■シキジョウ家
「お母様!」
キリは素直に驚いた。母だと思っていたカスミはそう呼びながらレイアに抱きついたからだ。
(本当だったんだな)
自分が母だと思っていたカスミは妹だというのだ。信じられないかもしれないが、ヤシロの例を考えればおかしな話ではない。
対してレイアはどこかむず痒そうというか、どう反応すればいいか困っているようであった。
「俺のことを教えてもらえると、父さん」
キリは育ての父であるカゼトに向き直る。するとカゼトは「そんな難しい話ではない。ただ事情が複雑だった」と前置きをして話しはじめる。
「ソウジ・ガレイの統治はかれこれ一〇〇年以上続いている中で男系の正統性を証明するキリの存在が明らかになるのは危険だと判断した。実際、その時の海皇陛下からは女児しか生まれなかった」
ソウジ家は皇家の簒奪を家訓としていた。そのために表向きは経済政策において民衆の支持を得られるような政策をしつつ、皇族の存続を締めあげるような政策を長い期間をかけて行ってきた。
「ソウジ家は皇系を潰すことについては極めて慎重だった。しかしガレイが家長になってから明らかに節目が変わった。なんせ野心を隠さなくなったからな」
皇位継承権は直系でしか継げないとして、養子縁組を禁止して宮家を遠ざけたのはソウジ・ガレイの時期である。
ただ、ある時期からガレイの周囲から親族限らず多くの人間が消えた。おそらく八岐災禍を使って暗殺をしていたのだろう。
「犠牲は大きかった……」
思えばキリとティユイの出会いは巡り合わせだったのだろう。そして直系であるキリには現行の法の中でも生きている。皇系はまだ取り戻せるのだ。
――◇◇◇――
ミキナは格納庫内で佇んでいる八岐災禍を見あげる。その混沌した外装甲は何とも禍々しい。
「あまり近づかない方がいい。存在そのものが禁忌のような機体だ」
「お兄様」
ミキナが振り返るとそこにいたのはダイトであった。
「どうした? このような場所にくるのは身内とはいえ感心しないな」
「八岐災禍を見ていると私もいっそ取りこまれるほうが楽かと思いました」
「八岐災禍がもたらすのは静かなる死ではない。存在するかぎり苦痛を強制するというおぞましいものだ。あれはソウジ家の罪の象徴なのだ」
楽になどはならないとダイトは説く。楽になりたいのであれば別の方法などいくらでもあると。
「死とは本来なら次代へと繋いだ者たちへの祝福でなければならない。だが、これは違う。生きた状態で苦痛を与えつつ装甲へ取りこみ、そのまま絶えず苦痛を与え続ける。その怨嗟こそが八岐災禍の力の根源だ」
「聞くだけで身の毛がよだちますね」
ダイトは一呼吸置いて、さらに説明を続ける。
「八岐災禍に備わっているのは呪廻。怨嗟による呪いの力を装甲に纏わせることで触れる者に呪いを振りまくというものだ」
「どうしてこのようなものを作ってしまったのですか?」
「ソウジ家の切り札だ。世界が敵にまわることを想定していた。そして、実際にそうなった」
「お父様はこの機体にどんな人を捧げたのですか?」
ダイトは青白い顔色をこちらに向けてくる。まるで生気が感じられない。
「ソウジ家一族は死なずにこの機体に捧げられ続けた。お前の母もそこにいる。私の妻も子もな。そして彼らはいまも苦痛に呻き怨嗟を吐いている」
「では、ある時期に急にいなくなったのは……」
「そうだ。父上はお前にはそれを言わなかった。いずれお前も捧げるつもりだったからな」
次に顔面を蒼白にしたのはミキナであった。
「そんな……」
「父上は不老不死の体になってもはや身内に対しての感慨はない。子供や親族たちはもはや八岐災禍の供物程度にしか考えておらん。だから近づくな。お前は自分の役目を果たせ。そのうえで考えるのだ」
「兄上は?」
――どうなのかとミキナは問いかける。
「私は父上のためにすべてを捧げた。子供や妻は他ならぬ俺が八岐災禍に捧げたのだ。この業は私自身が背負ってみせる。でなければな」
ここまでの覚悟を示すためにやったことに迷いを生じさせては自分がまともでいられないとダイトは言うのだ。
「当時の私はティユイ皇女の世話役として、お父様に汚された彼女をいつも世話をしていました。それが終わったと思えば友人のフリをして監視するように仰せつかりました。私の存在とは何なのでしょうか?」
「私にはお前とティユイ皇女の友情は偽りのようには思えなかった。お前はその友人の理不尽な人生とそれに対して何もできなかった自分に憤っているのではないか?」
「わかりません」とミキナは俯く。
「答えを急ぐな。生きていれば考える時間はいくらでもある。それでも不足すると感じるのであれば子をなし、託せばよい」
「お兄様……」
「私を兄と呼んでくれてありがとう。このように不出来な兄ではあるが、ミキナの幸福を心より祈っている。だから、自分を大事にな」
それだけを言い残してダイトはその場を去って行く。
「お辛いでしょうに……」
その彼の心中は如何ほどのものか。察するにはあまりあるものがあった。
――◇◇◇――
粉雪がしんしんと降っているのを窓から老婆が眺めている。
「すっかりお婆ちゃんになったわね」
老婆の前にレイアが座っている。
「こんなところにくるのはあなたくらいよ。もう子供だって訪ねてこないわ」
老婆はおかしげにころころ笑う。
「死を間近にするともうすぐ消えゆく回顧都市へ向かうのってどうしてなんだろうね?」
「もう知っているんでしょうね、自分は死んでるって」
「シャルナは生きてるじゃない。こうして話をしている」
「人間の言う死の定義なんてアテになりはしないわ。自分の子供が記憶を引き継いで務めを果たしているというなら尚更」
「シンクは子供に会ってないみたいよ」
「……それがいいと思ってるのよ、彼は。子供が生まれるまでは一緒にいてくれたんだけどね。やっぱり老けない自分が近くにいるのはよくないと思ったみたい」
――きっとわかってくれたと思うけど。とシャルナは言葉尻に付け足した。
「シンクは強制的に不老体に改造されたうえに地球側と戦うはめになったからね」
「でも、最後は私たちと一緒に戦ってくれたわ。紆余曲折はあったけど、私のところに帰ってきてくれた」
シャルナは勝ち誇ったような表情だ。
「……付き合いは私の方が長くなるんだからね」
「それなのに負け惜しみのように聞こえるのはどうしてかしら?」
「あなたって最後まで嫌な奴よね」
「人間、年齢を重ねても案外と変わらないものよ」
「それはそう思うわ」
「シンクのこと、お願いね。知ってるとは思うけど、なかなか不器用だから。長い付き合いになるだろうから、尚更ね」
「……うん」
「泣かないで。いつでも会えるでしょ。私たちはいつまでも一番の友達なのだから」
そう言うとシャルナは光の粒子になって消えてしまう。その舞い散る粒子を抱きとめようとレイアする。
「シャルナ……」
その名を呼びながらレイアは涙をほろりと流した。
あれから地球に落ちたヴラシオはすべてを包みこみクエタの海がどこまでも広がる世界に変質した。
あれから宇宙移民者たちがどうなったのかは依然わからない。わからないことだらけだが、クエタの海の中で人類はたしかに生きていた。
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