■朝がきて二人
早朝、霧がかった旅館の玄関からどんよりとした表情のティユイがやってくるのが見えた。その姿にユミリは苦笑いを浮かべる。
「なんちゅう表情してるん……」
「そういうあなたは溌剌としてます」
「わかる?」
ふふんと勝ち誇ったような表情をユミリは浮かべた。
「……嫌な女」
「散々見せつけられてたんや。これくらいええやろ」
ティユイは頬を膨らませてユミリにジト目を向ける。
「キリくんは?」
「あいつは起きてこれへんと思うよ。他の王女もきとるしね」
「……どういうことですか?」
「ハーレムいうんはな。愛の徴収と分配や。つまり政治なん。まだ外は冷える。中で話そ」
ユミリはティユイを手招きして館内へ誘う。
「キリくんは浮気クソ野郎ってことでいいんでですよね?」
「ま、あんたからすればまんまそうやろな。でもキリはリルハのことを憎からず思とるし。ティユイのことは本当に好きやで。実際、ティユイはキリから『好き』って言うてもらったんやろ」
「……そうですけど」
故郷に恋人がいたとは聞いていない。
「私らは一見気楽そうにクエタの海を航海しとるように思うかもしれんけど、艦船で海を渡るのは危険な行為なんや。万が一は有り得るから後先どうなるかわからへん」
――そこまではわかるな? と聞かれてティユイは神妙な首を縦に振った。
ユミリは館内のロビーにあるソファ席へ座るようティユイに促す。
二人はソファに腰かけるとユミリから話をはじめる。
「さて、現状の話をしよか。キリが五〇〇年前の光雨帝の子息やいうんは聞いとるな?」
「はい」
「次の五カ国会議でなキリには出席が求められとる。ということはそこで皇子として推薦をされる流れや。そうしたらセイオーム国議会はそれを受けてキリを皇子と認めるやろう」
「そうなるとどうなるんですか?」
思えば考えたこともなかったという表情だった。ティユイはキョトンとしている。
――そうだろうな。ユミリは納得するしかなかった。
「キリは皇家に入るからティユイとは姉弟いう立場になるやろな」
ティユイは目を丸くする。
「つまりティユイはキリの正妻にはなれへん」
「なんか血の繋がってない姉弟も背徳感あってこれはこれで……」
ティユイはふへへと気持ちの悪い笑みを浮かべている。その姿に「これなら大丈夫か」とばかりユミリはふうと一息つく。
「さて、真面目な話や。こうなるとキリ皇子の正妻を探す必要がある」
「四人の王女から選ぶんじゃないんですか?」
「四人の王女は巫女でもある。海皇と四国を繋ぐ架け橋であり、自国の儀式も司るんや。いわゆる側室に近いんやな。だから姫巫女は正式な夫を持てへん」
「正式な夫?」
ティユイは呪文をなぞるよう口にしながら首を傾げる。そこをあまり深く突っこまないでほしかったなとユミリは敢えてその話題を無視することに決めた。所詮は慣例なのだ。身近に迫りくる愛を押し留めるなど実際はできはしない。
「それにこれは政治や言うたやろ。寵愛が傾けば場合によっては傾国に繋がってまう」
そこでバランスを取る調停者の存在が必要となる。
だが、その人物は案外と近くにいるのではないかとユミリは予感していた。
――◇◇◇――
ターバ軍港基地内の一室にて。天神のレイア、シンクと紀ノのマコナ、スナオがいた。
「キリ隊員の石汎機以外は整備でしばらく動けないんですね」
――こればかりは仕方ないと一同は納得する。この機会にオーバーホールまでやってしまおうと言われていた。そうなると機体は動かせなくなる。
「キリ機は回顧都市内に駐留できる場所があるので、王女の護衛を兼ねて派遣します」
スナオは事務的な口調で報告をしてくる。
「休養、か。キリは逆に疲れるんじゃないか?」
シンクの質問に「どういう意味?」とばかりレイアは目を細くして顔を向ける。それに対してシンクは「他意はない」と目線で伝える。
そんな二人の世界に入りつつあるのをマコナが咳払いで戻す。
「ティユイ皇女は基地内で待機ということよろしいですね?」
「月輝読も動けないからね」とレイアは捕捉する。
「こんな時に襲撃を受けると大変ですよね」
スナオが何気なく発言すると一同の視線が集中する。三人も困ったようななんと言っていいのかわからない表情だ。
「な、何でしょうか?」
――いや、別に。同じ口調で三人はハモらせるのであった。
――◇◇◇――
ターバ海域付近にて。航行中の輸送艇にシンゴとエリオスの姿があった。
「これで仕込みは完了っと」
一仕事を終えたとばかり座席の背もたれに深々とシンゴは預ける。
「楽しそうだね」
エリオスは口許の端をあげているものの目が笑っていない。
「エーテルってこの世界だと溢れているから、そこから情報を送りこんで精製するだけで完成するんですよ。すごいじゃないですか」
「だけど、この世界の連中はそれをあまりやらないよね。どうしてだろうか?」
「気がついていないとかじゃないんですか?」
――いや。それはあまりに単純すぎる。新人類は情報量を重視しているように思えた。おそらく工程を与えることで情報量を増しているのではないだろうかとエリオスは考えた。
「どうだろうね」
この子供にそんなことを言っても仕方ないかとエリオスは答えをはぐらかす。
「私はあくまで付き添いだ。好きにやりたまえよ」
「言われなくたって」
――やってやるとシンゴは息巻いている。
「……悪趣味な作戦だ」
子供を焚きつけてやるにはあまりにだ。シンゴは前のめりで実行しようとしている。冷静に考えれば後々まわりから反感を買うだけなのだが、そこにまで頭がまわっていないようだ。
(俗物とは思えばそういうものか)
ふとソウジ・ガレイが思い浮かぶ。まさしくという代表例だろう。
今回の標的は四人の王女でもなければティユイ皇女でもなかった。すべてはある人物の抹殺にある。
エリオスは今回あくまでシンゴのフォローにまわる立場だ。気楽に展開を面白おかしく見守ってやろうと決めていた。
(せいぜいしっかりやるんだね)
澄ました表情の仮面の裏では侮蔑と嘲笑をシンゴへ向けるのであった。
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