■漂泊
野鳥の鳴き声にルディは目が覚める。
テント内は決して居心地がいいというわけではないが、それでも朝までぐっすりと眠れた。
遮光性のすぐれたテントの中は真っ暗である。そこでルディは上半身を起こして室内灯をつけるとセナの姿がなかった。
ルディは目をこすりながら外に出ると、そこにもセナの姿はない。どういうことかと首を傾げるが寝起きで思考がパッとしない。
ルディの足は自然と川へと向く。
テントを設営後に釣りをして魚を捕まえることには成功した。何匹かは干物にして保存食にしてあるので迎えが来るまで食糧の心配はなくなった。
三日が経過してセナと生活するのも慣れてきたが、それも間もなく終わる。女性であるセナにはかえって気を使わせた場面も多く、反省すべき点は多かった。
もっともこの反省を次に生かすとしてもどこかで似たような状況に陥る可能性は相当なものだろう。
川の水で顔を洗う。検査の結果で水浴びするくらいなら問題ない水質である。当然ながら飲み水はろ過してある。
ただ風呂はもちろんシャワーなんかはままならない状況である。もう少し期間があれば考えたことであろうが。
ルディは自分の服の匂いなんかを嗅いでみる。当然、漂流してから着替えはしていない。替えがないからだ。果たしてセナは平気なのだろうかと考えてしまう。
「戻るか」
ルディは散歩がてら上流のほうへまわり道をして戻ることにする。すると水の滴る音がして、そこには動く人影があった。
ここにいる人影といえばルディ以外に一人しかいない。
「セナか?」
近づいてみると彼女は生まれたままの姿であった。
ルディは「すまない」と言って目をそらす。だが、見てしまったものはしっかり脳裏に焼きついていた。
「すまない。かえって気を使わせてしまったようだね」
セナはあははと大笑いをする。
「君に見られるのは想定内だ。でなければ、こんな野外で全裸にならないよ」
ルディはセナに背を向けたまま唇を尖らせる。
「……少し意地が悪いんじゃないか」
「そういうのを含めて私としてはやめられないな」
クスクスと笑いながら「失礼」と謝罪をしてくる。
「君にそんな茶目っ気があったとはな」
「誰にでも発揮するわけじゃないさ。これでも内弁慶なものでね」
本当だろうかとルディは首を傾げる。
「さ、着替えたよ。テントへ戻ろう」
ルディが振り向くと軍服に身を包んだセナの姿があった。
「あなたは体を洗わなくてよかったのかい?」
「……やっぱり臭うか?」
「どう言ってほしいんだい?」
再びセナは笑いだす。
さて、二人はテントに戻って腹ごしらえをするも、すぐにやることはなくなる。するとルディが口を開いた。
「君はどうして繰者になったんだ? 君の年齢であるなら子供がいても不思議はないはずだ」
「それは兄上にも言われたね。でも私は繰者になりたかったんだ。兄上のように人機を駆ってみたかった」
――結果は足元にも及ばなかった。少し自嘲気味な口調だ。
「兄上から嶺玄武を取りあげたものの代わりの繰者が私しかいなかったんだ。それもあって婚約の話もあったが全て断ったよ」
「そうだったか。サカトモの家系というのを差っ引いても君は十分に魅力的な女性だと思うがな」
――断られたほうはさぞ残念だったろう。ルディはそう言った。
「そういうあなたこそ独り身のようじゃないか。むしろ繰者に選ばれた時点で多くの男性は妻を娶るものだ。逸脱しているのはあなたもだろう?」
「一年前のハルキア侵略で出国しなければいけなかったからな」
ルディはスズカのことを思い浮かべた。
「想い人がいるんだね」
セナがじっと見つめてくる。その視線には熱のようなものを感じた。
「どうかしたか?」
「少し妬けるなって思っただけさ」
セナは意地悪く笑みを浮かべるのであった。
――◇◇◇――
「敵襲だって?」
キリたちは紀ノから警告がくるとヤシロを連れて外に出る。
「傘のほうから侵入を試みているようだ」
「今時奇襲とはな」
ハクトはうんざりした表情だった。
「敵機は三機。一機はセイオーム軍の石汎機だが、もう二機はデータにない」
「で、艦長はなんて言っているんだ?」
「三機はこちらに向かってきている。迎撃せよとのことだ」
「三対三ってことか」
「黄色い石汎機か……」
キリは不思議とその石汎機に乗っているのがヒズルではないかと予感する。
「ところで僕はどうすればいいんだい?」
ヤシロの発言に一同は考えあぐねる。
「ここに待機はまずいよな」
「戦地がどこになるか不明だ。最悪、ここも範囲になる」
ハクトとホノエは首を捻っている。
「だったら、僕はキリの機体に乗せてもらっていいかな?」
ヤシロがキリの右腕を掴む。するとハクトの眉がピクリと少し動いた。
「王女、ハクトが納得していないようですが?」
「うん。そのようだね」
ホノエに言われて、ヤシロはくすりと笑う。
「もし、ハクトさん」
ハクトはヤシロに呼び止められる。
「その姿でハクトさんなんていうのはやめてくれ。俺のことはハクトでいい」
「僕は君のお姉さんじゃないんだよ」
「そうだとしてもだよ。声まで一緒なんだから適わねえよ」
困ったような恥ずかしいような、ハクトはそんな顔だ。
「いまの君は戦場へ行く男の顔じゃない。僕のことを姉だと思って言ってごらん。言いたいことがあるんだろう?」
いまなら他の二人は聞いていないとヤシロは周辺を見渡して言う。
それにハクトは「……わかったよ」と渋々答える。
「あのときの俺は子供だった。出航前にした悪戯で俺は姉上を泣かせちまって帰ってきたら謝りたかった。けど……」
姉は帰ってこなかった。潜水艦の事故とはよほどのことがなければ生き残れない。
「俺は拗ねて見送りすら行かなかった。もう会えないなんて考えもしなかったから……」
「そっか。よく言えたね」
ヤシロはハクトの頬を撫でる。
「仲直りしようハクト」
ヤシロは優しく微笑む。
「そんな顔で言われちゃあ、嫌とは言えねえな」
「君のそういうところ、お姉さんが手を焼いたんじゃない?」
ヤシロが唇を尖らせる。
「最後にそれは勘弁してくれ」
ハクトは顔を引きつらせた。
三人はそれぞれの機体に乗り敵を迎え撃つ準備をはじめるのであった。
――◇◇◇――
マコナは深いため息をつく。
「クワト艦長はレイア艦長と旧知の仲であると聞いています。そのうえで伺いますが、今回の件についてどこまで把握をしていたのですか?」
今回の件とはキリのことだろう。彼が五〇〇年前とはいえ海皇の息子であるという事実はあまりに衝撃的な内容であった。
「当然、知ってはいた」
「ティユイ皇女を守るためというのはカモフラージュで実際に守らないといけない人物とは海皇直系の子息であるキリさんであったということですね?」
「それは正確ではないな。実際はどちらもというのが正解だ」
「どちらにしても政治的にあまりに大きな札では? ソウジ・ガレイ閣下の主張が完全に覆りますよ」
「むしろ裏返ることなどありえなかった。最初からソウジ家の主張は破綻していたと考えることもできる」
「どういうことですか?」
「単純な話だ。何らかの形で男系を繋ぐ手段は複数準備されていたという事実がある。それを今回一枚だけ見せてみたにすぎない」
「いずれにしても頭が痛いですね。第一三独立部隊が世界情勢の中心になるということですから」
それから敵襲の報告を受けて二人はテントから指揮を執る準備にかかるのであった。
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