■策動
――未来――
ニィナはぐっすりと寝ている。その姿にイオナは一時の安堵感を覚える。問題は山積みだ。
しかし、一方で自分のできることは限られている。それはニィナを守ることだ。
「ニィナくんをオーハンへ連れて行くという話だが、許可が下りた」
クワトが事務的に伝える。
「……そうですか」
イオナは胸を撫で下ろした。
「ソウジ・ガレイもしばらく内政に手を取られて、皇女の捜索どころではなくなるだろうという判断だ」
これから第一三独立部隊は各地でニィナの位置を悟らせないために攪乱行動にでるとクワトから聞かされる。
「一角獣の損傷も君たちがいる水母で修理することになっている」
それは護衛もつくという話である。
「メイナさまには休息が必要です。いつかは一人で立ちあがらないといけませんから」
その時は誰も手伝えやしないのだ。自分の力で生きる最初の試練である。
「彼が目覚めて迎えに行く。それが合図だ」
「はい」
――過去――
とあるカフェテラスにてキリ、ユミリとルディの姿があった。
「告白するんだ? 好きにすれば」
そう言うユミリの言葉はそっけない割につま先でスネのあたりを繰り返し蹴ってくる。
「蹴るのやめろよ」
キリは恨めしそうに半目でユミリを睨むも怯む様子はない。
「気のせいちがう?」
ユミリはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ヤキモチか?」
ルディが問いかけるとユミリは顔を真っ赤にして否定する。
「違うわ! キリが誰を好きになろうと関係ないやろ!」
立ちあがってルディに顔をぐいっと近づけて詰め寄られる。
「わかった。すまなかった」
ルディは落ち着けと両手を肩に乗せてユミリを座らせる。
「ティユイ皇女のどこに惹かれたん?」
年齢、スタイルには自信があったユミリとしてはどこか自尊心が傷つけられたような気分であった。どうしてそのような感情が沸きたつのかユミリにもわからない。いや、わかっているかもしれないが、目を背けたいのだ。
「あの淡雪のような気づけばスッと消えてしまいそうな彼女が愛おしくてさ」
「ふぅん」
しみじみと語るキリを見てやっぱり聞くんじゃなかったとユミリは後悔する。
――やっぱりもういっぺん蹴っとくわ。
――現代――
「侵入経路はこれで確保した、と」
エリオスは笑みを浮かべながら報告を聞いていた。
「貴様、何を企んでいる?」
隣りにいたヒズルが圧をかけながら訊ねてくる。
「企んでいるのは私ではありませんよ。顧客の指示です。あなたこそ私の動きを黙認しようと――いや、むしろ利用しようとしていますよね?」
「所詮、儂も大罪人でしかない」
見透かされたことにヒズルは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「というわけです。まあ、あなたもしたいようになさってください。私もこれが終われば好きなようにさせてもらいます」
「貴様も死に場所を戦場に求めるか」
「戦士であれば望む死に場所は戦場ですよ」
あなたにも理解はできるでしょうとエリオスはヒズルに投げかける。
「この世界は悪くないが、骨を埋める場所ではない。私はやはり元の世界こそが居場所だと感じます」
「ここに自身の居場所はないと?」
「異世界の人間なのですから当然でしょう。それで私からも一つ聞きたいことがあります」
「言ってみろ」
「ソウジ・ガレイという人物がこの世界では特殊に感じるのは何故です?」
「新人類は自らを新人類と自称することはなかった。一方の旧人類たちは新人類を認めることはなかった」
ヒズルは一呼吸置いて、まだ続ける。
「しかし旧人類たちは自らが古い人類であることを表には出さなかったが、日に日に劣等感は増大は募っていった。だから旧人類は自らを賢き者であるということに固執した。それが双方の大きな隔たりとなってしまった」
その話に何の関係がとエリオスが言おうとするも、ヒズルはそれを制して続ける。
「ソウジ家とは旧人類と呼ばれた人類が新人類へ向けた最後の一刺しなのだ。故に根幹である万世一系である皇系を破壊して簒奪を目論んでいる。皮肉なものだ。その万世一系は他ならぬ旧人類が長い年月をかけて編みだした秘技であろうにな」
ヒズルは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「私からすれば人間らしくも映りますがね」
「自我が在るものであると固執すれば、ああいう俗人が生まれる。すべては彼奴の先祖が代々築きあげたものだ。そして自分たちの所業にガレイの存在を見て絶望した。すべてが間違っていたとな」
ガレイは親や親族の期待に応えられなかった。故に彼はどのような行動を取ったのか――。
「閣下は外から眺めている分には楽しい存在ですがね。身内としてはあの暴力性は勘弁ですが」
「ガレイは暴力によって自らは成功を収めたと考えている人間だ。裏を返せばそれ以外での成功体験がない」
「さて、楽しい話をありがとうございます、ヒズル殿。私はそろそろ往くとしましょう」
エリオスは突然会話を打ち切ったかと思うとくるりと一八〇度身体の向きを変える。
「これで最期になるか」
「そうですね。二度と会うこともないでしょう」
「やはり貴様は戦士であったな」
戦士とは戦場で死ぬことを喜びとする。
「テロは私の本懐ではありませんから。散るのであれば戦場でありたい。幸いにして舞台は用意してある。ならば乗らなくてはね」
エリオスは高笑いをしながら決して振り返ろうとはしなかった。そんな彼にヒズルは聞こえたかどうかわからない声で一言つぶやく。
「さらばだ、エリオス」
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