■欠月と八岐災禍
夜の帳が空を覆っており、警報が鳴り響いていた。
探照灯に照らされて人機の姿が垣間見える。それの装甲は漆黒が蠢きのたうちまわっている。
人機が向かう先は白い建物。一方でその建物の屋上には全身包帯で覆われた人影が一つ。
顔も目元まで包帯に覆われて誰だかもわからない。引きずるようにふらふらとおぼつかない足取りで立っているのもやっとのように思えた。
「キリ!」とレイアが包帯の人影に呼びかけた。しかし聞こえていないのか反応した様子はない。
「行ってはダメよ!」
レイアはキリの背中に抱きついて止めようとする。キリはそれを意にも介さず黒い影のほうへ向かっていた。
キリが顔をあげると目の部分だけ包帯がはらりと落ちる。彼が目を見開くと右目の瞳は太陽の如く眩い黄金、左目の瞳には炎の如く蠢く黒。
その瞳は虚ろで、映る姿は黒い人機のみのようだった。
まるで互いに惹かれるあっているようである。
まだキリと距離があるのにも関わらず黒い巨大な手が伸びる。だが、黒い人機は姿勢をそのままにして動きを止める。
黒い人機は睨むように振り返る。
そこにいたのはかつてまでボロボロだったはずの月輝読の姿。破損した装甲はかつてキリが搭乗していた石汎機のものを継ぎ接ぎで取りつけている。
大破した背面左の翼はそのまま。破損した左目にはバイザー。右腕は外套で覆われている。
一方の黒い影が探照灯に当てられて、その姿を現す。装甲を這う黒い炎は蠢き、紫色の瞳がギラリと光る。
それは月輝読に「邪魔をするな」と訴えているようである。
「八岐災禍……」とレイアは黒い影を眺めながら、その名を呟く。
それから睨みあいの後に八岐災禍は退く。
そして月輝読が片目でキリのことをじっと見つめていた。
――◇◇◇――
「八岐災禍、消失しました」
通信士の報告に司令室内に安堵が広がる。避難のできていない街中での戦闘がとりあえず回避されたからだ。
「カラーコード:レッドからイエローへ移行。引き続き、警戒は継続」
シンクは人知れず一息をついた。
「シンク副長、レイア艦長よりキリ隊員が目覚めたと報告がありました」
「……わかった」
――よかった。と喜んでやるべきかは迷うところだ。
「この状況、どう見ます?」
隣にいた黒髪の男――ソラが問いかけてくる。
「神代の終わりは近い。黄昏の前には永遠の命も尽きる」
「それには神殺しが必要です。ヒズルはそれを買って出ようとしている」
「そして永久がはじまる。人の世がはじまる……」
――◇◇◇――
キリは左目の疼きを感じて目を覚ます。
「……っ!」
体を起こそうとするもあちこちに痛みが奔ってのたうちまわりそうになる。
「あなた、生きているのも不思議なくらいなんだから安静にしたほうがいいわよ」
懐かしい声。キリが顔をあげるとそこにいたのはミキナであった。
「……どうやってここに?」
「如何様にでも。諜報ってね敵方に自分は敵だと疑われないことが大事になのよ」
だからこうやって伝手を作ることもできるとミキナは言った。
「あなた、自分に何が起こったのかわかってる?」
――いや。キリは首を横に振る。思い出そうとするが、記憶は奔流となって次々へと流れていく。おかげで混乱している。
「悪いけど、私から説明するわけにいかないの。今日はこれを渡しにきただけ」
ミキナから手渡されたのは黒い眼帯であった。
「とある人の置き土産よ。これで左目の疼きを抑えられる――かもしれない」
気休めということだろうか。うさんくさいなと思いつつキリは左目に眼帯を当てる。すると疼きは自然と治まっていく。
「効果ありのようね」
――よかったわ。そう言うとミキナは振り返り病室を去ろうとする。
「もう行くのか?」
「本来、ここにいていい人間じゃないから」
その表情は少し寂しそうだ。
「こういうときどう言えばいいかわからないけど……。ありがとう」
ミキナは唇を少し振るわせて何か言いたげである。しかしそれから顔を伏せて辛そうにしている。
「私はこんなことしかできないから……」
ミキナが病室を出て行くと入れ替わるようにレイアが入ってくる。
「久しぶりに出会った学友はどうだった?」
「……相変わらずだったよ」
この会話だけなら親子のものだと言えるかもしれない。
「レイア艦長、教えてほしい。五カ国会議でティユイはどうなったんだ?」
レイアは無表情になってから神妙そうに問いかけてくる。
「……本当に知りたいの?」
「ああ、教えてくれ。俺は知らないといけない。そんな気がするんだ」
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