■黄の皇女と白の姫巫女
「あなたがティユイ皇女だね。僕はヤシロ。もうすぐアークリフの姫巫女になる予定だよ」
ヤシロはキリの右腕を組んでいる。
「はじめまして」
ティユイは社交辞令の笑顔で返答する。ついでに二人を強引に引き剥がす。
「キリ君はやっぱり年下が好みなんですね。それもちょっと見た目が幼い感じの」
「おい。誤解を招くようなことを言うのはやめろ」
「そうだそうだ。僕はこれから成長するのさ。いまに見ているといいよ」
「そんなのいつの話なんですか!」
キリの右腕を強引に奪い取ったティユイはふふんと鼻を鳴らして勝利宣言をする。
「見たまえ。キリにはティユイ皇女以外にも僕のように君を好く娘がいるのだろ。君はその度にこの皇女の嫉妬を受け止めるつもりかい?」
「嫉妬なんて!」ティユイが抗議をする。
「ティユイ皇女を批難しているわけじゃないんだ。これは必要なことなのさ。身内のみの話であるならば痴情のもつれと片付けられる。けど、これに権力が絡むとどうなる?」
「闘争が起こるということですか?」信じられないとティユイが驚愕する。この感情の揺らぎがそこまで大きな事態を起こすとは思えないのだ。
「だから権威の象徴である血統の物語と権力の物語を分ける必要があったと考えられないかな?」
「ですが、情念の問題はそれだけで解決しますか?」
「解決なんてできないよ。身から出るものだからね。だけど身内の問題で済ますことはできる。本来、嫉妬はあるべき感情だ。忌み嫌うものじゃない」
「なりふり構わなくなってまわりを巻きこむのが問題なんだな」
キリが納得したように頷くとヤシロは満足げに頷き返す。
「なのにどうしてソウジ・ガレイは統合を目指すんですか?」
「強き者であろうとするからだろうね。そういう人間はあらゆるものは克服できると考えてしまう。本能に乗っ取られた知的生命体と化すんだ」
「だから増長もするというのか」
「じゃあ、キリならどうする?」
ヤシロは再びキリへと向き直るのであった。
――◇◇◇――
天竺と呼ばれる艦にソウジ・ガレイは乗艦していた。この艦は首相護衛のために建造されたものである。
「ターバにソウジ・ガレイ閣下を連れて行くのは問題ないんですか?」
シンゴはエリオスに訊ねた。二人はミーティングルームにいた。ソウジ・ガレイは自室で休息中である。
「彼がどうしてもとユミリ王女に会いたいというから私たちも護衛に駆りだされているわけだ。まあ現地が戦場になるわけだから面会時間はほとんどとれないだろうけどね」
「そうまでしてやる意味はあるんですか?」
「地位を持つ者にとって面子とは命より重いものなんだよ」
「その物言いだとよくご存じのように聞こえますね」
他人事である一方で経験者のようにしみじみとした語り口調であったためシンゴはそう思ったのだ。
「ああ見えて追い詰められているのかもしれないねぇ、彼は」
「エリオスさんは機体も持ちこんでましたよね。戦争には参加するんですか?」
「ああ。護衛の一環としてね。セイオーム軍は一年前のハルキア侵攻でかなり痛めつけられて、未だ回復には至っていない。そこで私の騎兵団の出番というわけさ。こっちも戦闘データがとれるから、声を掛けてもらえれば喜んで提供するよ」
――やぶさかではないということらしい。
そもそもソウジ・ガレイの外遊目的は自分の存在を各国にアピールすることが表向き。実際は姫巫女との逢瀬が目的であったはずだ。なのに四国のうち三国の姫巫女は第一三独立部隊に押さえられている。
要は本当に手にすべき目的がこのままだと何も手に入らないとなってしまう。
――これが面子というわけか。
さぞ荒れていることだろうとシンゴはガレイをなだめるダイトの姿を思い浮かべるのであった。
――◇◇◇――
ブカクのブリーフィングルームに第一三独立部隊の主立ったメンバーが招集されている。
目的はこれから開始するターバ攻略戦の作戦内容を各自に伝えるためだ。
壇上にはレイアと横に控える形でシンクの二人が立っている。
『これからの作戦内容については私――第一三独立部隊司令官ヒイラギ・レイアが説明をします。』
よろしく――。レイアが一言を告げて話をはじめる。
『我々の戦力は天神、紀ノ、藤古の戦艦三隻。人機については六機。うち藤古はフユクラードの国境付近まで退がってもらっていて、その護衛のために人機一機を付けているから前線に投入可能な人機は五機。それをさらに二部隊にわける』
レイアは映像を使いながら説明をする。
『私が指揮する天神はまっすぐターバへ向かう。セイオーム、ハルキアの連合部隊は紀ノで抑える』
部隊の編成は天神にキリとアズミ。紀ノにティユイ、ホノエ、ハクトが就く。
『天神の目的はユミリ王女の救出、紀ノの目的は敵戦力をできるだけ多く削ること。それでセイオーム軍はハルキアに駐留できなくなるわ』
ブリーフィングルームの端の方で聞いていたキリは服の裾が引っ張られていることに気がつく。
「どうしたんだティユイ?」
小声で返すとティユイも小声で答える。
「ターバってそんなに重要な水母なんですか?」
「ターバは他国と国境に接する水母で一国だけじゃなくて他の国とも隣接しているんだよ」
つまりハルキア国にとって玄関口と言っていい水母である。それだけにここを押さえてしまえばハルキアを占領しているセイオーム軍の補給路はは大きく迂回しなくてはいけない。
逆に第一三独立部隊にとってはブカクから直進コースがとれるようになる。これはブカク、ターバ間を行き来するコストの削減に繋がるのだ。
「私たちがターバへ向かうとブカクの守りが薄くなるのではありませんか?」
「だから後方に控えている藤古がブカクの守りに就くんだ。戦線が延ばされるってことは軍隊の配置図も全体を前進させないといけない。これが戦線の維持するってことだな」
ターバを押さえれば軍備の維持コストが増大してハルキアの継続支配は厳しくなる。レイアが狙っているのはこれであった。
「本当に戦争をするんですね……」
国同士の戦争に参加することをティユイはどう思っているのか。彼女は壇上のほうをまばたきもせずに考え事をするかのような表情を浮かべていた。それはおそらく期待感の中に不安をない交ぜにしたようなものかもしれない。
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