■そういえば昔の話
外見で言えば一〇歳ほどだろうか。虚ろな瞳をした少女がお隣のおじさんとおばさんに連れられて自分の家にやってきていた。。
「あの娘は?」同じく一〇歳の少年が初老の男に訊ねる。
「今日からクラバナの子供になる。仲良くしてやるといい」
少年は何となく首を縦に振ると少女のほうへゆっくりと向かっていく。
「僕の名はキリ。君の名前は?」
これがキリとニィナの出会いであった。キリは過去生を知らないため自身の何たるかを知らない。
一方のニィナは以前の記憶を失っていた。
――◇◇◇――
「これって前と同じ流れになってません?」
ティユイがぼやく。前とはナーツァリ国での話だろう。
「そうなるわねぇ。キリが捕まるのもこれで二回目になるわ」
戻ってきたら鍛え直してやるとレイアは息巻いている。
「そのキリくんはどうなるんですか?」
「実家がダイツにあるのよ。悪い扱いはされないでしょ」
ダイツとはフユクラード国の首都である。
「それじゃあキリくんにとっては帰郷になるんですね」
「ちょっとややこしいことになってはいるみたいだけど」
フユクラード国の水母タカトウにある軍港。天神はその軍港に寄っていた。案内された部屋に入ると男が二人。一人はアズミ。もう一人の金髪にサングラスをかけて年齢のわからない風体の男――彼がクワトなのだろう。
「久しぶりねクワト。ハルキアにいると思っていたわ」
「フユクラードへ戻ったのは最近だ。何とか戦艦と人機はもらえたのだがな」
苦労しているようだとレイアは苦笑いする。
「表向きは捕虜の協議をする場でしょうけど、実際のところはどうなの?」
「まずは一年前のハルキア侵攻以降にフユクラードで起こったことを話す必要があるだろうな」
クワトの話はこうだ。
ソウジ・ガレイはハルキア国侵攻に際してフユクラード国にも同時に仕掛けていた。戦力をハルキアへ向けることでフユクラード領内は防衛に穴が空く。
そこにソウジ・ガレイは私兵をフユクラードへ派兵してリルハ王女の護衛を申し出てきたのだ。
「送られてきたのは自動人形だった。おそらくガレイは人員不足をそちらで補うつもりのようだな」
「そういえばモンシンの水母でセイオームが工場を一つ抑えたって話があったわね。そこで開発してるってことか……。もう一つ気になったんだけど、あなたたちが私たちと接触を急いでいたように思うのはどうして?」
クワトとアズミが互いに顔を合わせる。ここからアズミが話しはじめる。
「先日ダイツのサカトモ邸で首脳会談が行われることが決まりました。要するにガレイ閣下の外遊の日程が決まったのです。それに合わせてコーシュクでリルハとも出会うつもりのようです」
レイアはティユイの顔をチラリと見て考えはじめる。
「……何で?」
「ガレイの醜聞は散々耳に聞き及んでいるだろう?」
クワトの「確認する必要が?」という態度にレイアは一つの結論に至る。
「出会わせちゃダメね」
その言葉にクワトは頷く。
「我々が表立って動いてもいいのだが、問題は救出後だ。リルハ王女をレイアに預けたいとサカトモ・アズミは考えている」
――◇◇◇――
一角獣の輸送艦への搬入が間もなく完了する。純白のボディに頭の一本角。わかりやすい機体である。
そうすれば間もなく出航である。
「四霊機以外の人神機って話は聞いていたけど、あるもんなんだな」
四霊機とはルディが乗っていた蒼天龍などの四国を象徴する機体である。焔朱雀も四霊機である。
「繰者が決まらないってだけで、それなりにはね」
「そっか機体が繰者を選ぶんだもんな」
「そういうこと」
「ニィナが軍人に入るって言ったときは驚いたものだけど、人機の繰者が肌に合ってたんだな」
「何それ?」
「ニィナの戦う姿を見たら納得だよ。俺だとああはできないよ」
「私の中にうっすらとは残っているみたいね。キリはそういうのないの?」
その問いにキリは首を横に振る。
「うん。相変わらずだよ……」
自分はどこからきたのか何者なのか。その問いを新人類と呼ばれる者たちはすべからく知っている。だとしたら自分は新人類と呼ばれる者ではないのだろうか。
「キリは怖いんじゃないの? 自分が誰かを知るのが」
――怖いだって? そんなことを考えたこともなかった。あるいは遠ざけていた。
「たぶん解決しない話だよ」
――それでいいの? 疑問を投げかけてくる視線にキリは顔を背ける。そんな姿にどう思ったのかため息の声が漏れる。
搬入完了の報せと共に輸送艦の隔壁が閉じられていく。
「どうしてニィナの人機は持って行けるのに俺のはダメなんだ?」
「人機繰者の私が人機と一緒に動かないのは不自然でしょ。ついでに言うとセイオーム軍の石汎機を一角獣と同じ輸送艦で運ぶのはもっと不自然よ」
――それもそうか。と納得はできるのだが丸腰はやはり不安なものだ。
「リルハの救出に人機は使えないわよ。警護に使われている自動人形を何とかしないと」
「結局のところ人間と神様が共存できなかったのは大きさが違うからなんだよな」
いくら神が人間に慈しみを持とうとも抱擁で人間は死んでしまう。巨人と人間はどれほど思い合っていても生きていくには大きさが違いすぎた。
だからいつしか互いは思い合うだけにして住む場所をわけた。記憶は遠い彼方になって巨人と呼ばれた神々は神話となって語られるようになった。
「もう。馬鹿な話してないでよね」
「リルハを連れ出せばいいんだよな?」
「言うのは簡単だけど大変よ。ソウジ・ガレイの外遊日程を確認したけど時間は案外とないんだから」
「接触する前にか。ガレイはティユイにやったことと同様のことをリルハにやるって話なんだよな?」
「それは避けたいわ」
「ああ。もちろんだ」
キリは「やってやる」と決意の籠もった炎を瞳に灯すのであった。
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