■フユクラードのアズミ
フユクラード国領の水母タカトウ軍港基地内の一室に三人の黒い軍服を着た人物の姿があった。ちなみに黒はフユクラードの象徴色である。
グレーのカチューシャをした男に艦長の証である帽子を被った金髪の目つきの鋭い男。そして長い髪の一五~六歳の少女。
「アズミ、セナ隊員は現在捜索中だ」
「……そうですか」アズミは自分を落ち着かせるためにふうとため息をつく。
セナは嶺玄武に乗って戦闘中に龍の通り道に巻きこまれたという報告を受けていた。それから幾日か経過したが依然と見つかっていない。
「気持ちはわかるが、いまは無事を信じるんだな。我々は身軽に動ける立場ではない」
「……理解しているつもりです、クワト艦長」
「それではニィナ隊員、リルハ王女の行方について進展があったということだな?」
クワトは首を縦に振り一旦はアズミとの会話を打ち切り、ニィナのほうに向き直る。
「はい。拐かしにかけられていたせいで時間がかかりましたが、リルハ王女はコーシュクに幽閉されています」
「コーシュクか」
フユクラード国領内にある水母の一つである。クワトは「どうする?」とばかりアズミに視線を投げかける。
「朗報ですが、我々はいまのところ身動きがとれません」
――ハルキアから戻ってくるのにも一年かかったのだ。それからいまだにダイツへ帰れないでいる。
アズミは一年前のハルキア攻略戦の功労者である。しかし実態として同盟軍であるセイオーム軍ではなく、アズミ率いるフユクラード軍がハルキア首都のカミトに到着してしまった。
結果的にハルキアの占領した際の裁量権はフユクラードに渡った。これは国際法上のルールに則ったものであり、正当な権利であった。
おかげでセイオーム軍は予想より被害が大きくなり今日まで軍の運用には苦慮するハメになっている。本来の目的はハルキア軍をぶつけてフユクラード軍の軍勢を削ぐつもりでいた。
結果は同盟側の勝利であったが、セイオーム国の思惑とは違う成果であったためにフユクラード国との溝を深める形となった。
その溜飲を下げるという処置で功労者であるアズミから嶺玄武を取りあげて一年はハルキアへ滞在させて、本国への帰還を一年かけさせた。
現在、艦を一隻と人機も二機が配備されている。これは以前に比べてアズミの裁量権が減っていることを意味していた。当然、補給の配分も少ない。
「何か手立てはあるだろうか?」
アズミはクワトに助言を求める。
「天神との接触を考えている」
その言葉にニィナが驚いた表情を一瞬だけ浮かべる。
「理由は?」
アズミは困惑した様子で訊ねる。
「月輝読を天玉照へ高めるには王女の祈りが必要だ。だからレイアは手がかりを求めるはず。つまり我々と天神の目的は合致すると私は踏んでいる」
「でも、どうやって接触するんですか? 天神を擁する第一三独立部隊はセイオーム軍からお尋ね者扱い。私たちも拿捕するよう協力要請が出ていますよね?」
ニィナが訊ねてくる。
「だから一戦を交えるのだ」
――◇◇◇――
天神艦内にて。キリとティユイは縦列で歩いていた。
「艦内ってどこもかしこもと広くないですよねぇ」
「そこは我慢してくれ。こうして通路で人が二人通れるんだ。十分広い方だよ」
以前乗っていた輸送艦のことを思い出してみてくれとキリは促した。
「あれが一般的なんですか?」
「そうなるなぁ。まあ普通は水母間を移動したりしないからな」
「旅行したりしないんですか?」
「あるとしたら移住だよ。五感まで体感できる思考共有ができる。そもそもとして水母間の移動は危険な行為だ」
だから普通はやらないのだという。
「そういえば格納庫で整備しているところを見たいってことだったけど、あれで満足だったのか?」
「満足といいますか……整備中は人がいないんですね」
機体にたくさんの整備士がついていると思っていたのだが、整備機材を遠隔操作しているため格納庫は無味乾燥という印象である。そもそも整備中に格納庫へ人の出入りは禁じられている。安全性を確保するためということらしい。
なのでティユイも格納庫に入れずに映像で確認するだけであった。
「ティユイの思っているような絵面ってオーバーホールしているときだろう? 艦内でできる備品は機動鎧の修理と調整くらいだよ」
「何か残念です……」
「フレーム部分は艦内じゃいじれないんだよ」
キリは苦笑いを浮かべる。機体フレームはそれこそ損傷すれば艦内での修理は不可能である。人体の動きを一一〇パーセントまで再現できるよう設計されていて、関節部分の接続が複雑なのだそうだ。
二人は談話室に到着すると、そこにはカリンとケイカの姿があった。カリンはキリの顔を覗きこんでくるように見つめてくる。
「どうかしましたか?」
「いえ。はじめて会ったような気がしなくて……」
カリンの何気ない発言にティユイとケイカが露骨に顔を引きつらせる。
「どこにでもある顔だと思いますよ」
「そうです。気のせいですよ」
「おい」とキリは好き勝手言うティユイとケイカに抗議する。
「自分はカリン王女とこうして直接話すのははじめてですよ」
「ですよね。そのはずなんですけど懐かしい感じがするんです」
カリンもよくわからないという風であった。
「どうして二人は天神へ乗艦することになったんですか?」
天神はフユクラード国へ向かう一方、紀ノは進路をアークリフに向けていた。すべてはカリンが紀ノに乗艦していると思わせるためだ。当の本人は現在、こうして天神にいる。
「国籍の違う戦艦が二隻隊列組んで動いていたら目立つだろ。そもそも戦力も整ってないしな」
「こんなことでカモフラージュになるんですか?」
「ちょっとでも迷ってくれたらいいだろ。それに天神は他の艦より足が速い。逃げるにはもってこいなんだよ」
「なるほど」そういう事情かとティユイは納得する。
「それでフユクラード国というところにはどういう事情で向かっているんですか?」
「姫巫女は各国にいるんだ。接触して月輝読に祈りを捧げてもらう必要がある」
「パワーアップするんですね!」
ティユイは興奮気味に前のめりだ。対して他の三人は引き気味である。
『話し中のところいい?』
談話室にレイアから映像通信が入る。
「どうかしましたか?」とキリが訊ねる。
『これよりカラーコード:グリーンからイエローへ移行する。パイロットは待機室に移動。戦闘になるわよ』
談話室に緊張感が奔った瞬間である。
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