■旅出
クエタの海。ナーツァリ国ハクヒより離れた座標にて――天神艦内。
『セイオームの機体がこちらを敵認定したようです。戦地指定地の座標を送ります。どうしますか?』
「敵機は三機よね。なら、こちらも出し惜しみはなしでいきましょう。全機出撃よ」
『了解。では、チャンネルはオープンのまま。カラーコード:レッドを共有します』
「了解」
レイアとマコナのやりとりが一旦終わり、シンクのほうへ視線を向ける。
「キリからヒズルと出会ったって報告があったからまさかって思ったけど……」
「十中八九ヒズルだろうな」
「キリに問い詰められたわ。何でヒズルを知っているんだって……」
レイアはため息をつく。
「別に黙っておくことはなかったと思うけどな」
「どうせ私の問題よ。それにキリが……巻きこまれているってだけ」
レイアは腕を組んで右手人差し指で肘をトントンしている。眉間にしわを寄せているところを見ると苛ついているようである。
シンクはそんなレイアをやれやれと困った様子で見ている。
「レイアの性格がいまさら変わるわけでもないだろ。諦めるんだな」
「意固地って言いたいの?」
「違うのか?」
答える代わりにレイアは頬を膨らませるのであった。
――◇◇◇――
「鎌にショーテルに重火器兵装。個性的な面々ですねぇ」
天神から出撃した月輝読の中でティユイはぼやき、ポリムが答える。
「重火器兵装のほうは厄介だよ。人機が持っているのは投擲兵装だからね。範囲が違う」
「どうすればいいんですか?」
「あの機体は戦艦の砲撃で対応してもらおう。鎌の敵は君では厄介な機体だから焔朱雀の槍斧で、君とキリでショーテルの機体を倒すんだ」
このポリムの発言をもとに作戦が練られていくのであった。
――◇◇◇――
「キリの動きがよくなってる……?」
ケイカが映像を見ながら驚きの表情を浮かべる。
「そうなんですか?」
それがカリンにはわからない。
「うん。ていうか、私の動きが入ってる。私、何も教えてないのに」
「キリさんとケイカさんの間で繋がりができたんでしょうね」
「どういうこと?」
「親しい人とは思考が同期するようになるんですよ」
その中に経験も含まれているらしい。
一〇〇〇年ほど前に現れた新人類は脳が少し小さくなり、手先が少し不器用になった。また識字能力も低下したという。
その代わりクエタの海にアクセスができるようになり、親の記憶を引き継いだり、繋がりができた人間と知識を共有ができるようになった。
すべては立体文字の発見がはじまりである。
この世界でホモサピエンスはもはや姿を消していた。
「お互いの信頼がないとできないことなんですよ」
「そ、そう……」
ケイカは顔が赤くなるのが自然とわかった。
――◇◇◇――
「敵艦の姿はないんですね?」
「はい。敵機はあの三機のみです」
マコナは副長のスナオから報告を受けて聞き返したところであった。マコナが着ている制服の基調色が赤なのに対して、スナオは白だ。
これは戦艦紀ノがナーツァリ軍とアークリフ軍の合同で運用されているためだ。
「敵機内に生命反応もないということでしたね」
「はい」
こちらも容赦する必要がないということだ。
天神が前方に出る。
「縦列陣形が間もなく完成します。砲撃準備は完了していますが、どうします?」
「配置が完了次第、放物線軌道の砲撃を撃ち方はじめてください。時間は等間隔です。タイミングはお任せします。目的はこちらに注意を引きつけることですから」
「了解。戦闘士官に指示を出します」
――作戦は月輝読から提案されたものを受け入れただけですから。とマコナの割と気分は気楽なのであった。
「とりあえず敵機にコードをつけましょうか。呼称は“鎌持ち”、“ショーテル”、“重火器”ということで」
「まんまですね……」
「短い付きあいでしょうし。名乗ってももらえませんでしたから」
マコナは唇に右手を当てて意地悪な笑みを浮かべるのであった。
――◇◇◇――
「あの“重火器”は戦艦で対応できるものなんですか?」
ティユイはポリムに訊ねる。
「ああいう機体は固定砲台になると厄介なんだ。だから攻勢にまわれなくすればいいんだよ」
天神の兵装は艦首砲が一門のみ。艦首砲で退路を作り、高出力のブースターで加速して、正面突破で離脱を目的とした戦艦である。
一方で紀ノは留まって防衛に重きを置かれている。回頭する二門の砲門が主武装である。放物線軌道で敵の頭上から砲撃が可能である。
砲撃は断続的に行われ“重火器”は回避運動と弾幕に労力を割くことしかできないようだ。一方で艦砲砲撃では決定打を与えるに至っていない。膠着状態である。
「つまり君たちは“ショーテル”を早々に抑える必要がある」
でなければ膠着状態を脱すことはできない。
キリの石汎機が“ショーテル”に剣戟を浴びせて、すり抜けていく。振りおろした瞬間の間隙に月輝読が追撃で橘――刀拳を振り抜く。
“ショーテル”は反撃できる状況でなく後方へ下がろうとする。すると左肩に小刀が刺さり“ショーテル”は左腕を切り離す。
『ティユイ、畳みかけるんだ!』
キリから通信が入ってくる。
「もちろん」
月輝読が玉藻――盾を構えながら“ショーテル”へ突っこんでいく。距離を詰めると残った右腕でショーテルを振りおろして迎え撃とうとする。
盾で受け止めて表面を微調整で滑らせながら懐へ入っていき刀拳を腹部へ突き刺す。“ショーテル”の動きが止まると抜き放ちざまに蹴りを見舞いながら後方へ下がる。
“ショーテル”がクエタの海に溶けていくのを確認するとティユイは焔朱雀のほうを確認する。戦いはまだ続いていた。
――◇◇◇――
『援護は必要ですか?』
ティユイから通信が入ってくる。
「ありがとうございます。私は一人で問題ありませんよ」
ホノエは余裕の感じる声音で返答する。ティユイとキリの連携はよかった。特にキリの動きは格段によくなっていると感じた。
(男子、三日会わざれば刮目してみよというが……)
面白いと感じ血がたぎってくるのだ。幸いにしてこの衝動をぶつける相手は目の前にいる。
“鎌持ち”が巨大な鎌を掲げながら斬りかかってくる。焔朱雀は肩の投げ斧を“鎌持ち”へめがけて投げるもすり抜けるようにして距離を詰めてくる。
鎌の斬軌道を読みながら槍斧の斧刃の部分で受け止める。一方で“鎌持ち”の背後からブーメランになって戻ってくる投げ斧が迫る。
投げ斧が刺さろうとかという瞬間に“鎌持ち”の姿が揺らめき姿を消す。
――面白い。消失した機体を焔朱雀は探索しはじめる。
投げ斧には範囲内であれば追尾機能がある。
「やはりか」
――背後にいるな。何難しいことはない。我が一族伝統の一撃で迎えてやればいい。
槍斧を逆さに右手を柄の上部に滑らせて下部を左手で握る。
左足を右足から摺り足で徐々に離していく。そのまま背後へ振り向きざまに槍斧を振りおろす。
ホノエは敵の姿を見たわけではない。しかし、そこにいると確信をしていた。だから動作に一切の迷いがない。
“鎌持ち”は焔朱雀の胴体を横一文字に刈り取ろうという動作の最中である。だが、焔朱雀のほうが遥かに速かった。
頭部から叩き潰すという表現が正しいだろう。槍斧が振り抜かれたあと“鎌持ち”は真っ二つに引き裂かれてクエタの海に機体は溶けていく。
“重火器”のほうも月輝読の矢に撃ち貫かれているところであった。
(皇女もいい腕だな)
ホノエは素直に感心する。戦闘終了の信号が出たのは間もなくの話であった。
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