■蘇る記憶
――未来――
月輝読は女の気配を感じとる。きっと彼を求めにきたのだ。だけど――。
――渡さない。
装甲が大破してしまった状態では外には出られない。だが、幸いにもここには装甲を補強するための部品がある。
彼が乗っていた石汎機の部品で装甲を補強して、それでも剥がれ落ちそうなところを装甲を貼りつけるための補強テープで巻き付ける。
それでも不足する右腕の部分はマントで覆った。刃先の欠けた刀拳――橘を拾いあげる。
さらにクナイを見つけるとそれを右手に持つ。
左目の欠けた部分はバイザーで覆う。
準備はできた。行こう。彼のもとへ――。
ずっと待ち望んでいた。いつでも私は彼と共にあるのだ。
――過去――
ティユイは皇女時代の記憶を封印して、別の記憶を植えつける。
住む所はケイトの回顧都市。時代は西暦二〇二〇年代の京都市。
名前は物部由衣。
もうすぐ中学三年生になる。
偽りの記憶。すべては牢獄を牢獄と気づかせないため。
「美希奈ちゃん、早く行きましょう」
由衣に手を引かれる。そこにかつての悲壮な姿は見られない。彼女の嘘が見破られないためにミキナは監視する。
これからミキナは由衣に付き合って模型店へ向かう。彼女はロボット好きの少女なのだ。この時代でいうオタクとでもいうのだろうか。
それが彼女の本来であるかはミキナは知らない。
世界が彼女に嘘をついていた。
――現代――
ナーツァリ国ターベ。都市部から少し離れたところにクラシノ邸はあった。ここで五カ国会議は開催される。
名家の屋敷は安全保障の観点から選ばれる。屋敷は外壁で囲われて物理的な襲撃にも強いとされているためだ。
ニィナは自分がどうしてここに呼ばれたのか見当がつかなかった。それは対面にいるティユイもだろう。お互い不思議そうな顔で互いを見合わせている。
クラシノ邸の客室。そこに二人はいた。豪華というよりはワビサビの世界だろう。物は最小限にしつらえた装飾の部屋だ。
先ほどクラシノ・ネアという女性が「しばらくお待ちください」と言い残して部屋から出て行ったきり戻ってこない。
二人の間に妙な空気が流れていた。
「……あの」
ニィナはティユイに既視感を覚えていた。思わず口を開いたのはそのせいだろうか。
ティユイもそれに反応しようと口を動かそうとする瞬間に扉がノックされてネアともう一人の女性が入ってくる。
ショートボブの髪型をした少女はちらりと二人にそれぞれ視線を移して深々と一礼をする。
「ご無沙汰しています、おひい様方」
ニィナはハッと息を呑む。
ネアは「イオナ様、私はこれで」とだけ言い残して、部屋から出て行く。どうやらショートボブの女性はイオナと言うらしかった。
「ネアさんには人払いをしてもらいました」
――申し訳ないですが。と付け加える。
「お二人は自身の記憶が欠けていることを自覚なさっていますか?」
突然の問いにニィナは首を傾げる。たしかに曖昧になっている時期の記憶は存在する。しかし記憶とは曖昧なものだと思って深く考えることはなかった。
あるいはそのように思考が誘導されていたかもしれない。
「私は少し前まで現在が二〇二七年だと思いこんでいましたが、そのことですか?」
「そうです。時期が来ましたら私はお二人に顔を合わせることになっていました」
それが現在であると。
「施錠された記憶の解錠方法はこうして三人が顔を合わせること。これからお二人の記憶は徐々に戻ることでしょう」
「待ってください。それは私たちが望んだことなんですか?」
ティユイは状況に待ったをかける。
「たしかにメイナ様の存在が明るみに出るのはリスクを伴います。これが最後の機会だと判断いたしました」
「どういうことでしょう?」
「ハルキアへの侵略戦争は私が原因なのです。そして子供を産めなくなったティユイ皇女をソウジ・ガレイは手放さずにケイトに幽閉しました」
ニィナに二人の視線が集中する。
「すべてはメイナ様の存在をつまびらかにして自らの子を産ませるため。メイナ様を手中に収めれば彼は自らの野心を隠そうとしないでしょう」
――メイナ。覚えがある。自分の名前だ。思い出してきた。これが封印された記憶なのか?
「私はメイナ……」
そして目の前にいる女性が姉のティユイ。
「――姉さん」と言葉が漏れる。
「メイナ……ちゃん?」
ティユイは不思議そうにニィナを見つめるのであった。
――現代――
広大な格納庫に老若男女問わず姿をした私服姿の精巧な人形が二〇体ほど並べられている。
「この人形は何ですか?」
シンゴは人形をまじまじと見つめる。目をつむったまま直立不動で立っている姿を見ていなければ、その辺を歩いている人間と大差はない。
「私の兵士たちだよ」
「私服ですが?」
「無差別暴力者の戦闘服とは私服なのさ。なぜかわかるかい?」
「市民に紛れて戦うためでしょう」
「その通り。武器を持った私服の兵隊はすべからく無差別暴力者。武器を持たなければただの市民。しかし、無差別暴力者は市民に紛れる。だから無差別暴力との戦いに虐殺が起こるのさ。軍隊は市民と無差別暴力者の判別がつかないからね」
「そう言われると無差別暴力の正当化は難しいように聞こえます」
「そうだよ。たしかに虐殺は軍隊によって引き起こされたものだが、誘因するのは無差別暴力者だ。無差別暴力者は本来、味方である非武装の一般市民をそれも理解したうえで盾にするんだよ。タチが悪いのはどっちだろうねぇ」
エリオスは口の端をつりあげる。
「あなたはそれをやろうとしているんですよね」
「無差別暴力とは確信犯だよ。強い立場の奴は安全なところで高みの見物を決めこむのがポイントさ。兵士を無償で増産して消費することで莫大な利益を得る」
「で、どうするんですか?」
えらく手間のかかることをやっているようにシンゴには思えたのだ。
「もちろん、閣下は五カ国会議をぶち壊せとご所望だ。私は無差別暴力による奇襲攻撃を敢行する。一度きりしか使えないが、そもそも継続性は必要ない」
「ソウジ・ガレイのことを嫌っていると思っていましたが、任務には忠実なんですね」
「雇い主の依頼くらいこなすよ。仕事だからね」
そこに好き嫌いはいらないのだとエリオスはきっぱりと言う。
「まあ、見ていてくれたまえ。ド派手に無差別に殺しまわっているように見せかけての確実に殺すべき相手は仕留めるっていう繊細な戦法をお目にかけよう。よかったら今後の参考にしてくれたまえ」
――なるかはわからないけれどね。とエリオスはうそぶいた。
「その言い方だとあなたと出会うのはこれが最期になりませんか?」
エリオスは「え?」とつぶやいて最初は驚いた様子だった。
それから「くくく」と腹を抱えて笑いだす。
「……どうしたんですか?」
「いやぁ、すまない。私にも人間的なところがあったらしい。そうかそうか――」
シンゴはエリオスへ気味が悪いものを見るような視線を投げる。
「エリオスさんは十分人間味の溢れる方ですよ」
シンゴはふうとため息をつく。
「まるで褒められている気はしないねぇ」
エリオスがさらに格納庫の奥を眺める。そこには十数体の巨大人型メカが控えているのであった。
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