■選べるモノ
「――レイア、俺に指揮権を委譲してくれ。君には出せない命令、だろ」
シンクがレイアの両肩にそっと手を置く。
「シンク、あなた……」
驚愕した表情をレイアを見せる。
「その苦しみは君だけのものだが、地獄になら付き合える。そうだろう?」
「でも……」
「君はかつての自分をキリに重ねているんだ。そんな状態で判断ができるわけないじゃないか。だから俺に任せろ」
シンクはスナオにレイアを医務室へ連れて行くよう依頼する。
「この帽子はしばらく預かっておく」
レイアの被っていた司令官の帽子をシンクがひょいと取りあげて被ると周囲に宣言する。
「レイア艦長は体調不良のため本作戦指揮は副長のコクラガワ・シンクが引き継ぐことになった。よろしく頼む」
司令室にいる一同がシンクのほうを振り返り、すぐに作業へ戻る。了承されたということだ。
「シンク副長はこれからどうするおつもりですか?」
マコナの問いかけにシンクは一度頷いてから答える。
「もちろん。状況に対応する。キリと話がしたい。繋げてくれ」
シンクは通信士に指示するとキリの顔が映像で映される。
「キリ、聞こえるか? 俺が本作戦指揮官となった」
『了解……ですが、レイア艦長は?』
「体調不良だ。いまは医務室にいる。……変わって俺から作戦内容を伝えるが大丈夫か?」
シンクの神妙な表情にキリは息を呑みながら「はい」と戸惑ったような声で返答する。
「まず状況は理解しているな?」
『はい』
「では、お前がやることは一つ。ペルペティの時限装置を止めるには繰者の生態振動を停止。妨害に対しては実力を持って是れを排除。尚、繰者の生命の可否については一切を問わない」
キリが大きく目を見開く。
「――作戦内容を伝える。武装はないがペルペティのコックピット部分にある腹部は装甲が厚くない。石汎機の手刀で突き刺して貫通させることが可能だ」
貫通させた後に石汎機のエーテルを放出してペルペティに干渉させて、エーテルを拡散して爆破を止めるというのだ。
「では、速やかに作戦を実行しろ」
キリは返答に詰まらせつつ何とか返答する。
『……了解』
(恨むなら俺を恨め、キリ)
シンクは祈るように口には出さずにつぶやいた。
――◇◇◇――
ケイカは体を動かそうと試みるが、意志に反して別の動きをはじめる。妙な気分だ。自分が自分でないようだ。
『ケイカ、話は聞いていたか?』
キリが通信を入れてくる。
「……うん。聞いてた」
『俺は君を殺す』
「……全然、英雄の台詞じゃないね」
キリは感情を殺そうとしているが、込みあげていくものが漏れ出ているのがわかる。
『俺は英雄なんかじゃない。すべてを救うなんてできやしない』
「……そっか。残念だな」
ふとキリと夏祭りへ行ったことを思い出した。
スーパーボール掬いをやって、花火を一緒に見た。そういえばスーパーボールはなくしてしまった。
キリはこの世界で居場所のない自分を引き取ろうと申し出てくれた。
(意味わかってるよね)
その少年がいま自分を殺すと宣言をしたのだ。
「……いいよ。一思いにやって」
カリンに何て言おうか。
もう会話を交わすこともないだろう友人のことが頭をよぎった。
――◇◇◇――
人機の格納庫へティユイならびに他の繰者がやってくる。緊迫した空気が漂うのは月輝読が勝手に動きだしていると報告を受けたためだ。
「どういうことですか?」
整備士長にティユイが訊ねる。
「わかりません。バラした装甲を戻したら勝手に動きはじめて――」
月輝読は格納庫の外を一人で歩いて行く。意思があることは知っていたが、まさか勝手に動きだすとは思わなかった。
格納庫は安全確保のため避難指示が出ていて人の姿はかぎられている。月輝読も暴れようとしているわけではないので目に付く被害は確認されていない。
「月輝読は何かを感じたのだろう」
アズミが月輝読を見あげながらティユイに語りかける。
月輝読が自ら動こうとしている理由、それは――。
「キリくん、ですか?」
おそらく彼こそが月輝読の繰者なのだ。自分が乗れているのは皇家の血統を証明するためで意味が違う。
「ティユイ、月輝読が必要としている。サポートは俺たちがやる。だから君は行け」
ルディがティユイの背中を押すようにルディが話しかけてくる。
「私を……」
迷っているような時間はない。月輝読はティユイの姿を見つけるとリーバを近づけてくる。
「……わかりました。行きましょう、月輝読」
――◇◇◇――
「月輝読は自ら動きだしたんだね?」
通信でヤシロがハクトに訊ねる。
『ああ。いま皇女を乗せて出撃したところだ』
ふむとヤシロは顎に手を当てて考えこむ。
「教えてくれてありがとう。僕たちはここで待機だね?」
『近くにシェルターもないからな。とりあえず車内から出ないようにしてくれ』
「わかったよ」
『それじゃあ一旦切るぜ。何かあれば追って連絡をするからな』
慌ただしくハクトとの通信が途絶えるとヤシロは他の王女たちがいるほうへ向き直る。
「というわけで状況は極めて悪い」
全員が一様に不安そうな表情だ。
「それともう一つ。おそらくキリはあの少女と心中するつもりだよ」
その言葉にリルハが身を乗り出す。
「どうして?」
ヤシロは首を横に振って「わからない」と返答する。
「僕がはっきりと言えるのはキリには生きていてほしいということさ」
「そやね。キリを止めんと」
「それでどうするんですか?」
カリンの問いにヤシロは答えた。
「キリは言葉を聞ける状態じゃないと思うから、少女のほう――ケイカに協力してもらおうと思う。つらいかもしれないけどカリンには手を貸してほしい」
もうケイカを救うのは不可能だろう。それをわかったうえで二人に協力を頼まないといけないのはさすがに胸が痛む。しかしキリを救うことに手段を選ぶつもりはなかった。
――僕は五〇〇年待ったんだ。
一瞬だけど永遠に近いような時間を待っていた。彼が生まれて大きくなるのを。それが彼の父親であるコウカとの約束でもあった。
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