■金色は舞いあがる
――未来――
野戦テントの中。ヤシロは寝台に寝そべっているキリに駆けよる。
「……よかった。生きている。本当によかった」
ヤシロは深い眠りについて目を醒まさないキリを抱きしめる。弱々しいが吐息は感じられた。
「そうだね、ティユイ。これ以上、犠牲を出してはいけない」
本当に会話をしているのかは誰にもわからなかった。
「でも、それには痛みが伴う。その痛みは僕が背負うよ。五〇〇年待ったんだ。耐えられるさ」
「ちょい待ち」
ユミリが入ってきて、その後にリルハとカリンが続く。
「話は大体理解しとる。その話、あんた一人より私ら四人で請け負うほうが生存率はあがるんやない?」
――違う? とヤシロに問いかける。
「しかしだね……」
ヤシロは苦々しい表情を浮かべている。おそらく相当に分の悪い賭けなのだろう。
「ヤシロはキリと精神を繋げて、その身に宿った黒い炎を分割して引き受けるつもりなんやろ。せやったら一人より二人、二人より四人やろ」
そこまで理解した上で三人は申し入れてきたのか。おそらくその覚悟は本物だろうとヤシロは察する。
「いいのかい? 生存率が少しあがるだけだよ」
「あんたはそれでも愛に生きるんやろ? だからそれは賭けとかやない。生き様の問題や。だから私らもそれに乗っかる。何もおかしいことやない」
ユミリ、リルハ、カリンの瞳がまっすぐ向かってくる。これは仕方がないな。諦めと同時に嬉しさが込みあげてくる。どうやら自分は良い友人を持ったのだと。
――過去――
京都市内。
荒神橋の下で少女は雨宿りをしていた。
何層にも重なった分厚い雲が覆われて、あたりは日中だというのに薄暗い。
急に降り出してきた気分屋の通り雨のおかげでひどい有様だ。
傘もなかったので制服はびしょ濡れ。明日が土曜日なのが救いだった。だが、濡れたままで家に帰るのは少々骨が折れる距離だ。
どうしたものかと少女が首を捻っていると、ブレザーの少年がこちらに近づいて声をかけてくる。
「ひどい雨だね」
彼はリュックからフェイスタオルを取り出して、少女に差し出してくる。少女は突然、声をかけられたことに戸惑って、タオルを手に取るか迷った。
「あー、このタオル未使用だから」
少年は少し勘違いしていた。それが何となくおかしくて少女はタオルを受け取ることにした。この行為に善意以外のものはないだろう。
「ありがとうございます」
少女が髪の毛をタオルで拭いていると少年が濡れていないことに気がつく。
「俺は降る前から橋の下にいたんだ」
少女の疑問について、視線で察したのか少年は濡れていない理由を語ってくれた。
「いつ止みますかね?」
「もうすぐ止むよ」
それから雨の勢いが少しずつ弱まっていく。
雲の裂け目から光が射して虹がかかる。
少女は橋の下を出ると少年も後に続いてくる。
横に並ぶ少年と少女は鴨川の景色にすっかりと溶けこんでいた。
夕日に照らされた雨粒が反射して街をオレンジ色に染めあげる。
これが少女と少年の出会いだったのだろう。
――現代――
『……諦めろ』
ヒズルから無慈悲な呼びかけがコックピット内に響きわたる。
雨がシトシト降りはじめて一角獣の装甲が雨粒を弾いた。
「ヒズル様がこんなことに加担するなんて!」
一角獣の槍を突きたてながら熱田大上に向かっていく。熱田大上は左脚を半歩下げてから刀を一振りすると一角獣の槍を弾き飛ばす。
ニィナは何が起こったのか理解できないでいた。先ほどからずっとこんな調子だ。ヒズルの剣筋がまるで見えない。
武器を失ったかと思えば盾も蹴り飛ばされて丸裸状態にされる。
「くっ」
『彼奴がお前に会いたいと言うのでな。連れて行くことにした』
ゆったりと動作でありながら熱田大上に隙がつけるとは思えなかった。刀を構えもしていないのにだ。
(まるで間合いがないようだわ……)
熱田大上が刀をスッと一振りすると同時に一角獣のバランスが崩れて後ろに倒れる。破損状況を確認すると右脚が切断されていた。
『終わりだ』
――現代――
「何とか間に合いましたね」
ティユイがヒズルとニィナの間に割って入る。
『姉さん、その顔……』
ニィナはティユイの顔を画面越しに見て驚愕していた。
「私のことは大丈夫です。それよりメイナちゃん、よく聞いてください」
すーっとティユイは息を吐きだしてから話しはじめる。
「メイナはもうこの世にいません。あなたはクラバナ・ニィナとして生きてください」
『何を言っているの?』
「あなたはどうかキリくんを支えてあげて。私とはきっとまた会えますから」
『姉――』
ニィナの通信を強制的に切って、ヒズルに向き直る。
「妹は渡しません。キリくんも生かしてみせます」
『やってみるがいい。できるのならな』
熱田大上が刀の切っ先を向けてくる。対して月輝読は盾を掲げる。
「……どうするんだい?」
ポリムは「大口を叩いて大丈夫か?」とでも言いたげだ。
「盾をエーテルに転換して暴発させます」
エーテルとはエネルギーである。エネルギーに転換する際に膨張してエーテルは弾ける。それを利用するということだ。
「自爆攻撃だよ。月輝読でも無事でいられるかはわからないよ?」
「熱田大上相手に四の五の言ってられませんよ」
ふうと一息ついてティユイは口を動かす。
「キリくんのこと頼みますね」
ティユイの膝の上で眠っているキリに視線を落とす。
「……うん。任せてよ。ついでに君の願いも成就させてみせるよ」
思わず感情の赴くまま口走った言葉を叶えようとポリムは言うのだ。
「あれは願いなのでしょうか?」
「呪詛もまた願いだよ。それはいつか世界を繋ぐ祝福になる」
熱田大上が右脚に体重をかけて腰を沈みこませる。
「一度、言ってみたかったことがあるんですよね」
「へえ。どんなだい?」
ティユイはすーっと息を吸うと想いのかぎり叫ぶ。
「いっけぇーー!!」
月輝読の盾と熱田大上の刀がかち合うと同時に周囲に爆音が轟き粉塵が巻きあがった。
――現代――
雨の勢いが少しずつ弱まって、雲の裂け目から光が射して虹がかかる。
ニィナは濡れることも気にしないままとぼとぼした足取りで月輝読のほうへ向かっていく。
月輝読の背中のスラスターの片方は破損している。
装甲もあちこち剥がれてしまっていた。
心なしか体がひとまわり小さくなったようにも感じる。
顔の部分が破損していて、顔の半分表層部分――特に右目部分から周辺の破損が激しい。
「こんな……、こんなことって」
ティユイは思わず声を漏らす。
茜色射す陽光に照らされた雨粒が反射して眺める街をオレンジ色に染めあげる。
――行かないと。
ニィナは歩みを止めなかった。大丈夫だ。コックピットは無事に見える。ティユイはきっと生きている。
ニィナがコックピットの間近までくるとハッチが降りてくる。
コックピットからは溢れんばかりの金色の粒子が蝶の群れのように天上を舞う。
その姿にニィナは思わず目を奪われて見あげてしまう。
しかし、それも一瞬のことだった。
人影が自分に向かって倒れこんでくる。キリだった。心臓音が伝わってくる。どうやら生きているようだ。
しかしティユイはそこにいない。
ニィナはコックピットシートの上に夕陽で照らされた煌めくものを見つける。
それはティユイが身につけていた耳飾りだった。
ニィナがその耳飾りに手を伸ばして触れようとする。
しかし、その瞬間に耳飾りは光の粒子となって天上へと舞いあがる。
もうシートに彼女のいた痕跡は何も残っていなかった。
「嘘だよね? 姉さん」
雨が止んでも地面はぬかるんだまま。それも気にならないのかニィナはキリを抱きとめたまま崩れ落ちる。
足元に咲く白い花がオレンジ色に染まり、その雫がぽとりと地面へと落ちた。
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