■キリとガレイ
ユミリ王女とガレイが会談を行うとされる邸宅。その裏口のほうからキリとセナは入り、彼女のもとへ向かっていた。
「セナさんとルディの行為はどういう手筈だったんですか?」
「私たちがセイオーム軍から受けた要請はターバの本土防衛。第一三独立部隊から受けた指令はユミリ王女の救出。矛盾しているかい?」
どちらもセイオーム軍からの正式な要請である。しかもセナたちは第一三独立部隊の石汎機を一機拿捕して、もう一機は戦場に釘づけている。十分に任務は達成しているとも言えた。
「救出はギリギリになりそうだね」
ひょっとしたらガレイがユミリと先に接触するかもしれない。そうなると連れ出しは困難になる。
「どうすればいいですか?」
「二手に分かれよう。私がユミリ王女の確保を優先する。君は閣下の進行を阻害、または攪乱してくれ」
セナはまっすぐ走れと右手人差し指をくいくいと指す。
「……了解です」
「ユミリ王女は私に任せてくれ」
次の曲がり角でセナは左に曲がる。キリはそのまま直進をする。
「何だ、貴様は?」
するともう一つ向こうの曲がり角から大柄の男が現れる。いかめしく威圧的な雰囲気を隠そうとしない。
キリはその顔に覚えがあった。ソウジ・ガレイ本人である。そしてキリの軍服姿を見て察したようであった。
「……そうか。貴様らか、ネズミとはな」
おそらく任務はこれで達成したということだろう。キリは安堵する。
「大局も見えずにただの駒風情が。失せろ。目障りだ」
「あなたは狭量なんだな。自分が世界の命運を握っていると考えている」
ガレイの眉がピクリと動く。
「世界の趨勢は私が握っているのは事実だ」
「それすら与えられたものにすぎないよ。個人の力とはどこまでも個人のものだ。それ以上でも以下でもない。特別な力が自分に備わっていると思うのはまわりからの承認があるかだろう」
「私にはそれだけの能力がある。だから選ばれたのだ!」
「能力主義の極致は独裁なんだろうな。でも、独裁者はやがて自身の能力不足に至って弾圧をはじめる」
――求められる最高値は常に時系列とともに変化していく。もっとも優れている者は時間とともに劣化していくのだ。その自分の優位性を固定するために独裁者は弾圧をはじめる。
「私が劣っていると言いたいのか?」
「独裁者が弾圧するのは当たり前のことだ。だから、あなたはごく普通のありふれた独裁者の一人でしかない」
優れた独裁者は弾圧をする必要がない。だからソウジ・ガレイは平凡な独裁者だと指摘したのだ。それはガレイにとって耳障りのいい言葉ではなかっただろう。
「永遠の命を持った私が平凡だと?」
「かつての優れた人間の定義は限られた時間で成果を出すことを指すはずだった。いくらでも時間をかけてもいいから不老不死になるというのであれば優れた人間の定義はえらく変わったんだな」
永遠の命を自ら選ぶこと自体が凡庸だと指摘されてガレイの瞳にあからさまな怒りの色が浮かぶ。
「愛を形にするから子孫ができる。新たに産まれた命は古いしがらみから解放されて、存在を更新していくんだ。だから古い命が終わりを迎えるのは命が永遠であることの証左になる。あなたは長い人生を送ってきたのにそれすらも理解できなかったのか?」
ガレイが一瞬キリの背後に何かを見たのか思わず後退する。
「き、貴様は何者だ?」
キリは問いかけられる。それと同時に後ろからセナの声がした。
「王女は保護した。長居は無用だ!」
キリはガレイに背中を向けて走りだすのであった。
――◇◇◇――
「スズカ王女が自ら戦場に行かなくてもよかったのよ?」
「アズミ様が帰郷できても奥方に会いにいけないのは女である私の責任です。殿方を追いつめて戦いはじめるのはいつも女が原因でしょう?」
レイアは天神を寄港させてからすぐさまにスズカを連れて戦場のほうへ向かっていた。「とは言え、やりはじめたのは当の本人たちよ。責任を感じることはないわ」
「それでも止めるくらいはできると思います。要は納得すればよいのですから」
二機の人機が組み合っている足下でルディとアズミの姿が見える。スズカとレイアはここまで連れてきてくれた車輌を降りると走って二人の方へ向かう。
「ホント、まだやってるわ……」
年甲斐もなく罵り殴りあう二人を見てレイアは呆れてしまったようだ。隣にいたスズカは立ち止まったレイアより前に出る。レイアに咎められたが構うことはなかった。
「静まりください、御二方とも!」
凜としたスズカの声が戦場に響きわたる。すると二人の手は止まり、視線が自然とスズカに集まる。
「スズカがどうしてここに?」
ルディは目を丸くしている。亡命をしたことを知っていたはずだが、ここに出向いてきたことを知ったのであろう。
「ルディ、アズミ様はあなたに妹君を預けていいのかと問うているのですよ。大丈夫です。私は受け入れますから」
「……それを聞いて安心しました。スズカ王女、妹を頼みます」
アズミはルディから手を引いて、スズカに対して頭を下げる。
「ルディ、あなたに私は謝らないといけないわね。それとユミリを守ってくれてありがとう。さすがは蒼天龍に選ばれた繰者です。あなたは私の誇りです」
ルディとも話し合うのはこれからだ。これからはじまるのだ。久々に愛おしい男性の姿にスズカは受け入れてもらえるのか不安になりながらもその胸に飛びこむのであった。
――◇◇◇――
第一三独立部隊がターバの制圧を宣言して幕は閉じた。現在、キリとユミリは二人で別の施設に待機している。
セナは別の用事があるということで、ここまで二人を送り届けると早々に去ってしまった。
「ここ旅館なんやって」
「今日はここに宿泊ってことか」
一応、護衛の意味合いもこめてここにキリは待機ということだろう。キリは一人掛けのソファに座る。するとユミリが膝のうえに半ば強引に乗っかってくる。
「……何だよ、急に?」
ソファの肘置きに両手を置いてキリが身動きとれないようにして顔を近づけてくる。
「キリ、自分の状況は理解できとる?」
「俺に皇位継承権があるって話だろ。だからって俺が皇子になるって話じゃないはずだ」
「ところがそやないんや。あんたは五カ国会議へ出席のオファーがセイオームを除く四カ国から出とるんや。そこで四カ国の王から推薦を受けることになる。そしたら議会から承認を受けてキリは皇子になる」
「……まるで予言みたいだな」
「こんなん予言でもなんでもない。確定事項やで。もう外堀は埋まりつつあってキリに選択権はない状況や」
キリはふうとため息をつく。
「これからどうなるんだ?」
「ティユイにとってはええかもしれへんよ。女性を海皇にして、その子供を次期海皇にするいうんがソウジ・ガレイの主張やったしな。これを崩せるわけや」
「……でも、ティユイは――」
「そうや。少なくとも皇位継承からは解放してあげれるやろ」
ユミリの手が優しくキリの頬を撫でる。
「姫巫女と関係もキリは良好や。誰も反対する理由はあらへん」
「ユミリ……?」
「私の踏ん切りが悪くてお姉ちゃんにずっと遠慮させとったんや。そしたら、あんな風にはならへんだ。だから私は腹をくくるんや」
唇と唇が触れあいそうな距離。
「私、実はあんたのこと好きやねん」
「……いま言うことかよ」
「魂と魂が惹かれ合った結果や。私にはどうすることもできへん。だから姫巫女としての義務と自らの愛のために私は生きるって決めたんや」
「だからってそれをいま発揮しなくてもいいだろ……」
鬼気迫る雰囲気のユミリにキリは引き気味だった。
「ええやろ。ティユイのことも任せとき。ちゃんと話をまとめとくから」
――大丈夫なのだろうか? とは言えユミリの圧に押されて何も言えない自分がいる。
目の前ではユミリが自信満々に笑みをこぼすのであった。
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