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■惨劇のはじまり

   ――未来――


「いいね?」

 ヤシロの呼びかけにリルハ、ユミリ、カリンが決意をこめた表情で頷く。


「呪いの黒い炎を打ち消す方法はいまのところない。だから、これは時間稼ぎだ。あまりにも分の悪い賭けになる」


 キリの全身に駆けまわり蠢く黒い炎が気を失っている彼に苦悶の表情を浮かべさせる。

「精神のバイパスを繋げて私たちにも黒い炎を共有させるんだよね?」

 リルハがヤシロに問う。


「僕らは彼と近い場所にいる。それで思いついたのがこれなんだよ。君たちをひどい目に合わせることになるのは申し訳ないけどね」


「何をいまさら言うとん。ここにいるってことはみんな了解済みや」

 ユミリは自信に満ちた笑みを浮かべる。


「それに信じてます。眠り姫は彼が必ず起こしてくれると」

 カリンがキリに視線を落とす。


 それから四人の王女は深い眠りに就くことになる。

 その眠りが覚めるのはいずこか。


   ――過去――


「この耳飾り、付けてみていいですか?」

「もちろん」


 桐から由衣へのプレゼントだった。彼女はもらった小箱をすぐに開けたがり、桐も了承した。

「似合います?」


 銀色の雪の結晶をあしらった中に赤く煌めく石が埋めこまれている。


 後に装飾端末が組みこまれ、それからも肌身離さず大事に付けていた。彼と彼女の絆を象徴するものとなる。


 雪の日、かつてはクリスマスなどと呼ばれた慣習があったらしい。これは回顧都市での生活の再現でもある。


「よかったよ。とっても似合ってる」

 彼と彼女の会話が紡がれる。寒空の下、二人は寄り添いながら京都の街中へ溶けこんでいくのであった。


   ――現代――


 輸送艦を出たトラックはクラシノ邸の正門と裏門を塞いで屋敷内の人間の逃げ道を絶つ。


 憲兵たちはトラックの荷台から降りてきた者たちの姿を見て驚いた。それが自動人形であることに気がつくのにはそんなにかからない。


 ただ、私服で老若男女の姿は一瞬だけ銃を向けることに躊躇させるには十分だった。

 憲兵たちが自動人形たちによって死体になるのにはそう時間がかからなかった。


 自動人形が急に立ち止まりアズミは訝しむ。

「いけません、兄上!」


 セナが何かを察したのか、アズミを右手で押し出すと同時に自動人形は自爆をした。

「何!?」


 爆破が止むとアズミはすぐさま立ち上がりセナの姿を探す。

「セナ! どこだ!? 返事をしろ!」

 

 敵に見つかることもお構いなしに叫ぶ。耳をよく澄ますと小さいうめき声が聞こえてくる。

「無事か?」


 声の方向へアズミは駆けよる。

「何とか……」

 そう言うのもやっとであったろう。彼女の右腕から下がなくなっていた。立つこともできないのか壁にぐったりと背中を預ける。


「これを無事とは言わん……」

 アズミは上着を脱いでセナの右腕が会った部分を止血する。


「本来なら早く救援を呼ぶべきだが……」

 後手にまわって現場も混乱の最中である。とてもそんな状況ではない。


「……兄上がご無事でよかった」

「いいものか。お前の身はもはや一人のものではないのだぞ」

 アズミは怒るべきか、か悲しむべきなのか、様々な感情がない交ぜになっていた。


「兄上は私の憧れです。ですが、嶺玄武を自分で乗ることでわかったのです。兄上の乗る嶺玄武はもっと雄々しく美しかったと。嶺玄武はやはり兄上が乗るべきです」


「お前はそれでいいかもしれない。だが、お腹の子供は選ぶことすらできないのだぞ」

「わかっております。ですが、体が先に動いてしまったのです」

 わかっている。わかっていたのだ。これは自身の至らなさが招いた結果だ。


「ああ、ありがとう。セナのおかげで私は生きのびている」

 だからこそ守ってみせるとアズミは誓うのだった。


   ――現代――


「……ご無事のようですね、カリン様」

 カリンは唇をわなわなと震わせている。咄嗟にカリンに覆い被さったネアの背中を幾度となく銃弾が撃ちこまれた。


「カリン様! ネア!」

 ホノエが駆けよってきて思わず立ち尽くして絶句している。彼は嫌でも見てしまったのだ。もう決して助からないであろうネアの背中についた銃痕の数々を。


「ムツミ様には兄も私も救われました。これで恩は返せたでしょうか?」

 ネアのカリンを抱きしめる腕の力が少しずつ弱くなっていき、後ろへ倒れそうになるのをホノエが抱きとめて、そのままゆっくりと寝かせる。


「兄さん、カリン様はご無事でしょうか?」

「ああ、無事だとも……」

 

 ホノエは俯いたままで顔を起こさない。

「そうですか。よかっ――」

 ネアはそこで事切れた。


   ――現代――


「状況がわからねぇな」

 ハクトは嘆息する。


「みんなは無事だろうか?」

 ルディは時折バリケードから自動人形に牽制を入れる。


「わからん。通信を阻害されて完全に隔離されている」

 部屋の扉に家具などでバリケードを作り、そこで守りを敷いていた。そこには他にスズカがいる。


「五カ国会議を襲撃なんて前代未聞ね……」

「ソウジ・ガレイはなりふり構わなくなったってことかよ!」

 自動人形のタチが悪いのは銃弾が切れた瞬間に自爆をすることだ。おそらくは相当な被害が出ているはずだ。何せ会議場で武装をしている人間の方が少ないのだ。


「本来なら会議場まで乗りこむべきなんだろうが……」

 ルディが苦々しく口にするとハクトは自動人形の動きを観察してある推測を口にする。

「こっちを足止めするのも奴らの仕事なのかもな」


 現在、会議場はどうなっているのだろうか?


   ――現代――


 それは突然のことだった。


 一体の自動人形が部屋に入ってくるなり銃を乱射した。為す術もなく王たちは凶弾に倒れ、それから自動人形は自爆したのだ。


「何ということを……」


 ティユイは右目が閉じられないことに気がつく。左頬もやけに熱い。鏡の破片に映った自分の姿に思わず衝撃を受けてしまう。


「醜くなったな、ティユイ皇女よ」

 にやりと邪悪そのものの笑みを浮かべるガレイがそこにいた。ティユイは何も答えずにただガレイを睨みつけた。


「小娘が粋がるな。もはや貴様は無力だ」

 ガレイはスーツの懐から小瓶を取りだす。


「お前が避妊手術をしていると知ったとき、俺は絶望したよ。だからな、貴様には八岐災禍の糧として永遠の苦しみを与えてやる」


 小瓶の栓を抜くと黒い炎が飛びだしてティユイに向かっていく。その間を白い影が割って入る。

「キリくん!」


「があああっ!」

 黒い炎はキリの背中から全身を包みこんでいき、のたうちまわるように悲鳴があがって、やがては倒れる。


 ティユイはもう何も考えられなくなっていた。それでも体力を振り絞って体を這わせながらキリに向かっていく。


「くくっ……。はははっ! 馬鹿な奴め! 死に損ないを庇って皇子が死ぬとはな! すべては計画通りではないか! 四国の王も! 皇子も! 邪魔な奴はみんな死んだ!」


「……彼が何をしたというんですか」

 声が震えていた。キリの全身に黒い炎のような痣が全身を蠢き、そのたびに苦悶の声をあげている。


「我が覇道を阻む者に制裁を与える。当然ではないか。覇を目指す者が手段を選んでどうするというのだ!」


「あなたの言う覇道は幾多の血で汚れています」

「ふん。貴様の一族もまたその座を得るために幾度となく血を流したはずだぞ。覇道とは血の上にあるものなのだ」


 それからニタニタという満面の笑みを浮かべてガレイは言い放つ。

「俺はメイナ皇女の居場所も突き止めている。人機の中にいれば安全だと考えただろう? だがな、俺はヒズル殿の熱田大上を放ったのだ。果たして無事でいられるかなぁ」

 

 浅知恵だとガレイはティユイを嘲笑する。熱田大上の名を聞いてティユイの顔面は蒼白になった。

「そんな……」


「死に損ない、よく聞け。お前の妹は俺がたっぷりと可愛がってやる。泣こうが喚こうがな。せいぜいあの世で自身の無力さを悔やむがいい」

 ガレイは勝ち誇った様子で高笑いをはじめる。


 最初茫然自失していたティユイだったが、その表情にはやがてかがり火が燃えさかり烈火の如く怒りが宿っていく。

「――ってやる」

 

 そのただれた顔で瞳だけはまっすぐとガレイを射貫く。その迫力にガレイは思わず後ずさった。

「呪ってやる……!」


 その口から呪詛の言葉が漏れた。

「やってみるがいい! たかが言葉に何の意味がある!?」


 ガレイは鼻で嗤い、語気を強めて押し返そうとした。しかしティユイの目は据わって、臆すようすなど微塵もなかった。


「あなたはこれから幾星霜、いついかなる人生を送ろうとも決して満たされることなく、悔恨を噛みしめながら最期を送るでしょう」


「言っていろ。死に損ないめ。この場で嬲り殺してやっても構わんのだぞ」

 ガレイはティユイに近づこうとすると別の方向から声がして呼び止められる。


「待ちたまえよ。皇女を手にかけるのはまずいだろ。そのために黒い炎を持ちこむなんてまわりくどいことをしたはず、だよね?」


「……エリオスか」

 おそらく自動人形だろうか。ガレイの肩を掴んでいた。


「退路は確保した。君は速やかに逃げることだ。目的は達成したのだからね。無駄な殺しは今後に禍根を遺す」


 ガレイは不満そうだったが、エリオスに従いその場をあとにする。ティユイはガレイがいなくなってしばらくしてからもずっとその場を睨んでいる。


「……ティユイ」

 キリが目を醒まして呼びかけてくる。

「大丈夫ですか?」


 生きていた。とそれだけでティユイは泣きそうになる。

「かわいそうに。顔をやられたのか……」

 

 ティユイのただれた顔をみてキリは悲しそうな表情を浮かべる。一方でその表情から感じられる生気は弱々しい。


「そんなことはいいです。あなたのほうが死にそうじゃないですか。どうしてこんなことを?」

 キリの顔に血の気はなく、いまにも死んでしまいそうだ。


「君がもう長くないって実は知っていた。そんな淡雪のように溶けてしまいそうな生命をそれでも輝かせようと生きる君の姿が美しいと思った」

「そんなの理由になってません!」


「だから、少しでも長く君には生きてほしかった。ティユイ、君は生きろ……」

 そう言ってキリは事切れる。


 ――死ぬの? キリが。大切な人が消えてなくなりそうになっている。


「あなたがいたから私はここまでこれたんです。あなたが私をここまで生かしてくれたんじゃないですか。……私が欲しいのはあなたと生きる瞬間です。それが失われるなんて――」


 とてもではないが耐えられないとティユイは吐露する。そして、すぐさまに思い出す。もう一人の大事な人が危機に陥っている現実を。


「……行かないと」

 妹を救い、キリも救う。そのために自分がやるべきことは何か。答えは常に自身が持っている。


 割れた窓の向こう。そこには月輝読の姿があった。

「……力を貸してください。キリくんとメイナちゃんを救いましょう」 

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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