■ソウジ・ガレイの演説
月輝読は指定された場所に到着すると女性の声で通信が入ってくる。
『こちら第一三独立部隊旗艦天神。私は艦長のヒイラギ・レイアです。月輝読の繰者、音声が聞き取れているなら姓名を名乗りなさい』
「こんなこと言ってますけど?」
「天神は味方というか。君をケイトから救出作戦を立案した人物だよ。信用していい」
――ポリム、やけに詳しいなぁ。そんな風にティユイは思ってしまう。
「私はモノベ・ティユイです」
『たしかに確認したわ。操縦はオートにして天神に着艦しなさい』
「キリくんは大丈夫なんですか?」
『キリ隊員は残念ながらナーツァリ軍の捕虜となったわ。ま、詳しい話は艦内でしましょう。疲れていることでしょうしね』
最後のほうは弛緩した感じの声であった。これからキリを助けるために敵艦へ殴りこみをかけるわけでもないらしい。
そういえばキリも命の危険はないと言っていたことを思い出す。
「オート操縦は僕の方で移行させておいたよ」
「え……!」
ティユイは衝撃を受けたようで瞳を大きく見開いている。
「何か不都合でも?」
「だってこういうときは『ユーハブコントロール』ってやるものじゃないんですか!?」
「……やりたかったんだね」とポリムは嘆息する。
戦艦から誘導灯が点滅している。場所は戦艦の後方下部のハッチが開く。
「後方から入るんだ」
「何と比べているかは知らないけど、どの艦でも出撃並びに着艦する際は後方下部よりってなってるはずだよ」
「私としては『モノベ・ティユイ、月輝読出ます!』って言って、電磁カタパルトで射出されたかったんですよぅ……」
ティユイは悔しさのあまり目に涙を溜めている。
「違った楽しみはあるんじゃないかな」
――くだらない。とばかりポリムは嘆息する。
月輝読が着艦するとハッチが閉められて海の水がゆっくり抜かれる。
「この海の水って何か違いますよね」
「クエタの海かい?」
「そういう風に呼ぶんですね」
「クエタの海とは高密度エーテルの集合体で、それが液体になったものさ」
エーテルとは情報が目視できる状態を指す。それが高密度になると液体のようになる。
エーテルはあらゆるモノを構成する元素であり、あらゆる存在に宿っている。
そこからクエタの海が完全に抜けるまで待機のままだ。
「クエタの海は高密度の情報体だから、人間くらいの情報密度だとクエタの海に触れれば取りこまれてしまうんだ」
「人機とか戦艦とかは大丈夫なんですね」
「コーティングしてあるからね」
――なるほど。ティユイは納得する。
どうやら海の水が完全に抜けきったようで前方のハッチが開く。開ききった後に再び誘導灯が足元から照らされて月輝読が進みだす。
「ポリムって何でも知っているんですね」
「知っているわけじゃないよ。データベースにアクセスして君にわかりやすい言葉で説明しているだけ」
「生成AI的な?」
「根本的に構造が違うものだけど、君の解釈は間違っていないかな」
機体が前進するとある地点で立ち止まる。すると後方のハッチが閉まり、床が回転して後ろ歩きをはじめて壁際に向かう。
それからハンガーに機体が固定されるとリーバが機体と切り離される。安全性が確認されるとティユイはようやくリーバから降りられた。
ティユイは一息つくと足元に誘導灯が点灯していることに気がつく。その向こうには扉が見える。どうやらそちらへ行けということらしい。
「それにしても人がいませんね」
「それはアニメの見過ぎだよ。整備は遠隔で行うのが基本だよ。それより君がいると整備ができないから」
「ああ、そうなんですね」
ティユイはそそくさとその場を後にする。それから扉を出ると案内役の女性が現れて司令室へと案内されることになった。
――◇◇◇――
ソウジ・ガレイが演説をはじめる。
『セイオーム国、そして世界の皆さんに朗報をお伝えします。海皇陛下のご息女であるティユイ皇女がケイトで見つかりました。この知らせを聞けば、本来であれば皆さんは安心できたはずです。
ですが、ティユイ皇女は第一三独立部隊と名乗る者たちによって卑劣にも拉致されました。彼らは名乗りを上げることすら恐れぬテロリストであり、この行為は我々に対する挑戦でもあります。
ティユイ皇女はこの国――ひいては世界の希望です。彼女を無事に救出することこそ最優先の使命です。私は一指導者として皇女救出に粉骨砕身の覚悟で挑む所存であります!
私を信じ、支えてくださいてください。そうすればティユイ皇女は必ず救い出され、再び皆さんの前にご無事な姿をお見せになることでしょう。
テロリストの卑劣な行為に屈することはありません。私たちは必ず勝利します!』
――◇◇◇――
「あなたからすればはじめましてかしら、モノベ・ティユイさん。私は戦艦天神の艦長ヒイラギ・レイアです」
司令室に連れて来られたティユイは如何にも艦長という風体の女性から挨拶される。
「ど、どうも」
緊張した面持ちでティユイは思わず頭を下げる。そして中年の男が演題に立っている姿が映る。どうやら演説の最中のようでたまに自分の名前が聞こえた。
「彼の名はソウジ・ガレイ。肩書きは首相補佐だけど、実権は彼のものよ。代々からの支持率も継続して高い」
「あの、第一三独立部隊がテロリスト呼ばわりですけど、軍隊ではないんですか?」
「正真正銘の正規軍よ。それは調べればすぐにわかることよ。ただ独自に動けるような指揮系統になっているのよ。何なら承認したのはソウジ家なんだからね。それをテロリスト呼ばわりなんだから」
「独自の指揮系統ってどういうことです?」
「セイオーム軍の指揮系統から外れて独自の判断で動けるってこと。軍隊だから軍規も適応されるし。それ以外は何ら変わらないわ」
「そうなんですか。じゃあ、何でテロリスト呼ばわりされているんです?」
「大衆向けのセンセーショナルな宣伝文句ってところでしょ。あなたが私たちのところにいるのはあのオヤジにとってまずい状態にあるってことよ」
「どういうことです?」
「あなたの記憶が操作されているのがすべてなのよ。生きている時代を錯覚させて街の中で生活させていたってことは立派な監禁罪にあたるわ。それを誰が指示したのかってことよ」
レイアはジッとソウジ・ガレイを睨んでいる。
「ねえ、ティユイは自分の記憶を取り戻したいと思う?」
そう訊ねられてもすぐには答えられなかった。記憶を失っているということに自覚がないせいもあるだろうか。
「……あなたには辛いことになると思うわ。もちろんいまのまま記憶を操作された状態で生きるという選択もあるけど、あなたはどうしたい?」
その問いにティユイは答えを詰まらせる。何故か、何かが答えることを止めさせる。自分はいったい何者なのか、ティユイはいまさらながら疑問を持つのであった。
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