■黒と黄
『キリくんだったな。妹から話は聞いている』
アズミから通信の申請を受けてキリは会話に応じている。これでも自分の実力は自覚しているつもりであった。
「リルハ……王女とからどう聞いているかは知りませんが」
名前のまま呼びそうになって“王女”をキリはつけ足す。
『突然、いなくなったことを怒っていた』
穏やかな声に怒気の混じっているようにも感じる。アズミといままで直接面識はなかったが、こうして話してみると家族思いなのは伝わってくる。
「……そうでしたか。悪かったと伝えてください」
『男手あるならばそれは自身で伝えることだ。では、私からだが』
黒いアズミの乗る石汎機が剣を抜き放つ。
『せっかくだ。君を鍛えることにしよう。それと……少し説教をさせてもらうぞ。私なりに妹に対して思うところがあるからな』
キリは苦笑いを浮かべる。
「――ということだ。石汎機の相手はキリ機で行う」
キリは天神とルディへ送信すると両頬を自らの手で叩く。
「やってやる」
キリは真剣な眼差しでアズミの石汎機を見据えるのであった。
アズミの石汎機は盾を前面に構える。光振刀は右手で握ったままぶら下げたままだ。
――隙がない。
どこから打ちこんでも盾で弾かれるような気がする。キリは身動きがとれないでいた。
『キリ、防御っていうのは要するに型のことを指すのよ。まずは型を崩しなさい』
ケイカであった。
『キリさん、頑張って!』カリンが応援をしてくれる。
「……要するにこっちから攻めないといけないってことだよな。ありがと、ケイカ」
『いけそう?』
「わからん」
だが、やるべきことはわかる。どのみちあるものを使ったうえで戦うしかないのだ。
キリは光振刀を腰にいったん仕舞い、代わりに小刀を手に持つ。そしてアズミの石汎機に向けて加速をかけて小刀を投げて再び腰の光振刀を抜刀する。
アズミの石汎機は投げてこられた小刀を盾で弾くと少しだけ右脇のほうに隙間ができる。
そこからキリは光振刀を右脇から斬りかかる。対して敵は盾を戻そうとするのをキリは盾を掲げて押しとどめようとする。
『悪くはない――』
――だが。とアズミは続ける。
『盾の扱いで私と張り合おうというのだな』
何が起こったのかキリもわからなかった。気がつけばキリの盾はアズミの盾によって弾かれていた。
(しまった!)
盾を弾かれたせいで逆にこちらが隙を作られてしまった。
『どうする?』
光の消えた光振刀を喉に突きつけられキリは選択を迫られる。もちろん答えは一つだった。
――◇◇◇――
「戦闘は膠着状態だな」
シンクが画面を見ながら発言する。
――全体的にはどちらかというと押され気味かもしれないなと評価を変えるべきか。特にティユイが苦戦を強いられていた。
「一角獣のパイロット凄いわね。世が世なら海皇の妃候補よ」
レイアからの最高の褒め言葉だとシンクは認識している。つまりは決してティユイの腕が悪いというわけではないということだ。
一方でキリは降参したという報告が入ってきた。
「これってクワトの狙い通りかしら?」捕虜になったという報告を受けてレイアは考えこむ。
「そういえばフユクラード国の姫巫女がセイオーム軍に抑えられているという話を聞いたな」
「私たちと接触するための手段として戦闘行為に及んだということね」
現在の認識はボールがあちらへ移ったということである。つまり前回のナーツァリ国と同じ状況なのだが――。
「とりあえず停戦よ。ティユイに伝えて」
通信士に伝えるとレイアはため息をつく。幸いティユイも押され気味であった。もう少し長引くとおそらく厳しい戦いだっただろう。
何より――。
(キリ、さっさと負けるんじゃないわよ!)
黒い石汎機に連行される黄色い石汎機を見送りながら苦々しくレイアは思うのであった。
――◇◇◇――
「投げ刀で盾を逸らして隙を作る戦法は悪くなかった。だが、わざと隙を作って攻撃を誘うのはサカトモの十八番でね。まあ、精進することだ」
「……はい」
キリは藤子艦内にいた。目の前には監視役としてアズミがいる。そして隣には――。
(聞いてないんだけど)
「ニィナ……」
フユクラードの軍服を着用しているが、それでも間違えようがなかった。
「えっと……、久しぶり」
キリは何て声をかけていいかわからなかった。きっと彼女は怒っていると思っていた。だが、返ってきたのは予想とは違う反応である。
「ど、どうして泣くんだよ?」
ニィナはキリの顔を見ると急に泣きだしてしまったのだ。
「……わかんない。顔見たらぶん殴ってやるって思ってたのに」
それはそれで恐ろしいとキリは思うが、とりあえず自分がニィナに何をしてしまったのかということに気がついた。
「俺は謝らないといけないんだな」
「そうよ。バカ」
ニィナはキリの胸へ倒れこむように顔を埋める。肩をふるわせて泣きじゃくる姿にどう対応すればいいのかわからかった。
「軍に入るって話だったけど、まさかこんなところで出会えるって思わなかったよ」
「キリこそどうしてセイオーム軍にいるのよ?」
「ニィナが軍に入った後にスカウトが来たんだよ」
「キリを? どうして?」
自分が軍人でましてパイロットをやっているなど思ってもみなかったのだろう。何を隠そう自分でもおかしなことをしていると自覚している。
「あなたがパイロットなんて正気じゃないわ。自分の戦い方がなっていないのはわかるんでしょ?」
「わかってる。でも、ティユイの助けくらいにはなりたいしさ」
「ティユイ皇女とはどういう仲なの?」
何故かこの問いからキリへの批難が窺える。
「実は俺から告白したんだ……」
「はい?」
ニィナはワケがわからないという表情でポカンとしている。
「そしたらオーケーもらえて付き合うようになったんだ」
「ティユイ皇女に? しかも付き合ってるの?」
このままだと問い詰められるのはこれからだろうか。そんな心配をしているとアズミが咳払いをしてくる。
「話は長くなるだろうから場所を変えよう。私も君に話をしたいことがある。リルハのことだ」
アズミは真剣な面持ちだった。リルハに何があったのか。フユクラードから離れて一年以上経過しているキリからすれば何を聞かされるのか。まだそれはわからないでいた。
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