■出発
「キリくん、別行動になりますけど無事を祈っています」
「ティユイも気をつけて」
ティユイとキリは軽く抱擁を交わす。
「それはそうと昨晩はどこにいたんですか?」
「出撃前に何でややこしくなりそうなことを聞いてくるんだよ。副長と一緒だったよ」
だが、その答えにティユイは不満そうだった。
「どうして私に会いにこなかったのかを聞いているんですけど?」
「……合わせる顔がなかったんだよ」
すると横から咳払いが聞こえる。
「もうすぐ時間よ。繰者各位はさっさと持ち場に行きなさい」
二人はそれがレイアであることに気がつき、慌ててその場を後にする。
「まったく。こんなところでいちゃいちゃするんじゃないってんのよ」
レイアは悪態をつく。その横でシンクは吹き出しそうになっている。
「彼の言うとおりだよ。キリはある女性のことで頭がいっぱいだったんだ」
――それでは他の女性へ会いにいけない。
――◇◇◇――
「これがターバなんだ……」
ケイカがターバ内の映像を熱に浮かされたような表情で見ている。状景を懐かしむように。
「ええ、ターバ攻略戦が終われば一時的に駐留するそうですから。中をまわる機会があるかもしれませんよ」
カリンはその表情から何かを察したのだろう。ひょっとしたらの範疇ではあるが、レイアに提案してみようかと思いはじめていた。
「……ここ、私が住んでいた町に似ているんだ」
「そうなんですか?」
「何もない田舎町なんだけど、すごく雰囲気が似てる」
そういえばケイカは自分の世界への帰還を望んでいたことを思い出す。もっとも、それは叶わないことだ。そもそもとしてここにいるケイカとケイカの素となった少女とは別人なのだ。
ケイカの形成された人格と肉体はあくまで別世界から参考にすぎない。だから似て非なる存在だ。だが、それでも記憶はあるのだ。それが自身が自身であることを自覚させる。
「もし大丈夫だったら行きたいところがあるんだけど大丈夫かな?」
「もちろん」
カリンは友人の頼みを快く受け入れるのであった。
「ティユイを差し置いて、そんな女性がいたのね」
――どんな女性かしらね? 首を傾げるレイアにシンクは肩をすくめる。
「何よ?」
わかってないなという態度にレイアは憤りを見せる。
「こればかりは言えないよ。男同士の話だからな」とシンクは笑いながら答えるのであった。
――◇◇◇――
そこは艦内に設けられた賓客室であった。決して広い場所ではないが、軍属でない者が乗艦した際に案内される部屋となっている。
仮面を付けた状態でアズミはその部屋までスズカを案内する。
「スズカ王女は天神に乗艦なさるのですね」
「ええ、繰者としての働きを期待しますよ、アズミ――シノブ様」
スズカはハッとなって言い直す。
「お役目は果たしてみせましょう。ところでターバ内の守りに蒼天龍と嶺玄武が就くそうです」
「そうですか。ルディはともかく嶺玄武の繰者は――」
アズミの妹セナだったはずだ。
「セナが役目を果たしているかを確認するよい機会だと考えています」
仮面を被って言う姿がスズカには何ともおかしかった。笑いを堪えるのに必死だ。しかも本人は大真面目ときている。
「厳しいのですね」
「甘やかされて育ったわけではありませんよ。でなければ繰者になろうとは思わないはずです」
「クエタの海に出るには勇気が必要ですものね」
「触れれば一瞬でクエタの海と同化してしまいます。そのような海を渡るのですから」
人生で一度も水母から出ずに人生を終える人も多いのだ。軍隊などに入っていなければまず水母の外に出ようなどと考えないのが現在の人間である。
「……して。ハルキア軍は第一三独立部隊の艦への攻撃を差し控えると公表しました」
「ハルキアと直接戦うことはなくなったのですね」
――何よりです。スズカは胸を撫で下ろす。それでもターバ防衛に蒼天龍を就けたのはセイオームへの配慮だろう。
「王女の動きでハルキアは軍事力を温存できます。ターバを落とせば勢力図が大きく変わるでしょう」
「セイオームは後退するでしょうね。そうなったらフユクラードはどうすると思いますか?」
「ターバを占領されてはフユクラードといえどハルキアで勢力を保つのは厳しいでしょう」
「あなたがそう言うのであれば間違いありませんね」
「軍全体を把握しているわけではありませんよ。どこまでのところでも私は一介の繰者ですから」
「随分とご苦労をなさったのね」
スズカは思わずアズミの顔へ手が伸びそうになる。
「あれ、お兄ちゃん? その変な仮面は何?」
扉が開いて入ってきたのはアズミの妹であるリルハであった。その姿をみてスズカは慌てて手を引っこめた。
リルハに続けてキリも入ってくる。どこかアズミを意識しているようでよそよそしい。
「キリくん、チームとしてよろしく頼む」
「こちらこそ」
アズミから歩み寄る形で握手を求めるとキリもそれに応える。
「しかし妹の件については別だ。君には資質と度量というものを要求する」
アズミの握る手に力がこもっているのが端からでもわかる。
「もう。やめてよお兄ちゃん。結局デキなかったんだから」
スズカが「まあ」と驚いた様子で両手で口を押さえる。
「身内の前で言うことか」
「いまはシノブなんでしょ、お兄ちゃんは」
リルハはアズミの手をキリの手からはがす。
「合意だったんだから問題ないでしょ。それに私、何か間違ってた?」
リルハに睨まれてアズミは口をむずむずさせる。仮面で目を隠しているが何とも情けない表情をしていることだろう。
一方のキリも心底ホッとした様子だ。こういう場面で男は何とも情けなくもあり、可愛げを感じてしまうスズカであった。
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