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■漂流

 開けた場所を見つけるとルディは野営地をそこに決めた。蒼天龍と嶺玄武を片膝立てで待機させると、セナと共にテントの設営をはじめた。


 蒼天龍を片膝立てで座らせて右手の平を広げて地面に下ろすと、セナがテントの吊り紐を中指に引っかける。


 セナが離れるのを確認するとゆっくりと中指を曲げた状態で腕を二メートルほど持ち上げて、そこから高さを微調整する。


 あとはシートとともに四隅をペグで固定するだけだ。

 拠点が確保できれば次は食糧の確保だ。


「水は……近くに川があったな。ついでに釣りで魚を獲ろうか」

「釣りは得意なのかい?」

 ルディが眉間にしわを寄せている姿を見て、セナは少し心配になって声をかける。


「……こうなるならやっておくべきだったと思っている」

 するとセナが急に大笑いをはじめる。ルディは不満そうというより戸惑っているようだった。


「すまない。あなたは冗談が言える質ではないよね。でも、真顔でそんなこと言うものだから……」


 ――おかしくてとまた吹き出してしまう。

「この場合、私も協力を申し入れるべきだと思うんだ。いかがかな?」


 いまのところまわりから何らかの襲撃を受ける可能性はきわめて低い状況であった。であるならば、二人がこの場を離れても問題はないだろうという判断であった。


「わかった。君の提案を受け入れよう」

 ふうとルディはため息をつく。それは頼りないところを見せてしまった自分の不甲斐なさに対してであろうか。


「きっとうまくいくよ」

 根拠はまるでないだろうが、それは確信めいた物言いであった。


「……頼りにさせてもらう」

「ああ、そうしてくれ」


 リュックを背負ったルディの後ろをセナが追いかける。

「はりきりすぎはいい結果を生まないよ」

「俺がはしゃいでいると?」


「少なくとも冷静とは言えないかな」

「……君はどうなんだ?」

「私はあなたに対して先ほどの指摘ができるくらいには、かな」


 ルディはふむと顎に手を当てて考える。

「そんなに考えこまないでほしいな。お互い、肩の力は抜こうって言うんだから」

「それが君のやり方か?」


「そうだね。流儀というべきかもしれないな。お互い敵だ味方だなんて状況じゃないしね」

 ふふとセナは笑いながらルディより先行をはじめる。


「それは同意するが、自活というのがどうもな」

「やったことがないことは誰でも不安なものだろう。なら、その気分を和らげる手伝いをさせてもらうさ」


「君はそんな風に状況を観察しているんだな」

「褒めているつもりかい?」


 だとすればわかりにくいんじゃないかとセナは眉根を寄せて困ったという表情になる。

「……こういうことは苦手なんだ」


「でも、正直に口に出す。あなたは誠実な人だ」

「褒めるのがうまいな。つい乗せられそうだ」


 これに対してはルディも真顔で言うものだから、さすがのセナも反応に困ったようだった。

 川には間もなく到着しようとしていた。


   ――◇◇◇――


「これが(かすみ)ね」

「はい。刀身は形状記憶の流体金属ですから盾と剣の形態を状況に応じて選べます」

 

 技術者からすれば盾の形態とはいわゆる納刀の状態であるということらしい。

 レイアとシンクは技術主任より蒼天龍の新武装についてのレクチャーを受けていた。

 映像から刀身が盾から剣へ変形するところを見せられているところである。


「カナヒラの一族に剣を持たせるのは殺意が高すぎるから忌避してきたんじゃなかったの?」

「状況がそうではなくなりつつある。実際に殺意を向けられたからな」


 ――そうね。レイアはため息交じりにつぶやく。

「仕様は理解したけど、もう実戦では使えるの?」

「試験は十分です。実用には申し分ないかと。ただ……」


 レイアとシンクは顔をあげて言い淀む技術主任の言葉を待つ。

「何せ流体金属を利用した兵装は過去に例がないものですから」


 ――問題が一切ないという保証はない。この答弁に二人は苦笑を浮かべるのであった。


   ――◇◇◇――


「君がケイカだね」

 ケイカの目の前に一人の少年が立っていた。年齢で言えば自分の三歳くらい上――黒い学ラン姿から中学生くらいに見える。


「あなた誰?」

 しかしその顔に見覚えはない。なぜ自分の名を知っているのだろうか?


「君の元同僚だよ。ヒズルさんのもとに四人集められたろ。僕もその一人」

 あまりに軽い返答だった。そのせいで反応に戸惑う。


「私はもう――」

 そちらに戻るつもりはない。そう言ってやるつもりだったが


「知ってるよ。代わりにこれを渡しに来た。君にとって大事な物じゃないか?」

 手渡されたのは対となった指輪である。結婚指輪のようだった。意匠は同じだが片方はよく見ると大きいようにある。とこれにケイカは見覚えがあった。


「どうしてこれを?」

 声をかけたが、そこに少年の姿はもうなかった。その手のひらに残った指輪を見つめているとケイカは自身が震えていることに気づくのである。


「ケイカさん?」

 ケイカは声をかけられて慌てて振り向く。そこにはカリンとティユイの姿があった。

「どうかしましたか?」


 ケイカは一気に現実へ戻されたような心地に戸惑いつつ「何でもない」と答えるしかなかった。


   ――◇◇◇――


「僕は君が大きくなるのを待っていたんだ」

 ヤシロはキリに向かって語りかける。


「俺を?」

 どういうことなのだとキリは困った表情になる。まったく心当たりがない様子である。


「そうだよ。でないと、こんな酔狂はできないって」

 酔狂というのは時間庫に自ら入ることだろうか。


「そこまで君にさせる俺はいったい何なんだ?」

「僕はレイア様にお願いしたんだ。君のお嫁さんにしてほしいって」


 それをヤシロが言って、なぜかハクトがキリに突っかかってくる。

「おい。お前、どういうつもりだ?」

「知るわけないだろ!」


 レイアといえばあのレイア艦長のことが思い浮かぶが、果たして同一人物であったりするのだろうかとキリの頭をよぎる。


「ハクト、落ち着け」

 ハクトをホノエが抑える。


「たしかにシキジョウというのはフユクラードでは名の知れた家系だと思うけど、それと現状には結びつかないだろう?」


「それは君がシキジョウの筋であればの話だろ。あ、レイア様は君に何も言ってないんだよね?」

「そのレイア様が俺の知っている人だっていうなら何も聞いていないかな」


 ヤシロはキリの表情を見つめつつ、どこまで言うべきか考えているようだった。

「いま、五カ国は皇系について問題を抱えているってことで認識は間違っていないかい?」


 ヤシロは言葉を選びながらキリたちに訊ねてくる。

「それについては俺たちは絶賛当事者だけど」


「そうだね。皇家と周辺は男系を守るためにあらゆる手立てを打っている。その一つがキリ、君の存在だよ」


 キリは自分を指さし、ハクトとホノエからも視線を送られる。

「どういうことだ?」


「キリは五〇〇年前にいた海皇の息子にあたる人物。つまり正当な皇系の権利を有する皇子だということ」


 ヤシロは一拍をおいて言葉を続ける。


「君は誰の記憶とも同期しなくて、自分が誰で何者なのかわからなくて苦しんでいる。ちがう?」


 キリは顔をしかめながら首を少しだけ縦に振る。

「それは君にとっては呪いでもある。と同時に祝福であるとも考えられないかな」

「どういうことだ?」


「この同期が君を幸福にするのか、たぶん皆が図りかねている。君は君が思っているよりまわりに慕われているよ」


「だから、どうだと――」

 ヤシロはずいっとキリに顔を近づける。

「それが君の資質というものだろ」


 ヤシロはキリの頬を撫でて、小さく微笑むのだった。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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