■春と冬の邂逅
警告音が艦内に鳴り響いている。
「所属と行き先を名乗れって何度も言われてますよ。……どうします?」
シンゴがエリオスに訊ねる。
「この場合、戦利品を全部持って帰るのは厳しいだろうね。だとすれば、何かを手放さねばならない」
エリオスはルディにちらりと視線を投げかける。
「ルディくん、君は囮になりたまえ。逆らえば……わかっているね?」
ルディは眉一つ動かさず踵を返す。
「そうそう。素直なのはいいことだ。安心したまえユミリ王女は我々が丁重にハルキアへ送り返そう」
ルディは一瞥すると格納庫の方へ去って行く。扉をくぐり抜けてルディの姿が見えなくなるとシンゴは大きくため息をつく。
「隙あらば反撃してやろうって気概がすごかったですね」
「裏を返せば隙を見せなかったということでもある。ユミリ王女を守ろうという気概は本物だったね」
「僕はひたすら怖かったですけど」
苦虫を噛み潰したような表情をシンゴは浮かべる。
「では、彼のやり方は正しかったとなるね」
ふふっとエリオスは笑みを浮かべる。
「高みの見物といこうじゃないか。これで逃げる時間も稼げるしね」
――◇◇◇――
『艦より人機を確認。機体を照合しました――蒼天龍です』
「……こちらでも確認した」
人機のコックピット内。長い髪をポニーテールでまとめた目鼻立ちは整って凜々しい印象の女性が口を開いた。
蒼天龍はナーツァリ国で姿が確認されたと聞いていた。にも関わらず目の前にいる。
――事実は受け止めるべきだろうけど。
釈然とはしなかった。事情はあるのだろう。いまのところ武器を構える兆候は見られない。だが、艦の返答が言葉でなく人機を出してきたということはおそらく――。
(戦闘は避けられないかな)
兄から譲り受けた嶺玄武。初戦がまさかの兄と互角に渡り合った蒼天龍が相手とは思いもよらなかったが。
――これも何かの宿縁か。
蒼天龍は二本の旋風――鉄扇を構える。ならばと嶺玄武は満月――盾を前面にして、三日月――槍を構える。
果たして自分は兄に――アズミにどこまで迫れるのか。これは蒼天龍との戦いではない。自身との戦いである。
最初に仕掛けてきたのは蒼天龍であった。左手の鉄扇を広げて投げつけてて、視界を遮るような射角から蒼天龍は距離を詰めてくる。
(兄上と互角に渡り合っただけはある)
普通なら視界に頼って遮られているという状況に気づかないまま接近されて不意をつかれている。
であれば大盾で自身を隠す。あとは斬撃はどの方向からくるか。これが駆け引きとなる。
盾に投げられた鉄扇が盾の上部に当たり弾かれる音がする。
だが、それ以外の手応えはない。蒼天龍は盾に背中をピッタリとつけながらぐるりと回りこんで左方向から懐へ入りこんで背後に斬撃を浴びせようとしてくる。
――そうきたか。
嶺玄武は背中の新月――投げ槍を一本パージして回転軌道をあたえながら斬撃を防ぐ。さらにはその隙を見て蒼天龍と距離を離して再び対峙をする。
やはり自分は兄には一歩及んでいない。もし兄ならば懐に入られるというころがなかったであろう。
『セナ隊員、直ちに戦闘を中止してください。龍が来ます!』
通信士からの声が聞こえた矢先であった。視界が揺れて遮られたのは。
――◇◇◇――
「フユクラード国国境付近で龍の通り道が観測されました」
天神の司令室。航海手よりレイアは報告を受ける。
「進路の変更はどう?」
「天神が地点へ到着するころには消失しているかと」
「となると航路変更の方がリスクが高いのよね。航路はそのままでいきましょう」
航路を変更すると備蓄備品の運用計画に影響する。場合によっては不足する可能性もあるのだ。
「了解」
「龍の通り道っていきなりできるのねぇ。未だに法則なんかは見つからないんでしょ?」
「ええ。クエタの海で起こる自然現象のほとんどは解明に至っていません」
龍の通り道とはクエタの海で起こる海流である。すさまじい勢いで渦を巻きあげることから龍が通ったあとのように言われるためにそう呼ばれている。
「それと気になることが一つ」
「何?」
「その龍の通り道が起こった付近で戦闘の形跡がありました。そのせいかフユクラード軍の動きが活発になっているようです」
「……厄介ねぇ」
レイアは嘆息をつくのであった。おそらく厄介ごとに否が応でも対応することになると予感したためだ。
そして、それは本当のこととなる。
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