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■深淵より這いずる炎

   ――未来――


 暗夜が空を覆っている。

 あたりには警報が鳴り響き、探照灯(サーチライト)の明かりが上空を照らす。


 探照灯に照らされて黒い人型が垣間見える。影は白い建物のほうへまっすぐ向かっている。

 その白い建物の屋上に全身が包帯で覆われた人影が一つ。


 顔も目元まで包帯に覆われて誰かもわからない。引きずるようにふらふらとおぼつかない足取り。


「キリ!」とレイアが包帯の人影に呼びかけた。しかし聞こえていないのか反応した様子はない。


「行ってはダメよ!」

 レイアはキリの背中に抱きついて止めようとする。キリはそれを意にも介さず黒い影のほうへ向かっていた。


 キリが顔をあげると目の部分だけ包帯がはらりと落ちる。彼が目を見開くと右目の瞳は太陽の如く眩い黄金、左目の瞳には炎の如く蠢く黒。


 互いに惹かれるあっているようだった。

 まだキリと距離があるのにも関わらず黒い巨大な手が伸びる。だが、黒い影の動きはそこでピタリと止まる。


 黒い影は睨むように振り返る。

 そこにいたのはかつてまでボロボロだったはずの月輝読の姿。破損した装甲はかつてキリが搭乗していた石汎機のものを継ぎ接ぎで取りつけている。


 大破した背面左の(ウイング)はそのまま。破損した左目にはバイザー。右腕は外套(マント)で覆われている。


 一方の黒い影が探照灯に当てられて、その姿を現す。装甲を這う黒い炎は蠢き、紫色の瞳がギラリと光る。

 

 それは月輝読に「邪魔をするな」と訴えているようである。

八岐災禍(クーゼルエルガ)……」とレイアは黒い影を眺めながら、その名を呟いた。

 

   ――過去――


「ティユイ様、本気ですか?」

「ええ、イオナ。あの男は父と母を私の目の前で異界送りにしました」


 皇家の殺害を逃れるためとはいえ存在そのものを別の世界に送ってしまったのだ。いわば存在の消去である。このような所業をためらわないのだ、あのソウジ・ガレイという男は。


「あとは私とメイナを囲って男児を産ませるつもりなのでしょう。男児が生まれるまで私たちはあの男の慰みものとなるわけです」

 自嘲気味に少女は笑う。


「逃がしてはもらえないでしょうが、メイナだけなら逃がせるはず」

「そのために自身を犠牲にするなど……」


 イオナは泣き崩れそうになる。

「よいのです。いままで皇家が男系を維持してこれたのは多くの礎があったからこそです。そこに私も加わるというだけのことです」


「ですが、ティユイ様はどうなります?」

 イオナが訊ねる。


「女には産む苦しみと生まぬ苦しみのどちらかを選ばなければならない。そう聞いたことがあります。私は後者を選ぼうとしていますね」

 ティユイは弱々しく笑う。


「ティユイ様も逃げていいのですよ」

 しかしその提案をティユイは首を横に振って否定する。

「もう決めたことです。メイナのことよろしくお願いしますね」


 イオナはむせび泣く。

 ティユイはこれから子供を産めない体になろうとしていた。

 

 これから彼女は生き地獄へと足を踏み入れようとしていた。


   ――現代――


「石汎機は大破……か」

 レイアはため息をこぼして天井を仰ぐ。これを受けて天神は大幅な戦力減となったことを受けて部隊の再編成が迫らされていた。

 

「こればかりは仕方ないさ」

 シンクがレイアの前に紅茶の入ったティーカップを置く。二人がいたのは私室である。


「どうしても五カ国会議の警備に穴ができてしまうのよね」

 第一三独立部隊は五カ国会議の警備を請け負うことになった。


「通常だと問題はないんだけどな。案外と原始的な手に弱いことが露呈してしまった」

 前回彼らが行ったのはエーテル通信の裏を掻くというものだ。これで奇襲をかけてくるのだから厄介だ。


「予算が不足しているから人員も集められなかったしね」

「だから紀ノと藤古が編入されるんだろ。人機も五機の編入が決まっている」


 それで予算も増加されるのが決まってはいる。しかし、それはこれからの話である。五カ国会議はこれまでの状態で対応が求められている。


 そうなると時間不足は否めない。レイアは紅茶を一口含むと窓の方へ視線を向けたのであった。


   ――現代――


 格納庫内にて、シンゴは緑色の岩塊の前にいた。これが彼の乗機である。本人と融合することで意志を持つ巨人になる。


「やあ、シンゴくん。あまり機嫌はよくなさそうだね」

 軽い態度でエリオスが声をかけてくる。シンゴはこの男が苦手だった。いつも人を見下す姿勢を隠そうともしないところが癇に障るのだ。


「私が苦手なのは結構だけど、そんな態度をして何か君に得があるのかい?」

 驚いたような悲痛なような表情をシンゴはエリオスに向けてくる。


「ああ、失礼失礼。少しトゲのある物言いだったね。ついやってしまうんだ。私の悪いクセだ」

 エリオスは白々しく笑う。言葉の割に気にも留めていない様子だ。上辺だけの謝罪であることを隠そうともしない。


「僕に何か用ですか?」

 シンゴは先の作戦で謹慎状態であった。だからエリオスとは別行動となっていたはずだ。にも拘わらず会いに来たのはどうしてか。


「何をやっているか気になってね」

「他人に興味というものがあなたにもあったんですね」


「意外だったかい?」

「……そうですね」

 少し逡巡して返せたのは何てことはない言葉であった。


「あなたは死ぬんですか?」

「さあ? だけど、どんな結末を迎えたとしても君とは金輪際会うことはないだろうね」


 シンゴはよくわからなかった。その割にこのエリオスという男から悲壮感は感じられない。

「この世界で過ごして生死感がすっかり変わってしまってね。それに目的は次で果たせそうだしね。まあ君もせいぜい励みたまえよ」


 立ち去ろうとするエリオスをシンゴは呼び止める。

「待ってください。僕はやりますよ。この世界で英雄と呼ばれる存在になってみせます」


「そんなことを私に言っても仕方ないと思うけどね」

「僕は天才とも呼ばれたこともある。でも、あっちの世界ではすっかり落ちぶれてしまった。だから、この世界で覆してみせますよ」


「私に何を言って欲しいのかはわからないけどさ――」

 エリオスは一拍置いて続ける。


「天才呼ばわりされたいなんて凡愚の考えることだよ」

 シンゴは「どうして?」と言いそうになる。


「天才とは凡人の造語なんだよ。天才のやってきたことを理解することで自分たちのものとして取りこむ。それが天才と呼ばれる所以だ」


「他人に認められることは間違いだと?」


「そんなことはない。我々は連帯を求める群集生物だ。なので、理解されないモノは総じて化け物扱いさ。化け物とは理解不能でまわりから孤立した状態を指す」

 エリオスは自嘲気味に笑う。


「それは哀しい存在ではないですか?」

 その質問にエリオスは目を見開かせる。


「君はどう在りたいと考える? 天才と呼ばれ群衆の中へ溶けこんでいくのか、それとも内に怪物を飼って畏れられるか」


 シンゴは答えない。


「ちなみに私は後者を選ぶね。誰かにすべてを理解してもらいたいとは思わないし、エゴの存在は否定したくない」


 それは強烈な自我への肯定であった。それからもエリオスは饒舌に語る。


「もちろん人間は孤独を嫌うし、私にも存在する感情だ。あのソウジ・ガレイを見ていればわかりやすいじゃないか。群生の習性で首長は生まれるが、彼らはいつも孤独だ。首長は群れの中で優遇されるかもしれないが、その代わり問題があれば一番初めに切られる。――生贄としてね。それが嫌だから彼らは権力を集中させて強権でそれを弾圧する」

 エリオスの話をシンゴはただ聞いている。


「大半の人間は誰かの下でありたいがために愚かであろうと振る舞っている。だから、首長の横暴であっても多少は受け入れるのさ。首長にならないという選択は生存本能としても適切だよ。誰かを崇め奉るのはその代表が犠牲になるとどこかでは理解しているからね」


「あなたの言い方だと僕は凡人であることを目指していることになりますね」


「それを否定はしないよ。ただし自らを天才と称することはオススメしないかな。私としては自らを馬鹿であると自白してくれていてありがたいがね」

 

 シンゴは真剣な眼差しでエリオスをまっすぐ見つめる。

「あなたに聞きたいことがあります。あなたは自分が正しいと思っていますか?」


「それはもっとも愚かな問いだよシンゴくん。神という存在があるとしてだが、彼らは我々に間違いこそ求めることはあれ、正しくあれなどとは微塵も望んじゃいない」

 ニヤリとエリオスは虚空を見あげながら笑う。


「だからさ。私はね。私にこの言葉を言わせている奴らを許したくないのさ。だから必ず悲惨な目にあわせてやるとね」


お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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