■姉妹
――未来――
オーハンの中央議会がソウジ・ガレイの私設軍によって占拠されて近づけない状態にあった。
『トウキ、そちらに部隊を向かわせているわ。あなたは家族と一緒に出国しなさい』
トウキはレイアと映像通信で会話をしていた。
「ガレイ閣下はそこまでやりますか?」
『彼があなたをどのように扱ってきたかはわかっているでしょう。ここまで強行に出たのだから何をするかわからないわよ』
もう出国の手筈は整っているという。おそらく以前から予感があって準備をしていたのだろう。これが長年培った勘なのだろうか。
『あなたの戦場は壇上。政治家の敗北とは凶弾の前に倒れることよ。だから荒っぽいことは私たちに任せなさい』
優しく諭すような口調。やはりレイアには頭が上がらないなとトウキは思う。
「……わかりました。お願いします」
その日、オーハンはセイオームの首都としての機能を停止する。すべての政がケイトへ集約されたのだ。
――過去――
「これがこの時代の服装規定なん?」
ユミリがいわゆるセーラー服に身を包んでいる。スカートの裾をつまむと健康的な太ももが露わになってキリは釘付けになる。
「ちょっと。やらしい視線向けんでくれる?」
今度はスカートの裾を両手で押さえて睨みつける。
「……すみません」
理不尽だと思いつつキリは頭を下げる。
「この時代は紙に文字を書く習慣があるようだな」
ルディが一差し指で指す。三人は紙に書かれたそれぞれの名前を珍しそうに眺める。
式条桐、風羽友美里、帷子累。漢字というもので表意文字と呼ぶらしい。
「鉛筆っていうもので紙に書かないといけないらしいな」
ルディが書いているところを見てはいたが、なかなか拙い手つきだった。これは習得に手こずることだろう。
「名前がわかるくらいで情報量は極端に少なくない?」
「立体文字に比べたら……な」
立体文字とはドットを立体的に組み合わせた文字を指す。書くのではなく空間にドットを組み合わせて精製するものというのが新人類にとっての文字である。
記録するという意味は同じであるが、一文字あたりの情報量が凄まじい。かつ圧縮率がおそろしく高い。少ない容量で大きな情報量を扱うことができる。
「配置についてだが、キリは皇女と同級生。俺とユミリは一年上になる」
つまりティユイと接触したり隙を見てケイトから連れ出す役目はキリ。ルディとユミリはその補助につくということだ。
「艦長から人機操作の指南も任されている。サボるなよ」
当然、キリのである。
「……了解」
キリはガックリと肩を落とすのであった。
――現代――
ティユイが窓を開けると心地よい風が吹きこんでくる。
「月がよく見えますね」
ティユイが振り返ると背後に満月が浮かぶ。雲一つない夜空であった。
「姉さんとまたこうして話ができるなんて思わなかった」
ニィナはゆったりとした寝着姿でソファに深々と掛けている。ティユイはニィナと肩が触れるくらいまで密着して座った。
「メイナちゃんはすっかり大きくなりましたね」
「……うん。生き残れたのは姉さんおかげ」
メイナとはニィナの本来の名前だ。姉が自分を逃がすためにどれほどの犠牲を払ったのか。すべてを聞かされた時、思わず泣き崩れてしまった。
「ええ、体張りましたから。そう思ってもらえて何よりです」
それは言葉通りであった。
「いままで大変だった?」
「大変といえばそうですね。……でも、悪くはなかったですよ」
不思議な言いまわしだった。
「こうしてまたメイナちゃんに出会えましたから」
ティユイは優しく微笑む。
「キリが姉さんと付き合っているなんて意外だった」
ニィナは少し唇を尖らせてしまう。
「ヤキモチですか? キリくんを振ったと聞きましたけど」
ティユイはそのままの表情だった。
「あの時は色々あったのよ……。もう整理はついたけど」
気まずくなってニィナは顔をティユイから背ける。
「じゃあ、いまならいいんだ」
「……そんなこと言ってない。私は軍に入ったし、いいよ」
「キリくんが皇子になったら私とは姉弟になるんですよ。彼は皇家に養子として迎えられますから」
「姉さんはそれでいいの?」
するべき振る舞いとは他者との軋轢を軽減させる。しかし、それは自身の行動を抑制させることで成立する。
問題は相互の溝である。それが深い場合には自身への負荷は大きくなる。その歪みは他者を巻きこんでどのように表出するだろうか。
「……いいんです。私の寿命はもう尽きつつありますから」
ニィナは目を見開く。姉の口から出た言葉一句一句が信じられなかった。
「原因は子を産めない体になってからでしょうね。あの時から何かが自分から抜けていくのを感じていました。それが何なのかはいまなら理解できます」
「どうして、そんなことが……」
「本能なのでしょうね。この頃、食事量が減りましたこの身を次世代に託すようにと声なき声が私を突き動かしています。それは日増しに強くなっていますから」
「何か方法はないの?」
ティユイは首を横に振る。
「遅かれ早かれでしょう。それにこれは私の問題です。メイナちゃんはどうするつもりですか?」
記憶を取り戻したのだから皇族として復帰するという選択もある。一方でニィナとして生きる道もある。しかし、それは――。
「その様子だと気持ちの整理はついていますよね。キリくんが勇気をだしたんですから、今度はあなたの番ではありませんか?」
ニィナは唇を尖らせて俯く。そんなこと言われてもいまさらどう接すればいいというのだ。
「他の王女たちも遠慮しませんよ。そんな中であなただけキリくんが動くのを待っていますか?」
キリは立場的に自分から動けなくなる。それでは寵愛が偏るからだ。彼は真意を常に隠して生きることになる。そう、死ぬまでだ。
「そんなこと言ったって……」
「自分のおかれている立場がわかったなら、あとは考えましょう。きっと悪くはなりませんよ」
ティユイはニィナの肩を抱き寄せて、その頭を撫でる。ニィナは久々の感触があまりに懐かしくて優しい姉に甘えるのであった。
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