■八時三〇分
登場人物:キリ、ティユイ、ユミリ、ミキナ
由衣は自分の教室に向かっていた。いつも階段で上らないといけないのはそれなりにきつい。そんなことを由衣が考えていると階段から一人のコートを着た女学生が走りながら下りてくる。
「美希奈ちゃん、おはようございます」
切羽詰まった表情の女学生に由衣は丁寧にお辞儀をして挨拶をする。美希奈と呼ばれた女学生は由衣の正面で立ち止まる。
全速力で走っていたようにあったが、まるで息が切れていない。ツインテールの髪を振り乱して、メガネは少しずれかかっている。
「由衣、のんきに挨拶してる場合じゃないから」
美希奈は由衣に鬼気迫る表情を見せる。
「どうかしたんですか?」
「いま市内に緊急事態宣言が発令されたの。学校は休校よ」
そんなことを言われても由衣は首を傾げるだけだ。状況が呑みこめていないらしい。
「とりあえず。学校を出よ。外に救助が来ているわ」
美希奈は由衣の右手を半ば強引に掴んで下駄箱のほうへ向かう。
「桐君はどうなるんですか?」
「式条君は既に救助が向かっているわ。いまは自分の安全を考えて」
美希奈は振り返る仕草も見せずに言い放つ。それに違和感があった。彼女は誰が桐を救助に向かったのか言っていない。ただ、彼女が急いでいる。いや、この場合は焦っているというほうが正確かもしれない。
「美希奈ちゃん、大丈夫なんですか?」
「いまならまだ間に合うから」
由衣は美希奈からどんな返答を期待したのだろうか。ただ由衣は眉根を寄せていた。
「誰が俺の救助に向かっているんだって?」
正門の方で桐が待ち構えていた。しかし、美希奈に対して険しい表情を浮かべている。あまり友好的とは言えない雰囲気だ。
桐の足元には手足が縛られて口元をテープで塞がれている女の子がもぞもぞ動いている。
「……そう。捕まったのね」と美希奈は嘆息をつく。
「やるね、シキジョウ君」
「おかげさまで。本人が自分で隙を作ってくれたからな」
足元の少女が顔を真っ赤にさせて桐に「んー! んー!」と抗議をしている。見るからに気の強そうな少女だ。
「……ところでなかなかの絵面だけど、自覚はある?」
「好きでこうなったわけじゃない」
足元に縛られた少女を転がしている桐を見て、美希奈は若干引き気味である。
「こちらの要求はわかっているんだろ」
「私にも立場があって譲れるようなものではないの」
「お互い様ってわけだ。俺としても実力行使はしたくない」
「でも、そういうわけにはいかないでしょ」
桐と美希奈は互いに納得しているような口調で話し合っているのに由衣だけがおいてけぼりの気分になる。
「一体、何が起こってるんです……?」
――◇◇◇――
「ユミリ、キリの支援にまわってもらえるか? ティユイはキリが見つけた」
ルディが最後のゴーレムを撃ち抜くと、ベイトを睨みながらゆっくり後ろに退がる。
もう間もなく廊下を抜けて裏門に近づきつつあった。
「ルディはどうするん?」
「蒼天龍がくるまで時間を稼ぐさ。キリのリーバを正門に呼び寄せておけ」
ルディはユミリに正門へ向かうよう手でサインをするのにユミリは「了解」というサインを出して走りだす。
あとはベイトをルディが引きつけるだけだ。そこはもう彼の領分である。
「このための訓練だったんだ……」
ユミリはここ一年でみっちり体力をつけることになった経緯を思い返す。おかげさまで正門のほうへ向かうまでに息が切れることもない。
(ああ、そういうことか)
ユミリの進行方向というのが美希奈の背後をつく形になるのだ。つまり挟撃ができる。ルディはそれを指示したということだ。
銃弾の威力を殺傷しないレベルにまで落とす。美希奈はキリの方に注意が向いている。ユミリは銃口をミキナの背中に向けてトリガーを引いた。
美希奈は背中を仰け反らせて、「くはっ」と呻いてうつ伏せに倒れる。
「ごめんな、ミキナ」
そう言いながらもユミリはミキナに銃口を向けたまま近づく。
「……謝るくらいなら撃たないでよね」
ミキナはかろうじて意識を保っているようで苦しそうながらも声をあげる。
「だから謝っとるんやろ。さあ、由衣」
状況が飲みこめずに立ちすくんでいる由衣にユミリは手を差しだす。
「友美里先輩?」
「状況が飲みこめへんやろうけど、いまは私らを信じてついてきてほしいんよ」
そう言いながらユミリは「あんたのせいやからね」とばかりに倒れているミキナに視線を落とす。
「……私のせいになるんだ」
ミキナは息も絶え絶えで体をくの字に曲げながらも何とか立ちあがろうとする。
「当然やろ。状況説明ができへんのやから、理解できんまま由衣を連れださんとあかんのやで。どんな影響が出るかわからないんよ。反省すること!」
ユミリは右手人差し指を立てながら、ミキナを叱った。
「あの、これって……」
由衣が状況に置いて行かれているのは間違いない。おろおろして挙動も不審である。
「由衣は私たちと来てもらうから」
ユミリは由衣の手を握って強引に引っ張る。
「リーバを手配してくれたんだな」
キリの後ろを三角錐型の飛行機体が降り立つと下部はっちが開いて機械のアームが下りて先端の方から五本の指のように広がる。
「私と由衣も乗るからね」
「三人乗りっていけるのか?」
「仕様上は問題ないってルディが言ってたよ」
「あ、そ……」とキリは小さくため息をつく。
「両手に花やね」
キリはアームに背中を預けると三本の指がシートとなってお尻の部分にフィットする。
「馬鹿なことを言ってないで二人とも俺に掴まってくれ」
ユミリはキリの左腕を掴むとアームの一本がユミリの足元に伸びて、それに足を乗せた。由衣は混乱しながらも反対側でユミリの行動に倣う。
「ケイカ……だったな。重要参考人だと思うけど、放置でいいんだな?」
「さすがに定員オーバーでしょ」
「……それもそうだ」
アームがコックピットのほうへのぼっていく。由衣は緊張した面持ちでキリを見つめてくる。それに対してキリも由衣の目を見ながら伝えた。
「由衣、俺たちは――世界は君に嘘をついていた。俺たちはそれを君に伝えるために遣わされたエージェントなんだ」
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