■冬の姫巫女
「立派な戦いぶりでした」
「チオル、アツマを連れてきていたのか」
アズミが機体を下りると同世代くらいの女性が赤ん坊を抱いて待っていた。
「お父様の雄志を見せてあげたくて」
――負けたのは残念だったけど。
「私の生涯で唯一の敗北となるだろう」
強がりだろうかとチオルはくすりと笑ってしまう。アズミは困惑した表情になり顔を背ける。
「これでも相手を褒めているつもりだがな。しかしこれで彼にリルハを託せる」
アズミはキリが向かった先の寺院に目を配らせる。
「リルハさんのいい人かぁ。一度会ってみたいわね」
「会えるさ。間もなくな」
――◇◇◇――
二〇二七年一二月に入ったばかりの時期。小学校の校門からとぼとぼした足取りでスーツ姿の女性が出て行く。
「美和さーん」
校門の前に自動車が停まると女性の名前を呼ぶ声。
「リルハちゃん、迎えに来てくれたのね」
「うん。叔父さんに頼まれたの」
美和は「ありがとう」と感謝を述べて助手席に乗る。
「どこか寄る?」
「免許取り立てなんだから無理はダメよ。でも、そうね……。買い物はして帰ろうかしら」
「はーい」
リルハがアクセルをゆっくり踏むと車は発進する。
「蓮くんのことだよね?」
「そうよ。小学四年生になるのに文字の読み書きが相変わらず厳しいって」
これが両親にとって悩みの種となっていた。
「一緒に生活している分には気になったことないけどなぁ」
美和の息子はそのおかげで学業に大きな支障を来していた。その一方で病院などにも行っても一向に解決の方策は見つかっていないのが現状であった。
美和は地球に向かってきているという彗星から送ってきているメッセージの解読を生業にしていたが、そちらも行き詰まっている状態だ。
これ以上、蓮の話をしていても仕方がないと美和は話題を変えることにした。
「リルハちゃんは大学はどうなの?」
「楽しいよ。学びたいことをやっている感じで」
大学へ通うのにリルハは神代親子の家に下宿していた。かれこれ一年近くになるだろうか。
「いいことね」
スーパーで買い物を終えた二人は自宅へ到着して玄関に入ると妙な雰囲気に包まれていることに気がつく。
沈黙は風船のようで声は針となる。少しでも声を発すれば破裂しそうだった。
「蓮、いるの?」
リビングには熱心に一枚の紙を見つめている蓮の姿があった。
「蓮くん、どうしたの?」
リルハは連に声を掛けつつ紙のほうに目を落とす。そこには幾何学模様のようなイラストが載っていた。
たしかこれは美和が現在解読を試みている彗星から送られてきたメッセージを文字化したものだった。
解読に行き詰まった美和はつい文字を蓮に見せたのだ。
「お母さん、僕わかるよ。これになんて書いてあるのか。……わかるよ」
蓮は戸惑っているようでどこか嬉しそうな表情を浮かべる。
この後、彗星から送られてきたメッセージは立体的な文字であることがわかる。これにより解読は一気に進むのだ。
――◇◇◇――
どこか知っている時代だった。あの電車……。この雑踏。左右を見渡しても見知った雰囲気。しかしまったく知らない街並みだ。
こんな変わった格好をしているのを誰も気にとめようともしない。
――夢の世界なんだ。
ショーウインドウに映る自分の姿見ると、全身包帯をして眼帯をしていた。
――こういうのはまんまなんだよな。
リルハのいる場所は何となくわかっている。
日付は西暦二〇二八年一二月を指していた。
バスに乗り継いでいくといつの間にか大学のキャンパスにたどり着く。
「うん。私は元気でやってるよ。それよりそっちの生活はどう?」
聞き覚えのある少女の声だ。
「――そうなんだ。蓮くんも元気そうなら何よりかな。うん。わかった。家は大事に使わせてもらいますので」
リルハが電話を切るとふと視線が絡みあう。
「……キリ?」
この当時でいう女子大生の姿でリルハはいた。
「これで俺だってわかるんだな」
キリは素直に感心していた。
「そんな格好はキリしかいないでしょ」
「リルハは何をしているんだ?」
「女子大生だよ。車も運転できるし今は一人暮らし満喫中」
お世話になっている家族が全員海外に行ってしまったのだという。次帰ってくるのはいつになるやらというような調子らしい。
「蓮くんはあれでよかったのかな?」
彗星からのメッセージを解読できる存在として、家族ともども海外で生活をすることになってしまった。リルハが大学を卒業すれば家も売り払うことも検討しているということらしい。
「わからない。……けど、彼が自分の生を実感した瞬間だったんじゃないかな」
彼は学校があまり好きでなかったと後の歴史で伝えられている。その後は世界中に蓮が解読した立体文字が広く公表されることとなる。
そうなると蓮と同じ人間が多数現れたという。ここから歴史は大きなうねりを産むことになる。
――◇◇◇――
「私はあれからどうなったの?」
「わからない。ずっと眠っているようだった。ここは心象世界のようなものかな?」
リルハは首を傾げている。自分もよくわかっていないようだ。
「回顧都市とかじゃないんだね」
キリは話をしながら思わず訊ねる。
「俺が受けた黒い炎の一部を請け負うなんて無茶だったんじゃないか?」
「……そうだね。でも、これは私の意志でやったこと。後悔してなんてないよ。私はキリにもう一度出会えて嬉しい。仮にどんな姿になっても、ね」
「俺も嬉しいよ。こうして生きていてくれて。本当によかった」
「目が醒めたら、また会おうね」
「ああ――」
――◇◇◇――
キリの肩が揺すられる。目の前にはリルハがいた。キリは目を擦りながらゆっくりと起きあがる。
しかし、そこには妙な違和感があった。リルハは困ったような表情を浮かべるだけでしゃべろうとしないからだ。
「……どうかしたのか?」
嫌な予感があった。ヤシロは黒い炎の呪いで目が見えなくなってしまった。リルハも某かの呪いを受けている可能性がある。
リルハが喉のあたりを指すとそこには黒い斑文があった。間違いない黒い炎の呪いだ。
「まさか声を失ったのか?」
キリは自分がどんな顔をしているのか容易に想像ができた。そんなキリにリルハは「気にしないで」と頭をそっと撫でるのであった。
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