■故郷に似た香り
飛行端末を取りつけた黄色い石汎機はターバ内の上空から回顧都市へ降り立とうとしていた。
機体は広場へ降りると片膝立ちの姿勢になって待機する。すると機体からリーバが切り離される。
下部扉口中から五指席に座ったキリとその膝に乗ったケイカが降りてくる。
「ぐるっと町の上空を見てまわった感想はどうだった?」
「私が知っている風景とかちょっと違うかな」
西暦二〇二〇年代の町並みの再現らしいのでケイカの知る一九九〇年代の風景とは若干違う。もちろん違うのは時代だけではないだろうが。
「君が知っている世界のものとは違うはずだけど似ているところもあるんだな」
少し歩いたところには民家が数軒立ち並んでいた。いずれも田んぼのほうが多くて家同士は開いていていかにもな田舎町の風景が広がっている。
「あの家……」
ケイカはいきなり駆けだしていく。思いがけない状況に反応が遅れたもののキリはその後を追う。
「入っても大丈夫なの?」
「今回、使用する家だから大丈夫だ」
少し広めの庭を抜けていくと木造二階建ての家が姿を現す。
「……似てる」
玄関のほうへケイカは歩いて行く。
「ここ私が住んでた家に似てるよ」
キリのほうに振り返ったケイカは目に涙を溜めていた。
「そうなのか? ケイカはここで住んでたんだ」
「ちょっと違うんだけど」
ケイカが玄関を開けるとそこから靴を脱いで広間にあがる。
「ここ客間なんだ」
「そうなんだ」
キリもケイカに倣って靴を脱いであがる。
ケイカはさらに襖を開けて奥の部屋へと向かっていくと台所らしき一室に案内される。調理器具やテレビに机と椅子が雑多に並んでいた。
「ちょっと違うけどやっぱり似てる……」
ケイカはその場で崩れ落ちて嗚咽をはじめる。それが治まるまでキリはケイカの傍にいたのであった。
――◇◇◇――
ティユイは何故かシンクと一緒に港の方で釣りをしていた。シンクから誘われて、気がつけば釣り竿を一緒に垂らしていた。
「水母内の海ってこうして見ると案外広いんですね」
ティユイは対岸を眺める。
「水平線は再現できないけどな」
ここは地球のような球体ではなく、平らな大地の真ん中に巨大な湖の如く海水がある水母の大地だ。当然と言えば当然である。
「質問してもいいですか?」
「ああ構わないよ」
正直、基地内の待機命令はなかなか退屈なものであった。軍港内であるならこうした自由も利くのはありがたい。
「ソウジ・ガレイの横暴ってどうして許されているんですか?」
シンクは目をぱちぱちさせている。どうやら意外な質問だったようだ。だが、いまさらながら聞きたかった話でもある。
「横暴であっても世の中はそれが気にならないくらいにはまわっているのさ」
「許される範囲でやっていると?」
「どうだろうな。ソウジ家は一族が常に政体の中心に君臨するような仕組みを作った一方で、態勢の根幹を揺るがしていない。だけど、皇家を乗っ取る悲願は成就させようとしている」
「ソウジ・ガレイは独裁者を目指しているんですか?」
「独裁は能力主義から生まれるだろ。でも、最終的には自身が能力が足りなくなって粛正をはじめる。結果的に能力主義の否定をはじめるのが平凡な独裁者だ」
つまり能力主義では最終的に政体は保てない。では、どうするのか。
「ソウジ家は千年に渡っての歴史を作って箔を付けた。あとは皇家を取りこめば世界を手中に納める物語は完成する」
「そうなればガレイは自身の望むまま世界を操作するのでは?」
するとシンクは少し考えこみながらゆっくりとした口調で答える。
「実は言うとそこは大した問題じゃないんだよ。そもそも民主主義の仕組みはどうして作られたと思う?」
「民衆の声を反映させるのが目的ではないんですか?」
「それは建前だよ。民主主義は為政者の生存率をあげるために考案されたもので、それ以上でも以下でもない」
悪い結果が出た場合、政治の責任として転嫁される。その際に生贄として為政者は犠牲になる場合がある。ところが選挙などで民衆が選ぶ場合はその限りではなく、民衆にも責任の一端を押しつけられる。
「為政者は民衆の声を必ずしも聞く必要はないと?」
「民衆は良い政治を望んでいるわけではなくて、自分たちの生活を守ろうとしているんだよ。内部の人間関係で構成されている政治というものに関心が持てるわけがない」
それはもう専門家の領域である。
「本来は民衆の声という名の中央値を図る物差しとしての役割。責任は選挙に落ちて職を失うだけで済む」
「そうなると民衆の声を聞こうとする為政者は必ずしも優秀ではないと聞こえます」
するとシンクは自嘲気味に笑いだす。
「ティユイは優秀な政治家とは何だと思う?」
その問いにしばらく考えこんでからティユイは答える。
「優れたリーダーシップとかでしょうか?」
「それはあればいいものだな。俺が考える必要な資質とは――」
――敗北を認められること。だとシンクは言う。
するとティユイの釣り竿が揺れたような気がした。
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