■別の誰かの再会
――未来――
「キリと王女たちは目覚める気配がないのね?」
シンクから報告を受けてレイアはため息をつく。
「キリに至っては生きているのが奇跡だけどな」
キリは全身が包帯で巻かれている下には黒い炎が体中で蠢いている。
「あの包帯で黒い炎を抑えられるの?」
「ちょっと特殊な包帯なだけだよ。艦内でできる処置はこれが限界だ」
キリは時折苦悶している姿が見受けられている。黒い炎が全身をのたうちまわるために激痛が奔るのだ。
「呪詛の黒い炎なんて歴史の表舞台に現れたのは五〇〇年ぶりよ」
「黒い炎を抑えるにはアークリフにある呪詛を抑える包帯でないとな」
「……よく残っていたわよね」
「八岐災禍はそれこそ五〇〇年前の戦いで封印されたが、行方知れずだった。まさかソウジ家の連中が鹵獲していたとはな」
しかも八岐災禍の黒い炎を暗殺に利用していたのだ。
「ソウジ家の屋敷から出てきたんだから言い訳はもうできないわね」
ソウジ家にいま民衆は厳しい目を向けつつあった。それがソウジ・ガレイを確実に追いこんでいた。
――過去――
緩やかにやってくる梅雨時期の夕暮れ。二人の姿は賀茂大橋にあった。
木陰のベンチに座って休んでいたはずだが、由衣はいつの間にか寝入っていたようだ。
式条桐の肩にもたれかかっていたようで、目を覚ますやすぐに離れた。肌を撫でるような湿っけのある風に当てられて汗がじんわりと滲む。
体の内が心なしか熱くなり、顔が紅潮しているのも感じる。
思わず桐と腕一本分くらいの距離を取ってしまう。恥ずかしさのあまりに死んでしまいそうだった。
桐は苦笑いを浮かべている。膝の上には開きっぱなしの本が置かれている。由衣が寝ている間はずっと読書に耽っていたようだ。
「ご、ごめんなさい。すっかり寝てしまって……」
由衣は桐の顔を先ほどチラ見しただけで、すぐに俯いてしまった。とてもではないが、直視できそうもない。この処理困難な感情をどうすればいいのか由衣はすっかり困っていた。
この気持ちは何なのか。果たして決着がつくものなのか。今の由衣に見当がつくはずもなかった。ただただ紡ごうとする言の葉はするりと解けてしまい、感情の奔流が洪水になって溢れでようとする。しかし、それはいずれも形なきものである。水面に落ちる滴のようなものだ。
「日陰にいたけど、やっぱり熱いな。今度は図書館にでも行こうか」
「は、はいぃ」
由衣は消え入りそうな声で返事をした。
間もなく七月に入ろうとしていた。若い二人の約束はそれからしばらくして果たされる。
――現代――
五カ国会議当日。議場となるクラシノ邸は緊張した雰囲気に包まれていた。
そんな中でも中庭は回遊式庭園にある小さな池にかかっており、石橋からは錦鯉が泳いでいるのが覗ける。
「ネア、久しぶりだな」
うまく笑顔を作れているか不安になりながらホノエは正面より少し離れた石橋の上にいる女性に声をかけた。
ミディアムカットの女性はどことなくホノエと雰囲気が似ているようにあった。
「兄さん、お元気そうで」
嬉しいような寂しいような表情でネアは微笑んだ。
「妻と息子が世話になっていると聞いている。ありがとう」
「そうおっしゃられるのでしたら軍務軍務と言わずに、直接会いに行ってあげてください」
「……そうだな」
ホノエは自嘲気味に笑う。
「そういえば縁談がうまく行っていないと聞くが、ネアこそ大丈夫なのか?」
「……まだ気持ちの整理がつかないようです」
「私の責任か」
ホノエはうなだれそうになる。
「私は兄さんと出会えたことまで否定したくはありません。だから、そんなこと言わないでください」
昔、ホノエは少女と出会った。その時、二人は何も知らなかった。
兄妹であると知ったとき、すでに二人の関係はできてしまっていた。
禁忌を犯した二人は引き離される。
「そうだな。すまなかった」
ホノエは謝罪した。
その後、ホノエとネアは婚姻が結べるかという話にまで発展する。それを救ったのがホノエのいまの奥方の存在であった。
「私ではネアを幸福にはできない。その代わり、いつでも祈ろう。お前の幸福を」
「それは格好つけすぎだと思います」
私の方は大丈夫だとネアは話す。
ふっとホノエから笑みがこぼれる。
「お前は強かったな」
それにつられてネアも笑っている。すると中庭にカリンがやってくる。
「お二人ともここでしたか」
「カリン様、ご無沙汰しております」
ネアはカリンに対して恭しく礼をする。
「ネアさんにはお姉ちゃんがお世話になっていますから」
「それは私もですよ」
ホノエがつけ足す。
「五カ国会議がクラシノ邸で開催されるのは喜ばしいことです。これを機に物事はきっとよい方向へ向かうはずです」
そうでなくてはいけないとカリンは言う。
「そのためには前回の五カ国会議を正さなければなりません」
ネアの言葉に二人が頷く。
「ならば私がお二人を必ずお守りしましょう」
「もちろん頼りにしていますよ」
カリンは短くながらも、そう伝えた。
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