■親子
キリとヤシロは賓客室に通されていた。二人は並んでソファに座り、対面にはレイアが見るから困った表情を浮かべている。その隣にいるシンクはいまにも部屋を飛び出そうとしているのだが、服の裾をがっちり掴まれている。
「レイア様は彼に伝えていなかったんだね」
ヤシロが最初に口を開く。するとレイアは唇を尖らせて黙ったままおずおずと首肯する。
「レイアがキリに顔を直接合わせたのも一年前だ。名乗ってなかったのは――ただの落ち度だよ」
シンクが呆れた視線に向けられると、レイアはあからさまにムッとした表情になり顔をプイと背ける。
「どう考えても黙っている方がこじれるよね?」
「わかっていてもできないのがレイアなんだ……」
納得していないキリと視線を意地でも合わせようとしないレイア。とりあえずシンクとヤシロと話のすり合わせをする必要があった。そのために呼ばれたということなのだろうとシンクはふうとため息をつく。
「キリは何が不満なんだ?」
「シキジョウやヒズル爺ちゃんが家族でしたから。だからレイア艦長が母親だとか言われてもピンときませんよ。それより自身の出生です。ここにるっていうことはシンク副長は俺のことを知っていたってことですよね?」
レイアは少し傷ついたようでしかめっ面で俯いている。
「そうだ。ヒズルも君を育てたシキジョウ家の一部は知っていることだ。断っておくが、君がこの時代にいることと現状に因果関係はない。単純に状況が重なったんだ」
「それを納得しろと?」
まあ、そうだろうとシンクはキリに同意する。
「キリが光雨海皇の子息であると公表すればソウジ・ガレイ閣下の訴えている女系海皇を受け入れろという話が瓦解するのは理解しているんだな?」
キリは黙ったままコクリと頷く。
「正直、俺やレイアはお前を皇子として公表するのは反対の立場だった。その中でヒズルが君を海皇にすることを推していた」
「それとヒズル爺ちゃんがソウジ・ガレイ側にいるのと関係はあるんですか?」
「わからん。あいつがキリを海皇にすることとソウジ・ガレイにつくことは一致しないからな」
シンクは肩をすくめるもそれから話を進める。
「事実だけを述べるならキリが皇子であることを公表すればソウジ・ガレイの主張は破綻するあとは世論がキリを海皇であることを受け入れるかだが……」
「ティユイはどうなるんです?」
「彼女は海皇になる必要がなくなる」
それはティユイが矢面に立って戦う必要がなくなるということだ。
「……考えさせてくれませんか」
「もちろんだ」
会話が一旦打ち切られたあと、ヤシロは「あとは任せて」と言ってキリを半ば強引に連れ出した。
遺されたレイアはムスッとした表情でいる。シンクはさてどうしたものかと首を捻る。
「とりあえず、あれでよかったか?」
「よくはない。……ないけど、納得はしてる」
「もともと名乗るつもりはなかったんだろう?」
「そうよ。私と関わるってことは必然的に皇系の件で巻きこむってことだもの」
――もう遅いけど。結局こうなってしまったとレイアは深いため息をつく。
「ヤシロに関係なくこうなっていた気はするけどな。お前の娘は立派にキリを育てたと思うよ」
「……複雑な気分だわ」
「一緒に暮らすことも家族なんだろうが――」
シンクはレイアの肩に手を乗せる。
「血の繋がりも立派な縁だろう。家族の定義は家庭によって変わるものさ。キリはまだ君が母親であるという事実を受け入れられていないだけだ」
――そうかしら?
これからだよ。ようやく母と息子が邂逅したのだ。まだはじまったばかりだとシンクはレイアに告げた。
――◇◇◇――
「ご無沙汰しています。えっと――アズミ様?」
スズカは妙なマスクを付けているアズミに声をかける。するとアズミは咳払いをする。
「謎の助っ人として来ていますので。ここではシノブを名乗っています」
「まあ」とスズカはクスクスと笑う。何せアズミがあまりに真面目な口調で言うからだ。
「私程度に見破られるのは変装とは言えないでしょう?」
「私もそう思いますが、こういうのは形からだとクワト艦長に言われましたのでね」
――ところで似合っていますか? とアズミが訊ねてくる。
「似合っている以前に怪しいです」
「これは手厳しい」
「奥様に見せられないでしょう」
――たしかに。そう答えてアズミは話題を変えてくる。
「私が別任務に就いてから連絡もできませんでしたが、お姿に変わりなく安心しました」
「ええ。ここまで来るのに苦労はありましたが、何とか五体満足です。あの……、アズミ様にはカミトで本当によくしていただきました。そのせいであなたにご迷惑をおかけしました。その奥様とは……」
スズカはもごもごと言い淀む。
「あなたの年齢を考えれば当然のことです。それに孤独は戦うものではありません。寄り添い合うものです」
「お上手ですね。そうやって他の女性も口説かれたのですか?」
アズミの眉がピクリと動く。口が引きつるのをかろうじて我慢したようだ。
「……子はできませんでした」
少し寂しそうな表情をしたかもしれないとスズカは思った。
「巡り合わせの問題かと。あなたにとって相応しい時期ではなかったというだけですよ」
アズミはマスクを外して優しく微笑む。彼はそういった男だったことを思い出す。
ハルキアにアズミが駐留することになってから交流が増えた。関係を持ちはじめたのはそれから間もなくで、それが発覚した後にアズミはすぐ本国へ呼び戻された。
――ひょっとしたらルディと出会えたことより嬉しいかもしれない。ルディは年齢的に年下で可愛い弟のような存在だが、アズミは頼りがいのある同じ年齢くらいの男性であった。
「ありがとう、アズミ様」
スズカが右手人差し指をアズミのほうへ伸ばすと互いの指先が触れあう。
夕暮れが迫り海が茜色に染まっていく。
もう二人の距離はこれ以上縮まることはないと言っているように。
――◇◇◇――
「スズカがブカクヘ行った?」
ルディはセナからの報告を聞いて驚く。
「ああ。スズカ王女は第一三独立部隊を伴ってハルキアへ戻るそうだ。彼女の要求は妹のユミリ王女の解放」
「ユミリがターバにいるという話は本当なのか?」
その問いにセナは首を傾げる。
「わからない。ただ、ターバのどこかにいる可能性が高い。ちなみに私と君はここで防衛を請け負うことになったよ」
二人はターバというハルキア国領の水母に滞在していた。エリオスに救助された後に連れて来られたのだ。
「つまり俺はユミリを人質にとられていて、第一三独立部隊と戦わないといけないんだな?」
「そうだね。私も本国から同盟の意志を示すために今回の戦いに参加するよう指示があったよ」
これで二人は共闘関係ということになる。
「……スズカ王女に出会えなくて残念かい?」
「……残念半分でホッとしているが半分だ」
「いまさら私との関係は気の迷いだったなんて言わないでほしいな。あなたへの想いは本気だよ」
「もちろんだ。俺も君とは通じ合えたと感じているんだ。ただ――」
ただ、スズカとどう顔を合わせていいのかわからないだけだった。
「しかしキリたちを迎え撃たないといけないのは心が痛むな」
「それが別方面から依頼がきていてね」
「内容は?」その方面か……。第一三独立部隊しかいないな。
「ユミリ王女の居場所を捜索。後に部隊と協力して救出を試みろとのことだ」
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