■眠る姫と繰者
黒い人影が月の明かりに照らされて、どこまでも伸びていく。
息づかいは荒く、立っているのもやっとのようだ。
「よう、死に損ない。目が醒めたようだな」
片手で肘をついて、こちらを見据えてくるのはハクトであった。
「……ヤシロに会わせてくれ。いるんだろ?」
キリは杖に寄りかかりながら立ち止まる。ハクトはまるで通せんぼをしているようであった。
「俺が命を懸けて守ると誓った女だ。いまのてめえに会わせる気にはなれねえな」
キリは左目を押さえる。目の奥のほうからチリチリと火花が散るような感覚に襲われたせいだった。
「押し通るならば俺と白雫虎を倒していくことだな」
夜光に暁されて白い像が世界と境界を揺らめかせながら白雫虎は姿を現す。
「……来い、月輝読・欠月」
キリの背後を伸びる影が建物に当たると、そこから黒い人影は大きくなっていき左右違う色の瞳がぼんやりと光る。
影はやがてその金色と黄色を混じらせた機体の姿を現す。それは影に潜んでいたわけでもなく、もともと彼の傍にいたのだろう。それを納得させるほどの存在感がそこにはあった。
コックピット内に入ると文字が浮かびあがり、頭に女性の声が反芻する。
『ようこそ。ずっと待っていました“我が御主人”』
キリの目の前には白雫虎が武器を構えている。
よくよく考えてみれば月輝読のコックピット内に座るのは初めてだ。しかしどう操るべきかは何となく理解できた。
――左目がうずく。
月輝読――欠月は刃こぼれした光振刀を手に掛ける。
「うっ」と左目を抑える。それでも疼きは止められない。
息が荒くなる。それから意識も徐々に遠のいていった。
――◇◇◇――
白雫虎が金柑を前面に掲げる。それと同時に欠月が刃を突きたてながら向かってくる。
ハクトから大きなため息が漏れた。
「面倒な任務を引き受けちまったな」
いまキリは正気を失っているといったところか。ならばハクトができることは一つだ。
「一発ぶん殴る」
振りおろされた刃を金柑で受け止めたあとにぐっと踏みこんで押し返すと、欠月は後ろへ退こうとする。
白雫虎はそれを許さず追撃をする。
(動きが単調だな)
押し切れなければ退く。これでは駆け引きもあったものではない。一方で欠月の速度に白雫虎は一歩届かない。
しかし金柑は鉄球として撃ちだすことができる。撃ちだされた鉄球は欠月の装甲を擦り、後方へ重心があったため転倒する。
白雫虎は短剣――山茶花を抜いて距離を詰めていく。一方の欠月は動きを見せようとしなかった。
――◇◇◇――
――目を覚まして、キリ。
(ティユイ……か?)
それにしては声が違うような気もする。
キリは瞼を開けようとするが、別の何かがそれを阻止しようとするように重い。
――心を静めて。周囲の音に耳を澄ませするんだ。そうすれば世界が君を呼び起こす。
ティユイはキリの全身を這い回る黒き炎を自らに移した。怨嗟はすべてを貪りティユイを死へと追いやった。おかげでキリは生きている。
(守れなかった……。何もできなかった)
その黒き炎はキリを通して欠月とそれに四人の姫巫女とも繋がっている。生命の危機は自分だけではない。
――目を覚ませ。
キリが瞼を開く。すると目の前に広がるのはどこまでも色彩が虚ろな世界。
焦点はやがて白い虚像に合っていく。
「……白雫虎」
さらに胸のあたりには黄色い点。
「目覚めたようだね」
それが黄色い小鳥であることに気がつく。
「……月光鳥?」
鳥なので表情の変化は見られない。ただ少年のような声が響くだけだ。
「僕の名はポリム。よろしく、キリ」
「凶兆の鳥じゃないか。ティユイはお前と出会ったから死んだんじゃないのか?」
「ひどいな。凶兆の象徴を置くことで撥ねのけていたとも考えられないかな?」
「そういうの。物は言い様だろ」
そう言いながらもキリは手のひらにマリモの感触を確かめている。
「月輝読――いまは欠月だったね。損傷は至って軽微だ。まだ十分に戦えるよ」
「擦っただけのようだしな」
「ティユイとの約束だ。君がどう思おうが勝手にアシストさせてもらうよ」
キリはため息をつく。どうぞ勝手にという意志表示のつもりだった。
「ヤシロに会いたければ彼を何とかすることだね」
「わかってる。……やってやるさ」
欠月をゆっくりと立ちあがらせる操作をすると、あたりの景色が上昇していく。
『へっ。どうした?』
ハクトから通信が入ってくる。心配されているというよりは挑発されているようであった。
「まだ勝敗は決しちゃいないってことさ」
『口だけじゃあな』
――行動で示してみせろ。とばかり白雫虎が金柑を投げつけてくる。
欠月は右肩に掛けられた外套で金柑を包みこむように広げる。
金柑が外套を鋭く射貫く。しかしそこに欠月の姿はなく、金柑は外套の虚を突くだけであった。
欠月は月光の下――三日月型に反って宙返りで躱していた。その姿勢のままで左手を振って何かを白雫虎の足下に投げつける。
三角形をして青白く煌めくそれは地面に突き刺さる。
さらに月光に照らされて欠月の左手に光の線が三本ほど地面へ伸びていき、地面はひび割れて盛り上がっていく。
『鱗か!』
足場が崩されるのを見てや欠月のほうに向かって跳びあがる。
欠月が左腰に収納されている刃の欠けた光振刀を手に取って迎え撃つ。
白雫虎が山茶花を振りかぶるのを受け止める一方で、もう一本の山茶花を抜いて一撃を放ってくる。
しかし山茶花の一撃は欠月の右手に握られているクナイで阻まれる。
『隠し武器とはな』
クナイの刃を返して受け止めた山茶花をはたき落とすとハクトの舌打ちが聞こえた。そこから光振刀に力をこめて白雫虎を押しだす。
欠月は追撃にクナイを投げつける。投げつけたクナイは白雫虎の右肩を擦って少し傷をつける。
『……やるようになったな』
白雫虎は地面に叩きつけられて砂煙が巻き起こる。欠月は光振刀を突きたてながら掻き分け進んでいく。
光振刀の刃先が白雫虎の喉元に突きたてられる。
それは勝負があったことを意味していた。
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