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ヴラシオの世界より~遙かなる時空の彼方に新人類はクラゲの中で揺蕩う~  作者: あかつきp dash
第六話 雪原より芽吹く蕾は東風に撫でられて
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■忌避感の意味

「カリンは納得しているの?」

 ケイカとカリンは名前で呼び合うような仲になっていた。同世代ということもあり気があったのだ。


 二人は基地内の談話室にいた。先ほどまで外にいたのだが居続けるのは少々寒かったので、二人は室内に入り温かい飲み物で体を温めていた。


「戦争のことですか? もちろんですよ。大事な興行ですから」

 カリンはその問いにためらいもなく答える。


「戦争なんて物騒すぎるよ」

 カリンの感覚が信じられないのだ。戦争とは街が破壊され、人々が蹂躙――。


「――されないわよ」

 基地内にある談話室にレイアが入ってくる。


「あなたは自分のいた時代の価値観に照らし合わせて戦争を忌避しているのね」

「どういうことですか?」


 レイアは二人の前に空いている席に座る。

「忌避感とは生きている時代の常識や慣習に照らし合わせて看過できないもののことを指すわ。あなたの生きた時代の戦争とはきっと恐るるべきものだったのでしょうね」


「私は戦争で多くの一般人が死んでいると聞かされました。戦争とはかくも無惨なものだと」

「戦争はあくまで手段。実際に戦争が起こることで民衆が嬉々とした時代もあるのよ」


「……信じられません」

「でしょうね」と納得できない感じのケイカにレイアは肩をすくめた。


「ちなみに現在の戦争は避難勧告が一月前には発令されるようになっている。クエタの海には一般の往来はほとんどないわ。ましてや戦争中。水母内でも居住区から遥かに離れたところで戦闘は行われる。戦場と生活区域は徹底的に区別されているわ」


「平和的なんですね」

 皮肉めいたケイカの物言いにレイアは苦笑いを浮かべる。


「人機が人型をしているのは直接人間の手や足を切り落とさなくてすむからよ。暴力装置は目に見える形で存在しなければならないわ。そうすることで争いが終わったときに両者は納得をするの」


「そんなものでしょうか?」

「平時なんてものは有史以来存在した(ため)しはない。いつだって戦争という手段は検討され続けられていたし、目に見えない形で争いは常に起こっていた。現在は人的被害を抑えたうえで興行になったに過ぎない」


 ――なかなか理解しがたい話でしょうが。そんな風にレイアは困りながらも笑顔を浮かべるのであった。


   ――◇◇◇――


 桟橋の近く星々を見あげながらキリは一人寝転んでそこにいた。

「そんなところで寝ていると冷えるぞ」


 声を掛けてきたのはシンクであった。彼の両手には湯気がうっすらとのぼっているマグカップ――その一つをキリに差しだしてくる。


「副長が俺に何の用なんです?」

 キリはそう言いながらも上半身を起こしてマグカップを受け取る。


「つれないな。同じ女に関わる男同士だろう」

 シンクはキリの隣に座る。


「レイア艦長と付きあいは長いんですか?」

「千年ほどになる。ここまでくると腐れ縁を通り越した何かだな」


「長いんですね……。副長は子供とかいなかったんですか?」

「子孫はいる。何ならお前の知り合いにいるよ」


「本当なんですか?」

「ああ、でも自分から名乗ったりはしない。だからお前にも教えないよ」


 シンクはこの話は終わりとばかりに打ち切ってくる。

「……副長は俺の育て親が実は妹だって知っていたんですか?」


「何なら面識もあるよ。ヒズルがいなくなったあとは俺が面談に行かないといけなかったからな」

「そうだったんですか? 母――レイア艦長は?」


「身内が面談に行くのは差し控えるさ。……少しレイアの話をしようか」

 ――レイアは不老不死体の手術を受ける前は一般の女性だった。夫もいて懐妊もしていたが、事故でその両方を失ってしまった。


「お前たちには兄姉がいたんだ。彼女はそれでずっと苦しんでいた。不老不死体の手術の過程で子供を産めない体になってしまってな」


「だとしたら、どうやって俺たちは生まれたんですか?」

「レイアの遺伝子をもとに卵子を人工的に作り出したところにコウカ皇子が精子を提供したんだ。当時、皇族たちはソウジ一族が自分たちの地位を簒奪しようとしているのを敏感に感じとっていた。だから様々な手段を用いて皇族たる男系の子供を遺す必要があったんだ。彼らが作っていく法律の穴をくぐりながらね」


「じゃあ、レイア艦長は――」

「そうだ。彼女はコウカ皇子の即位と共に皇后になった。軍人の女性が皇后になるような慣例はその時からだ」


「俺はレイア艦長を母親だなんて……」

 そう簡単には認められないとキリは苦悶とともに吐露した。


「そう言ってやるな。あれでお前といられることを喜んでいるんだ。軍隊を率いている長な手前で表に出さないだけでな。何より赤ん坊だったお前たちを抱っこもしてやれなかったことを今も悔やんでいるような女性だよ」


 ――子供なんてさっさと大きくなるからさっさと会いに行ってやれと言ったんだがな。とシンクは囁くような口調で言った。実感のこもった言葉であった。


「レイアとコウカ皇子は本当に愛し合っていたよ。愛の形を子を成すことで表現できる――だから世代を重ねることに意味があるんだ」


 ――ちょっと臭いか? とシンクは苦笑いする。

「それをわざわざ言いに来たんですか?」


「さあな。でも、あまりに二人が不器用すぎると思ったんだよ。ただ、お前が思っているほど親子として過ごせる時間は長くないぞ。そのうえでレイアとは向き合ってやってほしい」

 

 それだけ言うとシンクは立ちあがる。

「明日は早いぞ」と言い残してシンクは立ち去る。キリはもう冷めてしまったマグカップの飲み物をぐっと飲み干すのであった。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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