■かつてをこれから
「あなたがオノヤマ・マコナ艦長ね。私が天神の艦長ヒイラギ・レイアです」
レイアは天神の艦長室にマコナを招いていた。握手を交わした後にレイアはマコナに席へ案内して自分も続く。
「マコナ艦長、ドックの開放と補給については感謝します」
「いえ。手配をしたのは私ではありませんよ。去るお方のご尽力です」
去るお方についてレイアはある程度は察しがついていた。
「ナーツァリ国は我々第一三独立部隊を拘束しないのですか?」
「ソウジ・ガレイ閣下の演説は国内向けのものですし、明確に証拠が示されたわけではありません。むしろティユイ皇女の身体検査の結果は共有されましたから」
「でも、セイオームと対立は避けたいのではありません?」
「ですが、ソウジ・ガレイ閣下への恭順はしかねるということですよ。あの方の狙いが皇家の簒奪であることはあきらかですから」
外から見てもわかるのか、ともはやソウジ家は野心を隠しきれなくなっているのだとレイアは確信をする。
「実はレイア艦長に後日、お会いしていただきたい方がいるのです」
その続きをレイアは何となく想像ができた。
「――ナーツァリ国の王ね」
――◇◇◇――
「カリン王女は一二歳なんですか!?」
あれから場所を移して軍港にあるテラスでティユイとカリンはシンクとホノエを交えて話しをしていた。
ティユイが驚いたのも無理はなかったかもしれない。カリンの身長はティユイよりも少し高いくらいだ。これは成人女性の中でも長身の部類となる。
しかもどことなく落ち着いた佇まいにティユイはとてもではないが、彼女が一二歳だと信じられなかった。ましてや最近になって自分は一九歳になっていると告げられたばかりである。
(何でしょうね……。妙な敗北感が)
「どうかしましたか?」
無邪気な表情でカリンは訊ねてくる。
「いえ。何でもありませんよ」
「記憶はだいぶ戻ったのですか?」
カリンに問われて、いまさらながら自問自答した。いまのところ困ったことがないので、あまり深く考えたことがなかったのだ。
「それがほとんど戻ってないんです。でも、あまり不自由はしていないので」
――問題は感じていない。
カリンはホノエと顔を見合わせる。お互い不思議そうにしている。だが、これ以上はこの話をしていても仕方がない。そういう判断だったのかもしれない。
「回顧都市での生活はどうでしたか?」
「プラモ作ったり、アニメ観たり、ゲームしたり毎日楽しかったですよ」
嬉々として話すのでカリンが興味を持ったようであった。
「私も二〇二七年の京都って興味がありましたけど、風景とか生活感ばかりに興味がいってました。ティユイ皇女のような楽しみ方もあるんですね」
「私のことはティユイでいいですよ。あ、そういえばシンク副長」
「どうした?」
「私の積みプラはどうなったんですか?」
「……回収はあきらめてくれ」
――そんなぁ。と心の叫びが聞こえてきそうな悲しげな瞳を浮かべる。それからカリンが話しかけてきた。
「学校体験で制服とか着てみたいです」
カリンの物言いは遊園地に行くような感覚である。実際、話を聞くかぎり回顧都市での生活とはアトラクションのようなものなのだろう。
「よければご一緒しますよ」とティユイが言うとカリンは嬉しそうに顔をほころばせる。
「お姉様やタクマくんも一緒していいですかね?」
「ええ。もちろんですよ」とホノエが答える。
その後、カリンの姉がホノエの妻であることを教えられる。タクマとはホノエの息子のことだ。
ティユイと年齢が変わらないのに子供までいるのかと思ってしまったが、実は現代ではあまり珍しい話ではないと教えられてティユイは驚くのであった。
――◇◇◇――
「休暇、ですか?」
キリはクラシノ邸の客室に一人呼ばれていた。
「はい。天神の艦長より伝達事項です。ただ、キリ隊員は現状でも捕虜の立場となりますので行動制限はかかります。よって天神と接触は適いません。仮に接触を何らかの形で図るのであれば厳罰に処されます」
目の前の女性はたしかネアという名前であったか。顔立ちの整った美人ではあるが、どことなく冷たい印象を受けるのは事務的な口調とつり目のせいか。何となくホノエと似た雰囲気を感じる。
――ですよね。とキリは相づちを打つ。
「ですので、あなたの行動管理はナーツァリ軍のほうで行います」
「つまりは?」
「指定の区域で休暇をとってください。それとお願いしたいことがあります」
まあ独房生活ということはないだろう。もっとも追跡が可能なので罰則が必要でない限りはそんな生活を送らせることはない。それこそ捕虜の扱い規定に引っかかる。
「お願いとは?」
「重要参考人であるヨリミズ・ケイカを頼みたいのです。彼女が打ち解けないようで手段は色々と講じるつもりですが、やはり接している中であなたに思い入れがあるようでしたので」
「……それって休暇なんですか?」
キリは顔を引きつらせるが、ネアは眉一つ動かさない。
「一人で過ごすというのも華がないでしょう。それに休暇地の回顧都市は西暦でいうと一九九〇年代なので、彼女の生きた時代に近いようですよ。ぜひ連れて行ってあげてください」
断るわけにはいかないようだとキリはため息をつくのであった。
――◇◇◇――
「ヒズル爺ちゃん!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。瞑想をしていたヒズルは左目だけを開けて、手を振りながら向かってくる少年の姿を確認する。
「……どうした?」
「隣のクラバナさんの家が養子をとるって聞いたんだけど知ってる?」
おそらくあの娘だろうとヒズルは見当がついていた。シンクが付近で動きまわっていることを知っていたからだ。
――やはり長生きなどするものではないな。
昔の話であるのに血縁のこととなれば走りまわる。自覚していようがいまいが、浅ましいことだと感じてしまう。
「人間は不老不死だろうが神に近づくことさえできぬか」
独り言のようにつぶやく。そもそも神とは何を指すというのか。それほど簡単な言葉でもあるまい。
そして自分もまた教え子の血縁というだけで少年の傍にいる。これは自嘲でもあるのだ。
「記憶喪失らしいんだ」
「……気になるか?」
この少年は両親の記憶が継承されていない。出生の秘密があるためにヒズルはそれを明かせないでいた。
しかし、それはこの少年にとって枷になるのは違いない。それは十分に理解していた。だが、この状況で彼に真実を告げるつもりはなかった。
それは自分の役目ではない。自分はあくまで護衛だ。この少年が育つまで傍にいるという――そういう契約のもとに動いている。
「そりゃね。なんか他人事には思えなくてさ」
「気になるなら様子を見てくるといい」
「うん。そうするよ」
少年は無邪気な笑顔を浮かべていた。
いつまでこうしていられるやら。ヒズルはふと物思いに耽るのであった。
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