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怨霊 その2

万策尽きた頃、オカルト研究会の会長が訪ねてきた。

「会長……」

つっかけた靴の踵を踏んで、玄関ドアを支える手の向こうで、明るい笑顔が待っていた。

「よ」

片手を上げて立っている会長に、俺は軽く頭をさげる。

「そんな顔のヤツに聞くのもなんだが、元気か。最近、大学来てないって聞いてさ」

能天気に笑う会長は、あれからどうだと聞いてきた。

そんな顔とは、どんな顔なのかと思ったが、とりあえず質問に答える。

「心霊現象というよりは、心の病気のほうを模索していますよ」

「そうか。大変だな。お前ってさ、おふくろさんの奴しか見えないの?」

「いえ、そんなことはないですが、心霊スポットみたいな場所は知らないですね。街中で歩いている霊みたいなものなら、時々見かけますが」

「やっぱり本物だな、お前」

喜ぶ風でもなくそう言った会長は、後ろに合図を出して誰かを手招きした。

そこにはキャラメルのような肌色の外国人が立っていた。

「我らが噂のマドンナ、ゲッカ様だ」

我らとは、どの団体を指すのか分からないが、マドンナについては納得だ。

スラリと長い体躯に緩く波打つ黒いロングヘアは、きゅっとくびれた腰近くまである。

大きな瞳は琥珀色で、吸い込まれそうな力を感じた。

テレビでしか見ないような美人だ。纏っている雰囲気が、尋常ではない気がした。

これがオーラってやつかと、ぼんやり考える。

「初めまして」

美しく微笑んだゲッカ様は、そう言って頭を下げる。

流暢な発音に驚いて返答できずにいると、会長は茶化すように俺をつつく。

「ゲッカ様に見惚れて言葉を失ってるな。いやぁ、分かる。分かるよぉ」

「そんな訳ないじゃない。外人だと思ったら日本語が上手(うま)くて驚いているだけよ」

ゲッカ様が呆れたような声で会長を嗜める。

「ご、ごめんなさい。失礼な態度をとってしまって、不快に思われたら謝ります」

慌ててそう言うと、ゲッカ様はくすくす笑って首をふった。

「気にしないで。驚かれるのは慣れているから。それより、ちょっと出てこれる?」

ゲッカ様はそう言うと笑みを納め、心配そうな視線を家に向けた。

「あ、大丈夫です」

俺は何か都合の悪いモノでも隠す様にして、ドアの外に滑り出た。

「よし!それじゃあ、心霊ツアーと洒落込もうぜ」

会長はオカルト研究会らしい発言をして、引率するように歩き始めた。踏んでいた(かかと)を出しながら歩き始めた俺は、慌てて会長の背中を追う。しかし会長は、最初の角を曲がったところで足を止め、ゲッカ様に振り返って問う。

「で、こっちであってる?」

「噂ではそうね」

ゲッカ様はそう言って頷き、肩にかかった髪を払いのけて俺の前に出る。ふわりと花のような香りを残して、会長を追い越し先導した。

颯爽と歩く後ろ姿は、さながらモデルのようだ。恐れも躊躇(ためら)いもなく進む姿は、かっこよくて見惚れる。

「いい女……」

ドキリとした。自分の心の声が漏れたのかと思ったが、隣を歩く会長の声だとすぐに分かった。

「いい女だろ?」

俺は黙って頷いた。同調して語り合うところを、ゲッカ様に聞かれたくはなかった。

「次、左に曲がるわね」

少しだけ振り返る横顔も、端正で美しかった。

「本当に日本語上手いですね。まったく訛りがない」

俺は先ゆくゲッカ様の背中にそう語りかけた。

「父が日本人だからね」

今度は完全に振り返ったゲッカ様は、後ろ歩きで進みながら答える。

「あ、それで。じゃあ、ずっと日本に?」

「そうよ。顔をよく見てくれたら、ちゃんと和風って感じると思うわよ。姉妹の中では父に似ているほうなの」

そう言って、顔を突き出す様にした。

こんな綺麗な顔をまじまじ見られる事なんて、この先ないかもしれない。

そんな事を思いながら顔を見ていたからか、どの辺が和風なのか分からないまま、ゲッカ様の体は前に戻ってしまった。

残念、そう思ってゲッカ様の全身に目をやった時だった。

「ここよ」

後ろに回された片手で、止まれと指示がある。

すぐ先には三叉路だ。


俺の嫌いな三叉路。


何故と問われると困るが、嫌いな場所だった。

「噂の心霊スポットはここの角よ」

ゲッカ様はそう言って、手前の角を指差す。

黒いモヤが見えた。

「そうだ」

そうだった。このモヤが怖くて、俺はこの三叉路が嫌いだったんだ。

長物を持った凶暴な人を連想させるモヤ。はっきり人に見えるわけではないが、近づくと殴られるような、そんな気がして怖かった。

「噂になってるんですか?」

言いながら我知らず眉を顰めていると、会長が声をかけてくる。

「あそこにタッチして戻って来れたら1万円」

「嫌です」

思わず即答してしまった。

「ふうん。どうして?」

ゲッカ様からの質問だが、殴られそうで怖いなんて、恥ずかしくて言えない。

「会長はいけるんですか?」

「1万円くれるなら」

「やめて、勝負にならないわ。何も見えていないなら、怖いわけないじゃない。だからといって、何も起こらない保証なんてできないもの」

俺は同意して頷いた。

「2人は怖いのか?」

会長は不思議そうな目を俺とゲッカ様、交互に3往復した。

俺はゲッカ様も怖いのだと分かって、幾分か口に出す勇気を得た。

「何か長い物を持った、凶暴な人が立っているような気がして、出来れば近づきたくない。ずっとここを避けていたから、今まで忘れていました。人かどうかも分からないほど曖昧だけど、黒いモヤがそこに立ってる」

「私も同じ意見よ。まだ人のようには見えるけど、少し古いわね。自然消滅しないタイプなら怨霊の可能性もあるし、近づくのは危ないわ」

ゲッカ様には人に見えるらしい。俺よりはっきり見えているのだろう。

「2人が同じものを見ているって事は、ここには本物の霊がいるんだな」

1人だけ興奮している会長。

「やっぱり、見えませんか?」

「おう。まったく見えんわ!」

「でもまだ信じてるんですね」

「当たり前だろ?お前が見えて、ゲッカ様も見えているなら、そりゃ本物だろうよ」

何か根拠があって信じているのか、何も考えずに信じているのかは不明だが、否定されないってだけで心が軽くなる。

「ここのは動けないようだし、とりあえず放っておきましょう。それよりも、あなたの家に戻らないと。お母さんの話、聞いたわ」

会長を一瞬見たゲッカ様は、俺に顔を向けて続ける。

「あなたのお母さんは、私の予想が正しければ、怨霊に取り憑かれている可能性があるの」

「怨霊……」

考えなかった訳でもないが、取り憑かれているとして、何ができるというのだろう。それに、今の母には何も乗っていない。

「お祓いは何度か行ってますし、今の母には前みたいに異様なモノは付いていませんよ」

「変ね。じゃあ、あの気配は……」

ゲッカ様はそう呟くと、拳で唇を隠して考え込む。ややして俺の方を見た。

「嫌かもしれないけど、お母様と会わせてくれる?私は祓うほど力が強くはないけど、家業がそっち系だから、知識だけはあるのよね」

「家業?」

俺は少し首を捻ってゲッカ様を見た。

「本家の方はね。歴史も長くて、由緒正しい心霊系の家なの。ま、私は私生児みたいなモノだから、そこまで息苦しく生きてないけど、それなりに詳しいわよ」

実家が教会とかその類なのだろうか。

「ま、分かんないわよね。簡単に言うと、ずっと心霊現象を生業にしてきた、千年以上続く家の当主が私の父なの。だから、家族みんな見える人だし、様々な事象を見てきた。ダメもとだと思って会わせて。とっても嫌な予感がするのよ」

嫌な予感、その言葉で心が決まった。

「わかりました。今、母は家にいると思います」

「そうね。あなたの家には何かがいるわ」

何か、とゲッカ様は表現する。

俺は不安をかき消す様に足を家に向けた。






「は、速い。お前ら、速すぎ」

会長はぜーぜー言いながら、やっとの事で着いてきたようだった。

俺は焦りからかだが、ゲッカ様は足が長いからか、そんな俺に遅れず着いてきている。おかげで行きよりもずっと短い時間で戻ってきた。

家の玄関前でノブを握ったまま、俺はゲッカ様を振り返る。

「いつも、この瞬間、嫌な感じがするんです」

そう言うと、ゲッカ様は頷いてから口を開く。

「怨霊は生きた人間に取り憑くモノだけど、その心に影響を与える事ができるの。その扉が1枚あるだけで、物理的な被害は防げるでしょう?心はそれを知っているのよ」

「心が?」

「感覚と言っても良いわ。人は近い未来を予測しながら行動するでしょう?このまま進むとぶつかるなとか、止まらなければ危ないだとか。その選択肢に、尋常ならざるモノが入ってくるの。警戒して当然よ。それが人の本能なんだもの」

ゲッカ様はそう言うと、背後を振り返り、肩で息をしている会長に声をかけた。

「ねぇ、会長なら怖くないわよね?」

「え?もちろん!」

細かい呼吸を繰り返しながらも、会長は嬉しそうに俺の横にきた。

「それでは失礼して」

俺からドアノブを奪うようにして握った会長は、なんの躊躇いもなくそれを開いた。

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