■冬の国へ
粉雪がしんしんと降っているのを窓から老婆が眺めている。
「すっかりお婆ちゃんになったわね」
老婆の前にレイアが座っている。
「こんなところにくるのはあなたくらいよ。もう子供だって訪ねてこないわ」
老婆はおかしげにころころ笑う。
「死を間近にするともうすぐ消えゆく回顧都市へ向かうのってどうしてなんだろうね?」
「もう知っているんでしょうね、自分は死んでるって」
「シャルナは生きてるじゃない。こうして話をしている」
「人間の言う死の定義なんてアテになりはしないわ。自分の子供が記憶を引き継いで務めを果たしているというなら尚更」
「シンクは子供に会ってないみたいよ」
「……それがいいと思ってるのよ、彼は。子供が生まれるまでは一緒にいてくれたんだけどね。やっぱり老けない自分が近くにいるのはよくないと思ったみたい」
――きっとわかってくれたと思うけど。とシャルナは言葉尻に付け足した。
「シンクは強制的に不老体に改造されたうえに地球側と戦うはめになったからね」
「でも、最後は私たちと一緒に戦ってくれたわ。紆余曲折はあったけど、私のところに帰ってきてくれた」
シャルナは勝ち誇ったような表情だ。
「……付き合いは私の方が長くなるんだからね」
「それなのに負け惜しみのように聞こえるのはどうしてかしら?」
「あなたって最後まで嫌な奴よね」
「人間、年齢を重ねても案外と変わらないものよ」
「それはそう思うわ」
「シンクのこと、お願いね。知ってるとは思うけど、なかなか不器用だから。長い付き合いになるだろうから、尚更ね」
「……うん」
「泣かないで。いつでも会えるでしょ。私たちはいつまでも一番の友達なのだから」
そう言うとシャルナは光の粒子になって消えてしまう。その舞い散る粒子を抱きとめようとレイアする。
「シャルナ……」
その名を呼びながらレイアは涙をほろりと流した。
あれから地球に落ちたヴラシオはすべてを包みこみクエタの海がどこまでも広がる世界に変質した。
あれから宇宙移民者たちがどうなったのかは依然わからない。わからないことだらけだが、クエタの海の中で人類はたしかに生きていた。
――◇◇◇――
目の前は黒く蠢く炎に阻まれて何も見えない。炎は揺らめくたびに神経がチリチリとほとばしるような感覚に襲われる。
この炎はいつか全身をねぶるように焼き尽くすだろう。だが、その力は抑えられている。いまではない。
「いま出港したぜ」
隣にいるであろうハクトから声がかけられる。
「そのようだね」
「よかったのか? 一緒に行かなくてよ」
その問いにヤシロの口の端は自然と緩む。
「いいんだよ。僕には別の役目がある」
これからナーツァリ国へ向かうことが決まっている。キリと再会するのは先の話しになるだろう。
「それに君が守ってくれるんだよね?」
するとハクトは目を見開いた状態で一瞬固まるも、すぐ向き直って答える。
「当然だぜ」
――◇◇◇――
「鱗はもうないんですか?」
「ああ、キリが前回使ったものが全部だ」
天神の人機格納庫内にてキリとシンクは話をしていた。
「そこでクナイのほうに鱗の機能をつけることにした」
そのクナイはケイカがハルキアでの戦闘で使っていたものだった。
「改造したんですか?」
「そうだ。これで白雫虎と戦った時のようなスタイルで戦闘ができるはずだ」
――このクナイの銘が決まっていないがどうする? と訊ねられる。キリは少し考えてからこう答える。
「“渓”と名付けます」
――◇◇◇――
嶺玄武の肩から投げ槍が一本射出されるのを欠月は前方へ向けて宙返りしてかわす。
「いい動きをするようになったな」
アズミは心なしか声音が嬉しそうだ。素直に褒めているのだろう。
位置取りとしては欠月が嶺玄武の頭上をとった形だ。そこにもう一本の投げ槍が撃ちこまれるも体を捻ってかわしつつマントを大きく広げる。こうやって姿を隠して位置取りを変える。
翻ったマントの隙間から嶺玄武の姿が見えるとクナイを嶺玄武の足下に投げつける。さらに左手に持っていた光振刀を宙に放って、すぐさまに弓矢を構えて撃たれる。
矢は盾に一発……二発と等間隔をもって弾かれる。さらにもう一度、盾を叩きつける音。
アズミが盾の隙間から覗けば足下には先ほど叩きつけられたであろう弓。
上空を仰ぎ見ればそこには斬りかかってくる欠月の姿。その無防備な姿に違和感を覚えつつも槍で突きあげる。
しかし手応えがない。それもそのはず。突き刺したのはマントであったからだ。
「残像か……!」
また上空に目を向けるとそこにはまだ欠月の姿があった。欠月が右腕を引き上げると嶺玄武の足下に刺さっていたクナイが揺れる。すると足場が崩れて右脚が沈みこむ。
欠月が着地して地面を蹴って迫ってくる。その速度で迫られては槍を返す時間はない。しかも地面に沈みこんだ右脚は抜けず踏みこむことはできない。
槍の柄を掴みながら懐へ入ってきて、欠月が少し前に放った光振刀が下りてきて嶺玄武の喉に突きつけられる。
「私の負けだ――」
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