■そこに眠るモノ
セイオーム国領ケイトの御所の一間にて。
ガレイは上の玉座に座っている。その下座にはダイトとミキナがいた。
ガレイは肘置きをしきりに人差し指でとんとんと叩いている。
「状況はどうなっている?」
ガレイはようやく言葉を絞り出す。
「オーハンの議場を閉鎖してケイトへ移したことに対して国民の支持が得られていません。また五カ国会議での事件について閣下の説明を求める声が多くあります」
その言葉に反応したガレイは鼻で笑う。
「愚かな。私の言葉こそが真実だ。出された情報に付和雷同して踊らされる。民衆とは愚かなものだ」
「ですが、先の事件は“ガレイの虐殺”という呼び名が定着しつつあります」
淡々と話すダイトをガレイは睨む。
「まったくもって不名誉である。一〇〇〇年の歴史に至るソウジ家を愚弄するものだ」
ソウジ家ではなくあくまでガレイ個人を指して呼ばれている理由までは考えに至っていないようだとダイトは気分が暗くなるのを感じていた。
「では弁明を?」
「……必要ない。メイナ皇女の保護を優先せよ」
ダイトは『この期に及んで……』と思う。しかしそれは表情に出さずに短く「はい」と返答して、その場をあとにするのだった。
――◇◇◇――
「ヤシロ、その目は……」
キリは目が醒めると上半身だけ起こしたヤシロの姿があった。
「君が受けた八岐災禍の呪いを他の姫巫女にも分けた結果だよ。僕は呪いを目に請け負った。呪いは進行すればやがて君だけでなく僕たちもろとも焼き尽くすだろう」
ヤシロの両目のあたりには肌の焦げたような跡が痣となっていた。
「……俺を生かすために?」
ヤシロは頷く。
「君と出会うために五〇〇年待ったんだ。当然だよ」
二人はゆっくりと立ちあがる。
「君と一緒に同じ景色を見れて嬉しかったよ」
――ご覧。とヤシロが顔を向けた先には鳥居とその先にしめ縄を巻かれた岩のようなものが鎮座していた。
「これは天玉照の頭部分につけるパーツだよ」
「岩にしか見えないぞ」
「然るべきときに姿を現すよ。姫巫女の役目はこのパーツに祈りを捧げること」
――それが姫巫女と海皇を繋ぐ絆となる。
「キリ――」
ヤシロの手が頬に触れる。
「どうした?」
キリが訊ねるとヤシロは口許の端をあげて満面に笑みを演出する。
「大好き」
――◇◇◇――
軍港内基地の一室。そこにはキリ、それにレイア、シンク、ソラとヤシロの姿があった。
「体の調子はどうかな?」
「眼帯のおかげで疼きはかなり抑えられたかと」
――それはよかったとソラは笑顔を浮かべる。
「どうして河童社の代表がこちらに?」
キリはシンクに顔を向ける。河童社の代表とはソラを指している。キリですら知っている有名人である。
「欠月の調整で呼ばれたんだ。必要なかったようだけどね」
月輝読は自力で欠月へと調整を行ったためだろう。一方でさすがに急場しのぎというのもあり、本格的な調整を行っているが。
「キリに伝える事があって、ここに来てもらったの」
レイアが話に入ってきて視線を向けさせる。
「一つはあなたがこれからやることについてよ」
提示されたのは四つの国を巡り四人の王女の眠りを覚まして、天玉照のパーツに触れることであった。
「それらを集合させて一つにすることで天玉照は完全となる」
レイアは両手をポンと叩いて合掌させる。
「それが俺やヤシロたちを救うことになるのか?」
「“できる!”って言ってあげたいけど、残念ながら保証はできない。ただの希望に近い可能性だから」
キリの問いにレイアは肩をすくめるしかなかった。
「それともう一つあるわ」
レイアは神妙な面持ちになってキリと向き直る。
「私たち長寿の者はあなたが即位後にこの世界を去るわ」
――◇◇◇――
これは千年前のとある会話である。
「ケネスの帰還が確認されていないそうよ」
休憩所を兼ねた待機所でパイロットスーツを着たレイアとシンクが机越しに向かい合って座っている。
「……先ほど戦死扱いになったよ」
シンクは目をつむった。戦場から帰還したばかりというのもあり疲労感はお互い隠せない。ましてや仲間の戦死を聞かされれば尚更だろう。
「不老不死でも死ぬのよね……」
レイアはため息をつく。不老不死の体になったからといって銃で撃たれたところが再生するわけではない。ただ永久に生きられるというだけだ。
「不老不死の実験体を戦場の最前線に送りこむんだからな。宇宙軍は無茶苦茶だよ」
「自分たちがエリートだっていう選民思想も民族の象徴たる王族が地球に残るって宣言したから逆に捨てられたような気になったのよね」
レイアは自分のお腹を撫でる。事故によって瀕死の重体に陥ったレイアは不老不死体に手術されることで生き延びることができた。
ただし夫とお腹の中にいたであろう子供は失うことになる。そして彼女はもう子供を産めない体になっていた。
「宇宙移民者がいまじゃ地球居住者を拉致まがいに強制移住させているんだから世も末よ」
もうじきヴラシオと名付けられた隕石が地球に落下する。そうすれば地球の生命のほとんどが死滅するとされている。
だが、地球居住者はヴラシオが落下しても生命は滅びないという主張を繰り返していた。両者の意見は完全に対立している状態である。
「地球だとヴラシオは害のない隕石だって言われていたんだぜ」
「あなたって地球から強制的に連れてこられたのよね」
シンクの宇宙移民者に対して冷めた感じはここからきているのだろう。
「それで俺みたいな人間を兵士にして同胞と戦わせるなんて正気とは思えないよ。選民的な考えの人間の集団は他人の生命を軽んじる傾向になるって本当だったんだな」
「悪いけど、私はその選民的な側の人間よ」
「俺は全体の話をしたんだよ。個々人の考えはまた別さ。とはいっても、宇宙移民側の考えはあんまり好きじゃないんだろ」
「宇宙で生活しているとあらゆる資源が貴重になるでしょ。空気だって無償じゃなくなるんだもの。そうなるとエリートだって主張する人たちが資源を寡占的に管理するようになっていくんだもの。私の父も母も一般階級の労働者だったから」
「エリートにとっては自分たち以外は下層民だもんな」
間をとるということがないので、どうしても考えが極端になりがちなのだとシンクは指摘する。
「……宇宙は楽園ではなかったわ」
滅ばないにしても地獄に足を突っこんでいるような気がする。だが、彼らは主張を引っこめられないところまできていると思いこんでいる。
実際の所は引っこめて謝れば終わる話でしかないのだが。思いこみによって支配されるとはこういうことだという結論になる。
「レイアは休息期間に入るんだよな?」
「ええ、あなたは出撃でしょ」
「そうなるな。こうして話すのはこれで最後かもな」
「そのセリフ何回目よ?」
レイアにとってシンクとはそれなりの付き合いになりつつあった。だから、出会えなくなるということが想像つかないでいる。
だが、今回ばかりは本当のこととなる。シンクは戦場から帰ってこなかった。
ただし、彼は生存していた。
レイアは敵対する側としてシンクと再び邂逅することになるのであった。
それはまた別の機会に語られるべき物語である。
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