■終わりの瞬間(とき)
「キリが私と一緒に死ぬつもりでいるって本当なんですか?」
ケイカはヤシロから聞かされた話に耳を疑う。
『なりふり構わず突っこもうとしているようだからね』
――だからとヤシロは続ける。
『こちらからキリの機体に干渉――説得してコックピットを強制的に切除させる』
ペルペティはエネルギーを溜めている状態だ。石汎機がこのまま接近してくればチャージアタックで機体もろとも破壊されることだろう。
だから接近すると同時に機体からコックピットを外部干渉で強制排除させる。
ケイカから大きく息が漏れる。ヤシロは自分に「お前は助からないが、キリを救う手伝いをしろ」と言っているのだ。
(ひどいな……)
そう思う割には妙に納得している自分がいる。
おそらく自分の役目は終わっているのだろう。そして還る手段も既に明示されている。だが、これをキリにやってもらうのは胸が痛む。
それにこれこそが自分の世界へと還る唯一の手段であると理解した。還るのだ自分の家に。
(ごめんね)
何か彼の助けができないかふと考えはじめる。
「……わかりました。やってください」
――◇◇◇――
『キリ、私のことはいいから』
「何を言っている?」
ケイカが震える声で呼びかけてくる。
「俺は――」
『キリはまだやることがあるでしょ。私のことはいいから』
――繰者の生命に危険を確認。これより強制脱出を開始。
システム音声と共にコックピットが切り離される。
「待ってくれ! ケイカ、俺は――」
笑顔のケイカが見えた。それが彼女を見た最期である。
――◇◇◇――
「勝手に打ち合わせしたところで結果が変わるもんか」
シンゴは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。
ペルペティ内でのやり取りは当然ながら傍受している。一方でシンゴはペルペティの操作をしなければならない。
(それどころじゃないだろうしね)
エリオスは補助役だが傍観を決めこんでいた。シンゴへの協力は最低限に抑えるためだ。
石汎機が迫ってくる。一方で操縦席のリーバが切り離されるのが確認された。
ペルペティの懐に飛びこんできた石汎機は左足を踏みこむと右腕を手刀にして振りかぶる。
「見え見えなんだよ!」
それをペルペティは右手に持ったクナイで腕関節の部分を切り落とす。
勝利を確信する満足げなシンゴの表情。
――いや。君の負けだ。
先ほどの動きでペルペティは右足を踏みこませている。さらに右から左へ振り抜けたため石汎機に対して右脇腹がガラ空きだ。
本命はこれなのだろう。
ペルペティの右脇腹へ石汎機の手刀がまっすぐに向かっていくのであった。
――◇◇◇――
――帰ろう。自分の家に。
友人のカリンやキリの顔がふと思い浮かぶ。
迫りくる巨大な金属の塊が迫ってくる。その勢いに躊躇は一切なく間もなく自分を押し潰すだろう。
「やっぱり、怖い――」
思わず漏れる言葉はキリに届いてしまっただろうか。だが、もうどうしようもなかった。何も考えられなくなったから。
――◇◇◇――
ペルペティのコックピットを石汎機の手刀が腹部装甲を貫通する。それと同時にペルペティが右腕を振りおろしてクナイが石汎機の胸に突き刺さった。
石汎機は構わずさらに突き刺した腕をぎりぎりと反時計回りにまわしながらさらに深く突き刺しこんでいく。
「繰者の生命反応停止を確認しました」
もちろんペルペティの繰者である。報告を受けたシンクは次の指示をだす。
「石汎機のエーテル機関を最大稼働しろ。ペルペティの吸収するエーテルを石汎機のほうで変換する」
これで爆発は抑えられるはずだった。おそらくシンゴが打って出るのは自身で起爆させることだろうとシンクは予想していた。問題は――。
「石汎機のエーテル機関が排熱しきれなくなります」
そして熱暴走を起こす。事実上、石汎機は大破する。
「構わん。周辺が灰塵になるよりはいい」
「了解」
戦闘士官が直ちに周辺への指示をはじめる。それを確認したシンクは通信士に声をかける。
「それとに通信を無差別暴力者に繋げるか?」
「問題ありません」
「では、頼む」
奴らの狙いは一見すると王女たちの生命とも思える。しかし果たしてそうだろうか? 本当の狙いはキリだったのではないかとシンクは考えるのだ。
――◇◇◇――
「くそぅ! どうして爆発しないんだ!?」
まさかケイカを殺すとは思わなかったシンゴは別に仕込んでいた爆破装置の起動したものの先ほどの台詞通りの結果となってしまった。
「通信が入っているよ。どうする?」
混乱しているところにエリオスが訊ねてくる。
「……開いてください」
『シンゴくん、だったな。ペルペティはもう爆発しない。この場は完全に我々第一三独立部隊が制圧した』
勝利宣言を叩きつけられてシンゴは奥歯のほうから噛みしめる。
「そんなことを言いにわざわざ?」
『まさか。本題はこうだ。我々は君に出頭を求める。求めに応じなければ、君が戦死した場合に君へ栄誉が授与されるようなことがあれば抗議をして撤廃を求める』
「勝手にすればいいでしょ」
それくらいが何だと言うのだ。こちらが最終的に勝利すればいいだけの話だろう。
『もう一つある。君をこの事件の首謀者として指名手配をする。異議申し立ては出頭の後に行われる軍法会議にて申し開きをすることだ』
「くだらない。僕にそんなものが通用するとでも?」
シンゴは鼻で嗤う。
『死んでも無差別暴力者して、また犯罪人として後々にも記憶されることになる。君には痛手だと思うがな。……じっくり考えることだ。良い返事を期待する』
それだけ言い残して通信が切れる。
「ふん。馬鹿な連中だ。名誉だなんてくだらない」
「そうかい? 私なら出頭を前向きに考えるけどね」
エリオスは諭すような口調である。それがシンゴは気になった。
「……どういうことですか?」
「死んでしまえば申し開きもできないんだよ。現状だとずっと無差別暴力者として記録されることになる。耐えられるかい、君に?」
エリオスは挑戦的な視線をシンゴに向けている。
「では、ガレイさんを売れと?」
出頭すればガレイが首謀者であると告発することになる。それにシンゴにとって栄誉を与えないことに意味があるとは思えなかった。
そもそもガレイが勝利すればすべて問題ないのではないのか?
シンゴは気がついていなかった。ソウジ・ガレイがいくら独裁的な振る舞いをしても民意の影響を避けられない。
シンゴのの行為は民意を得られるものなのか。その中で果たしてシンゴを守れるのか。エリオスからすれば甚だ疑問であったろう。
エリオスはガレイを一切信じていなかった。おそらく事が起こればシンゴをあっさりと民衆へ差しだすことだろう。
「私なら出頭するかな」
シンゴは気づいているだろうか。死んでも栄誉を与えず、重罪人として記録に遺るのがどういうことか。
もうシンゴは英雄として讃えられることは決してない。そんな中でどうやって戦いの中を生き抜くというのか。
エリオスはそんなシンゴの姿に憐憫すら覚えるのであった。
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