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■水の巻 流転のエピローグ

 コックピットの緊急事態(エマージェンシー)警報(コール)が鳴り止む。これは周囲が安全になったということである。

 キリはコックピットを降りて外に出て、ふと頭をあげる。


 そこに広がっていたのは先ほどの戦いで廃墟となった校舎周辺。そして石汎機の左手で腹部を貫かれたペルペルティの姿だ。


 キリはただ呆然として光景を俯瞰するように眺めていた。

「キリくん、大丈夫ですか!?」


 駆けよってきたのはティユイだった。月輝読がその近くで待機をしている。心なしかじっと心配そうに見ているように感じる。


「……俺は大丈夫だよ」

「ちっとも大丈夫には見えませんよ」

 どうやら相当にひどい顔をしているようだと笑みを浮かべようとするが、どうしても顔が引きつってしまう。


「……教えてくれ。俺は間違っていたのか?」

「あなたは間違っていません。ユミリたちはあなたのおかげで生き延びています。私はあなたを誇りに思います」


 キリは大きく息を吸って口を動かすと言葉が自然と漏れる。

「……わかっている。わかっているんだ。だけど、どうしても胸が苦しいのを止められないんだよ」


 ティユイは言葉を真一文字に結んで、キリをそっと抱き寄せるであった。


   ――◇◇◇――


 ソウジ・ガレイは妙な感覚に襲われる。

 ――何だ? この安堵感は……。


 シンゴに命令してやらせた作戦は最終的に失敗に終わった。にも関わらずだ。

「貴様は皇家の放つ権威の御前に畏れを成したのだ」


 その疑問に答えたのはヒズルであった。

「あり得ません。私は――陛下と皇后を異界送りにした際も躊躇わなかったですぞ」


「では、あのような回りくどいやりかたをしたのはどうしてか? 結局、貴様は重責に堪えきれず、その責務を結局は海皇にもっとも近い者にその決断を委ねてしまった」


「……私は弱くない」

「個人に耐えきれないほどの重責がかかる場合に重大な決断を他者が下すのは多々あることだ」


 強さや弱さに大して意味はない。一人の人間の裁量などたかが知れているという事実を突きつけられているにすぎない。


 ヒズルはガレイに背を向ける。

「貴様は自らに皇家への敬愛があることを認めるべきだな」

 ――成り代わりたいと思ってしまうほどに歪んだ敬愛だがな。


 それだけ言い残してヒズルはその場をあとにする。残ったガレイは唇をわなわな震わせて、歯を強く噛みしめる。


「認めん。こんな屈辱、俺は認めんぞ……!」

 ガレイの黒く歪んだ決意の籠もった瞳が燃えたぎり虚空を眺める。そこに何が視えているのかは誰にもわからなかった。


   ――◇◇◇――


 布団から少女は上半身だけ起きあがる。壁に掛けてあるカレンダーを眺めると『一九九六年』の年号が記されていた。


 ――長い夢を見ていた気がする。長い夢を……。


「お姉ちゃん、そろそろ起きて――」

 弟が起こしにきたようだ。随分と久しぶりのようにも感じる。


「――どうしたの?」

 弟が心配そうに駆けよってくる。


「え?」

 どうしてそんなことを聞いてくるのか少女は理解できなかった。


「起きてこないから朝食作ったけど、文句言わないでくれよな」

 続けて少女と同じ年の男子が入ってくる。


「……あ」

 ようやく気がついた。


「何で泣いてるんだよ?」

 頬を伝う涙のあとに。


「お姉ちゃん、何かあったの?」

 少女は弟を思わず抱きしめる。


「……わかんない。わかんないけど!」

 何故か謝らないといけない気がした。誰にかはわからない。それが絶対に叶わないこともわかってしまう。


 少女は彼方にいる人の息災をただ祈ることしか最早できないのだ。それが残念でならない。それ以上に申し訳なくて少女は泣くのであった。


   ――◇◇◇――


 桃の花が咲く枝先が風に流されるように揺れて花びらが千切れてはらりと舞う。

 カリンの舞いは桃の木がそこに在るような存在感を桃の花の咲いた枝一本で見せるのだから大したものだと感心してしまう。


 仕舞いになるとゆったりとした動作で墓石の前に桃の花を添えた。

「お墓というらしいですね。亡くなった人の遺骨などを納めたとか」


 自分たちは死ぬときエーテルへと還るため光の粒子に還元される。しかし記憶は次世代に還元されるために埋葬という概念は消失して記憶の彼方に留めるだけであった。


「ケイカはこうしたほうがいいかもって思ったんだ」

 キリが答える。


「キリさんが止めなければ私たちもですが、ケイカさんは自分の生家を破壊してしまうところでした。あなたはちゃんと守るべき人たちを守れたと思います」


 ――だとしても、心残りはある。カリンの表情は墓石のほうを向いていて、キリはその少し後ろにいた。そのおかげで彼女の表情をうかがい知る事はできない。


「そうだな。寝覚めは悪いよな」

 そう考えることもできるなとキリは少しだけ胸のしこりがとれた気がした。


「お彼岸というそうです」

「え?」


「お墓参りに適した時期らしいですよ」

 カリンはふいに振り返り朗らかな笑顔を向ける。友人を失った心情が如何ばかりかはわからない。


 ――わからないことだらけだ。


「まだ冷えますから。もう帰りましょう」

 キリはカリンに腕をとられて引っ張られる形でその場を後にする。


 ケイカの墓石の横に少し大きめの石と空き瓶に供えられたワスレナグサ。

 まだ冷たい春風が吹きつけるとその花は瓶の縁を沿ってくるくるとまわるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

ここで第二部が終了となりまして区切りとなります。

第三部も引き続きよろしくお願いします。

感想、評価、お気に入り登録も今後の励みになりますので、ぜひお願いします。

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