■地の巻 誕生のエピローグ
セイオーム国の水母オーハンには行政の中心地が存在する。その議事堂の中。
ソウジ・ガレイは大人が十人くらいが横並びに歩けるであろう廊下を一人で真ん中を歩いている。
するとその行く手を遮るよう斜め前から中年の男がやってくる。タヌキのような顔つきの男だが、その眼光の鋭さは現実を見据えたものだ。
「ご無沙汰です、閣下」
「これはこれはアイトくんじゃないか。元気かね?」
ガレイの右眉が少しだけ動く。
「おかげさまでよい休暇を過ごせました」
「それは何よりだ。国のためとはいえ働きすぎはよくないよ。それじゃあ私は忙しいのでね」
ガレイは一刻も早くここを離れたそうにしていて、それをアイトに対して隠そうとしない。
すでに数歩歩いたところからアイトが背中越しから声がかけてくる。
「……なぜ私がここにいるのか気になりますか?」
アイトの声は問い詰めるように鋭い口調である。
「休暇が終わったのだろう。それだけのことではないのかね?」
「そうです。閣下があまりに長い休暇をくださるものですから、もうここに戻ることはないと思っていました」
ならば、休暇でなく永遠の眠りをくれてやろうか。ガレイの胸中にどす黒い欲求が生まれる。
「ところでアカギ議士を見かけないのですが、オーハンにはいらっしゃらないのですか?」
「ええ。彼は休暇中です」
「ほう。閣下の邸宅で、ですか?」
自分はどんな表情を浮かべただろうか。ここは平静を装う場面のはずだ。しかし、この男はどこまで知っているというのだ。ガレイは疑心に駆られる。
「失礼。プライベートなことでしたな。ところで閣下、ティユイ皇女が見つかったと聞きました。本当ですか?」
話題が変わってくれたので、ガレイは早々に佇まいを戻すことに成功する。この話題なら返答法は決まっている。
「耳が早いな。たしかだよ。だが、テロリストに拉致されてしまった」
「テロリスト……ですか?」
「そうだ。連中はセイオーム軍の第一三独立部隊を名乗っている。まったくもって不埒な連中だよ」
「妙ですな。第一三独立部隊を率いているのは旧奥の院相談役のレイア様であったと記憶しています。そのような方が何の理由もなく軍を使ってまで拉致を働くでしょうか」
「世論はそのように評価している。セイオーム軍にはテロリストを捕らえよと指示を出してある。ティユイ皇女を救出するのは時間の問題だよ」
一刻も早く会話を断ち切りたかったガレイはアイトに対して背中を向ける。すると背中越しからアイトは話しかけてくる。
「ある情報筋からですが、ティユイ皇女は記憶操作の痕跡があると報告がありました。記憶を操作された状態で回顧都市の一住民として暮らしていたようで。現在、ティユイ皇女は幽閉されていたのではないかという疑惑があがっています」
ガレイは顔だけを少し振り向けてアイトを睨む。だが、アイトは飄々とした表情を浮かべて怯む様子はない。
「……それが事実であるならば重大な事件ですな」
「まったくです。記憶操作が事実であれば両陛下の行方を訊ねることもままなりません」
アイトは肩をすくめる。
「気苦労が絶えませんな」
「まったくです。問題は次から次へと起こる。ですが、陛下たちを必ず探し出してみせますよ」
「それが君の仕事だろう。励みたまえ」
そう言ってガレイが立ち去ろうとした時だ。アイトが独り言のように背中ごしにつぶやく。それもガレイにはっきり聞こえる声で。
「閣下が提出した法案について見直しが要求されているのはご存じですか? 女系の海皇と擁立する案について私が疑問を呈したところ立案が見送られることになりましたよ」
「どうしてかね?」
「皇位は代々男系を通してきました。それをどうして今さら見直す必要があったのか? 不都合があるならば致し方ないことですが、それを長い年月かけて継続できているにも関わらずです」
「だが、陛下から産まれたのは女児が二人であったではないか」
「それは法によって男系が絶えるよう設定が為されたからです。これまで先人は絶えぬよう努力をしてきたにも関わらずです。どうして現代に至っては絶える方に向かっていくのか」
――それが理解できない。アイトはそう続けた。
ガレイは勝手にほざいているがいいと鼻で笑う。たしかに立案は見送られたが、これから趨勢など如何様にもなる。ガレイには確固たる自信があった。
「話は以上かな? これより執務がある。失礼するよ」
「これは失礼しました。改めて閣下、よろしくお願いします」
恭しくアイトは一礼をする。どこまでも食えぬヤツだとガレイは一瞥して執務室へ向かうのであった。
――◇◇◇――
月読夜が港へ入るとさらに海の近くまで進む。
『ティユイ、来たか』
「キリくんも襲撃に遭ったと聞きましたけど……」
ティユイは心配そうにキリへ声をかける。
『何とかこっちは撃退したよ。そっちも初戦なのに十分な戦果だった。よく頑張ったな』
「ありがとうございます」
そう言いながらも顔がほころぶのがわかってしまう。何と単純なのか。
『これからなんだけど、機体に乗ったまま海から水母を出る手筈で行くことになった。急を要するということらしい』
「了解ですけど……」
機体は海中で圧力に耐えられるのか疑問が浮かぶ。
「人機は元々クエタの海で運用を想定されているんだ。このくらいの海はどうってことないよ」
その疑問にはポリムが答える。
『移動はオートにして俺に続いてくれ。もう外部へ出るための申請はしてある』
「りょ、了解です」ティユイは慌てて返答する。
石汎機が海へ入っていくと月輝読がそれに続く。あとは潜水艦が水母を出るときとほぼ同じ流れである。
そして水母を出た二機は接近してくる艦影に気がつく。
「味方ですか?」
『残念ながら違う』
すると艦影が姿を現して通信が入ってくる。
『こちらナーツァリ軍所属艦の紀ノ。私は艦長のオノヤマ・マコナです。お二方には投降をお勧めします。もし抵抗をするようであれば――』
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