。
「いやはや八重殿、化け物を退治していただき、
また銀二も助けていただいたとか、
村一同より誠に感謝申し上げる」
宴の席で厳かに楽しんでいた八重に、
村の村長から謝意が伝えられる。
八重は答えるようにニコっと笑顔を見せ手を挙げた。
山姥は半年前程からこの村付近の山に現れ、
山の中の動物だけでなく
山に入った人をも襲い悩ませていた。
見かねた村長は妖魔退治の専門家が集まる
”退魔連合会”に討伐依頼をだした。
退魔連合会は依頼を受けると
すぐさまその依頼の難度に見合う妖魔狩りに通達を出し、
討伐が行われると妖魔狩りは報酬を得られ
連合会に仲介料を払うという仕組みになっている。
「八重さん、今回はホンマに助かった。
はい、これがお礼や」
親っさんは袋にぎっちりと入った硬貨を
今回の依頼の報酬として八重に渡す。
「........こんなに......ちょっと多いわよ....」
「ええのええの、銀二を助けてくれた分や。
銀二もお礼しといて言うとったわ」
「..............ありがとう」
八重は困惑するもありがたく受け取っておくことにした。
「...それにべっぴんさんやからの」
親っさんはや八重に聞こえないぐらいの
小さい声でそう呟いた。
「........なにか言った?」
八重は耳が利き、本当は聞こえているが、
ふふっと笑って聞こえていないふりをした。
「いやいや、なんでもない。
ほんで、これからどうするんや?」
親っさんは首を横に振り話を変える。
「.......明日の朝に帰ることにするわ.....自分の村に」
「そうか、ほんなら今日は楽しんでや」
親っさんのことをとても優しく
気遣いのできるいい人であると感じつつ
差し出された手を八重は握り、
かたい握手を交わすのであった。
次の日、雲がかかった少し肌寒い朝、
八重は村を発ち帰路についた。
---------十日後の正午-----------
馬に乗った八重は遠くに見える村の門に気付く。
「........着いたか」
その村はさほど大きくはないが、
のどかで自然豊かな土地に位置していた。
出迎えるかのようにさわやかな風が吹き
八重のかぶっていた市女笠を揺らす。
八重は微笑みながら馬の手綱を引き
村に向かって颯爽と駆けていくのであった。
村の門前までくると
遊んでいた子供たちが出迎えてくれる。
「八重姉だ、八重姉だ」
「わーい、八重姉だ。おかえりなさーい」
「ねぇねぇ八重姉、また遊んで」
八重が不在の間、村は無事に過ごせていたようで
安堵の表情を浮かべる。
「.........みんな.....元気?」
「うん、元気元気!」
子供たちは快活に答えながら、
ゆっくりと馬を進める八重についていく。
八重がくぐった不格好な村の木門には
”那須ノ村”
ときれいに彫ってあるのが見えた。
「おかえり、八重!」
力強い声の方を見ると、
そこには手ぬぐい頭巾を頭に巻いた
八重と年の近そうな女が腰に手を当てて立っていた。