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■春の姫巫女

「お疲れ様。いい戦いだったよ」

 キリがユミリのほうへ向かったの確認してルディはコックピットを降りる。するとセナが待機していて湯気が立ちのぼるカップを差しだしてくる。


「すまない」

 カップを受け取ると、二人は気にする様子もなく地面に腰かける。


「……負ける気はなかった」

 ルディは憮然とした表情だ。如何にも悔しそうだった。

「見てたらわかるよ。これは再戦を挑まないとね」


「次は負けん」

 その表情はどことなく自身の兄であるアズミと被るような気がした。きっと彼もキリに負けたあとはこんな表情をしていたのだろう。


 それからしばらくしてルディは虚空を見つめてつぶやく。

「結局、俺はあの姉妹に何もしてやれなかった」


 ――そんなことはない。と声をかけるのは簡単だろう。でも、ひょっとしたらキリに希望を託したとも考えられる発言かもしれないと思うと口を噤むのだった。


   ――◇◇◇――


 ――二〇五九年の桜が満開になる頃であった。

 四〇代に差しかかったであろう男はふと陽射しが降り注ぐ桜吹雪が舞う空を仰ぐ。


 関西の某大学のキャンパスは人通りも穏やかなもので大きな混乱はない。

「神代先生、おはようございます」

 

 振り返るとそこには教え子のユミリがいた。

「カザハネくん、おはよう」


「世間は大変なことになっているようですよ」

「ええ、知っています」



 世の中が大きく変貌した瞬間がある。

 ある日、某国大統領の朝食の献立、誰が作ったのか、食事した場所に至るまでの詳細な情報が公開された。


 それからしばらくして世界中で保有されている軍事についての詳細が公開される。

 世界から秘密が消失したのだ。


 これは新人類が彗星より送られてくるメッセージを解析した結果に作られたものだ。人間の意識をリンクさせるというシステムは新人類しか利用できないものであったが、旧人類はそこから流れる情報の取得は可能となった。


 旧人類は新人類の見ていた世界を垣間見て戦慄をしたところだった。近年、温暖化が進むに従って人類の知能も比例する形で下がっているのではないかという推測もあげられている。


 旧人類のとりわけエリート階層たちは危機感を募らせていた。


 新人類の祖と呼ばれている神代蓮は表向きで大学の教授という肩書きであるが、その重要度から実質は保護観察が適用されている。彼の周囲には常に警備網が張り巡らされていた。


「これから人類は時間の認識さえ大きく変わるでしょうね。これから時代は大きく動きます」


 彗星の地球衝突まで半世紀あまりになっていた。『地球脱出計画』の言葉がいよいよ動きはじめた時期である。


 ユミリは服の裾が引っ張られることに気がつく。振り返るとそこには顔を包帯で覆い左目に黒い眼帯をした男の子がいた。


「……迎えに来たよユミリ」

 その声に不思議と心当たりがあった。男の子は服の裾を離すとくるりと翻って歩きはじめる。


「待って!」

 ユミリは少年のあとを追いかける。


 行き先はわからない。キャンパスを出て坂を下る。それでも少年の足に着いていくだけで精一杯だった。


 息を切らせながら電車のホームにたどり着く。電車が到着すると少年は軽い足取りで乗りこむ。

 電車が間もなく発車しそうになる。その前にユミリも乗りこんだ。


 すると同時に過去の記憶が再生される――。


 それはかつての自分と姉のスズカだ。

「ユミリはルディのことが好きなんじゃないの?」

「え? ……どうだろ」


 思わず答えをはぐらかしてしまう。自分はわかりやすいんだろう。それでもルディと姉の仲睦まじい姿を見ていると距離をとろうとしてしまう。


 姉を失ったいまでも問いかけるのだ。『あれでよかったのだろうか?』と。

 気がつけば電車はゆっくりと走りだす。

 

「お姉ちゃんの無念は私じゃ晴らせへん……」

 もうルディへの情慕はかつてのものとなった。しかもルディと想いを遂げたのは別の女性である。


「君がいつか子供ができたときに聞いてみるといい。きっと答えてくれるよ」

 ――だから目覚めないと。


   ――◇◇◇――


 目を開けるとやけに殺風景な室内の中だった。視界には顔を包帯でぐるぐる巻にした人の姿が入ってくる。


「気分はどうだ?」

 間違えようもない声の主はキリだった。


「ようわからん」

 しかしある違和感に気がつく。両腕が一向に動かないのだ。


「無理に動かさないほうがいい」

 キリがゆっくり起きあがらせる。それでようやく気がついたのは黒く染まった自身の両腕だった。


「黒い炎は君から両腕を奪った」

 夢のような時間から醒めた現実は動かなくなった両腕はそれに留まらず、黒い炎は確実に体を蝕んできているというものであった。


「……すごい不便なんやけど」

 腕が本当に一切動かない。起き上がれないのはこれが原因か。


「だろうな」

「キリはまた行くんよね」

 キリは頷く。


「天玉照を目覚めさせないと」

 それこそが黒い炎の呪いを解く希望だと聞かされている。

 旅路はまだ続くのだ。


   ――◇◇◇――


「よくぞ決断した」

 ガレイの声音には威厳を装いつつも浮ついた感じが混じっていた。


「おそらくキリ皇子――」

 皇子という言葉にガレイは明らかな不快感を示すので、ダイトはすぐに訂正する。


「キリは黒い炎に耐えました。おそらく八岐災禍に搭乗できる者とは黒い炎を身に宿しても生きていることが条件なのでしょう」


「八岐災禍はソウジ家の至宝である。皇族まがいの小僧にはもったいないほどのな」

 もはや彼が皇族の血統であることに疑いはないというのに。現実を直視できないのだろうか。自分の表情が凍てついていく感覚が襲う。


「ダイト、八岐災禍で天玉照を討て。あれは我らには不要なものだ」

「御意」


   ――◇◇◇――


 五〇〇以上前――。レイアはセイオーム国の人機パイロットの指南役を務めていたときのことだ。


 彼女が皇族たちが観覧している中で模擬戦を制した。

「さすがレイア様だ」


 そんな賞賛は五〇〇年の間によく聞かされていたことである。そんな中で一人の少年が近づいてくる。


「素晴らしい戦いぶりでした。どんな方が乗っていたのかと思って来てしまいました」

 一〇歳くらいの少年が話しかけてくる。


「失礼ですが、あなたは?」

 レイアは初対面の少年に訊ねた。


「僕はコウカと申します」

 ――コウカ? 聞いた名前だったがすぐには思い出せない。


「このような美しい女性がかように勇敢な戦いぶりをなさるとは夢にも思いませんでした。あなたは不老不死であられるとお聞きしています」


「ええ、そうですよ。皇子殿下」

 そうだった。彼は皇族の席から観覧していた。次期、海皇である。まさか声をかけられるとは思いもしなかったのだ。


「僕はあなたを見た瞬間に感じました。レイア様、僕の妃になってください」

 これにはレイアならず周辺も驚いたという。


 そして、このときは誰もが思った。子供の戯言だろうと。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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