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■月輝読、起つ

登場人物:キリ、ティユイ、シンゴ、エリオス、

 石汎機が音羽から運び出されていく光景をエリオスは神妙な表情を浮かべて見つめている。

「……どうしたんですか?」


 黒い髪の少年が黙ったままのエリオスに声をかける。

「シンゴくん、君は運び出される石汎機を見てどう思う?」


「……あんなの雑魚でしょ。何の問題もないよ」

 シンゴはエリオスの視線を避けるようにして思わず俯く。


「だが、あの機体のせいで私たちはここに釘付けされているよね。つまり、ここで戦っている他の連中に対してはこれ以上の支援は叶わない。この状態は果たして勝利と呼べるものか?」


「……何が言いたいんですか?」

「戦術的な勝利は収めたが、戦略的には敗北かもしれないということさ」


「僕たちが負けていると?」

 まさかとシンゴは眉をしかめる。


「さてね。目の前で起こっていることと、見えてないところで起こっていることは違うという例えだよ」


 ――さあ、艦内へ行こう。とエリオスはシンゴに促す。

 そして「とんだ貧乏くじだ」と毒づくのであった。


   ――◇◇◇――


 社の中にキリとティユイは足を踏み入れる。

 高さ三〇メートルはあるであろう鳥居をくぐると建屋があり、その中に鎮座している漆黒の人影。

 荘厳な佇まいには思わず言葉が詰まる。


 ――()られている?


 キリは建屋に脚を踏み入れた瞬間にそう感じた。誰のものだろうか?


 ――まさかな。


 キリは不意に月輝読のことを想像するが、その可能性は否定する。あり得ないことのはずだからだ。一方でティユイは興味深そうに月輝読を見あげていた。


「どうやって、この機体は座っているんですか?」

 ティユイはどうやら気づいたようだった。これは他文明へのいわゆるメッセージである。


 他の知的生命体が玉座に鎮座するこの黒い影を見たらどういう反応をするのかを測ることで相手の科学技術がどの程度のものか測るのである。科学技術が低ければどうやって月輝読が鎮座をしているのか理解できないであろうからだ。


 玉座と機体は鍵穴を合わせるように幾何学的に絡みあう座らせているということであった。


 これは他文明と接触したときの備えの一つとされている。コミュニケーションの手段として。


「ティユイ、ここからは別行動になる」

「どうしてです?」


「逃走経路を確保しないといけないだろ。戦力が削られた分は俺が頑張らないといけない」 ――頼りないと思うけど。キリはそう言いながら「あはは」と顔を引きつらせながら何とか笑みを浮かべる。


 キリはここから石汎機に乗って、ティユイが月輝読で港に着くまで待機ということになっていた。


「そんなことありません。頼りにしてますよ」

 ティユイは優しげに微笑を浮かべる。それからキリにぐいっと顔を近づけて口づけをする。


 突然のことにキリは目を丸くするが、さらに驚いたのは開いた口の中に舌が差しこまれてきたことだ。


「頑張って」

 顔が離れた瞬間にティユイの紅潮した表情とチラチラとした熱い視線がキリをじっと見つめてくる。


「ああ、任せてくれ……」

 キリは放心状態である。そんなキリに自分が何をしてしまったか気がついて、ティユイはキリから視線を逸らして俯いてしまう。


「あっちで私を待っている人がいるんですよね。それじゃあ行ってきます」

「ああ……」


 走り去って行くティユイをキリは自分の唇を手で触りながら、彼女の唇に触れた感触をしばらく反芻していた。


   ――◇◇◇――


 地下室を降りていくとあたりは暗く、進む足元のみが照らされる。

「どちらへ向かわれているのですか?」

「アカギ殿の功績に報いようと思いましてな。ぜひ、見ていただきたいものがあるのですよ」


 ガレイが先導としてアカギの前を歩く。

「このような地下に何があるのでしょうか?」


 アカギは少し怯えた様子だった。この地下に降りてから感じる得体の知れないピンと張り詰めた空気のせいだろう。


 するとガレイが立ち止まると目の前が照らされて、黒い人影の上半身が浮かびあがる。

「こ、これは……」


 アカギは驚愕に恐怖の入り交じった表情を浮かべる。

八岐災禍(クーゼルエルガ)をご存じか」


「知っているも何も、かつて世界を暗闇に覆った災厄ではありませんか!」

 ――どうしてここに? という表情をアカギは浮かべる。


「ソウジ家は八岐災禍を制御する術を研究していたのです。よりよい世界の創世するためにね」

 ガレイはアカギの左肩に手を置く。それは掴むというほうが適切かもしれない。逃がさないために。


「帰らせていただく! お離しください」

 アカギの叫びは悲鳴に近い。まるで怯えるよう。


「ソウジ家の力の一端をもう少し体験していくといい」

 八岐災禍の胸部から灰色と黒が混じりながら蠢くようにして伸びてきてアカギを絡めとる。 


「これが黒陽(こくよう)――世界を暗闇に覆った深淵の炎だ。貴様はよく俺に仕えた褒めて遣わす。だが、貴様は知りすぎた」

 ガレイにとってもっとも危険な存在は側近である。傍に近しくて忠義深ければ深いほど疑うべき存在であった。だから――。


「――逝け。我が糧となれることに誇りに思うのだな」

 アカギは黒き炎に浸食されていく。苦悶の表情に叫び声があたりに反響しながらも、決して外には漏れはしないという事実が虚しい。


 その叫び声をかき消すようにガレイは大笑いをするのであった。


   ――◇◇◇――


「これはリーバっていうんでしたっけ?」

 三角錐型の乗り物だろうか。翼らしきものが畳んであって、それが機体を支えている。


「ええ。いわゆる空飛ぶクルマだと思ってください」

 機体について解説してくれたのは女性スタッフである。開発元の河童(バハムート)社から派遣されたと言っていた。


 たしかこのリーバがコックピットになるのだったか。

 人機というものがそもそも一個の確立した機体であり、内部にコックピットを組みこめない構造になっているらしい。


「人型ロボットなんて操縦したことないですけど、いきなりでも大丈夫なんですか?」

「あら、高難度のシミュレーションでも好成績を収められているじゃありませんか。問題ありませんよ」


 ――どういうこと? ティユイはきっとそんな表情を浮かべていたのだろう。女性スタッフが答えてくれる。


「ティユイ皇女はケイトでゲームだと思ってプレイされていたでしょう。あれ、シミュレーションだったんですよ。カナヒラ・ルディさんを相手にあそこまでやれる人が問題あるなんて思いませんよ」


 彼女が言っているのはロボットを操縦して対戦するゲームのことだろう。あれってそんな意味があったのかとティユイは感心してしまう。

「あれって訓練だったんですねぇ」


 脱出が容易にということで、前腰部に接続される設計になっているという説明であった。

「たしか機体が搭乗者を選ぶと聞きましたけど」


「それは」と女性はリーバのほうを指さす。機体下より座席が降りてきている。実際に乗ってみてくれということだった。


「リーバにはアシストしてくれる(しん)使()がいますから」

「わかりました」

 ティユイはシンシという聞き慣れない言葉に首を傾げつつもリーバへと向かった。

 指示があったとおり機体下にたどり着く。


 すると上部のハッチが開いた箇所からアームが降りてきて先端から五指のように開く。

 五指座席(フィンガーシート)というものらしい。大きな指がティユイの背中からお尻の部分を包みこむように掴むと、そのまま開いた上部ハッチへ持ちあげられる。


 シートの座り心地といっていいのかはわからないが、フィット感は悪くない。下部ハッチが閉まるとアームも止まり、座席が固定される。

 明るかったコックピットは徐々に真っ暗になっていく。そう思っていると、視界の前方部分だけ画像が映し出されて、外の景色がスクリーンに映る。


 それに伴って手元もぼんやり明るくなっていく。いったいどういう技術だというのか。『(しよう)(げき)(きゆう)(しゆう)()(たい)(ちゆう)(にゆう)確認(チェツク)。空気圧正常値、確認』と頭の中に女性だか男性だかわからない声が響く。


『あなたは誰?』という言葉がティユイの頭に響く。

 対して「モノベ・ティユイ。高校一年生です」と思わず返してしまう。


『音声確認。皇族の血統を確認。あなたは月輝読の搭乗者(オーナー)です』

 認められたということか。本当に自身は皇女ということなのか。彼女にいまのところ実感はなさそうだ。


「はじめまして、ティユイ」

 自分の目の前を黄色を基調にしたスズメくらいの大きさの小鳥が翼を羽ばたかせながら滞空している。


「僕の名前はポリム。神使という名称を聞くのははじめてかい?」

 ティユイは首を何度も縦に振る。

 とりあえずびっくりして声がでないのだ。


「神使というのは人神機の付属品と思ってくれていい。役割は君のサポートをするのが主になる。他にも使い魔とか表現してもらってもいいね」

「サポート、ですか」


「基本的性能は人型であるかぎり量産型と大差ないよ。ただ演算処理能力があがっているんだ。だから機体が意思を持って搭乗者を選んだりもする」

 黄色い小鳥――ポリムは早口で饒舌に語る。


「つまり、あなたもその副産物的なものであると」

「そういうことさ」


 ポリムが言うに自身は情報体を具現化させたものらしく“実体のある幻”という表現が適切ということらしい。それを言われてもますます意味がわからないというところだが。


「どうして意思があるんでしょうか?」

「では、そもそも意思とは何だと思う?」

 質問に質問で返されてしまった。


「意思――心、ですか?」

「その心とはどこからくるのかだね。心は体の内にあると考えるのが当時は一般だった」


 ――しかし、違うとポリムは言う。


 心とは体の内ではなく、外部との繋がりから発生するもの。

 それは人と人の間だけでなく、人と空気の間にも発生する。

 それは石と石の間にも発生する。

 心は生命だけではない。モノにも備わっている機能である。

 故に二つの間に心において壁はない。

 それは世界と自身が繋がっているということを示していた。

 世界とは(すべて)である。

 そこに個は存在せず。

 すべては繋がっている。

 故に終わりはなく、世界は永遠である。


 少女たちの祈りにより世界と繋がりを持った人機は人神機と呼ぶ。

 はたして、それを心と呼んでいいのであろうか――。


「ティユイ、操作法はわかるかい?」

 ポリムに問われてティユイは手元に視線を落とす。両手にはいつの間にかボール状のものが握られている。


 マリモと呼ばれる操作機器である。これで世界共通のあらゆる機器が操作できるようになっている。


 ボール状であるが五指の位置にスティック・スイッチが取りつけられており、ボタン操作を可能としている。またマリモそのものを上下左右に動かす操作にも対応しており、非常に複雑な操作にも対応している。


 そのため人機の操作であれば本来は片手で十分であるのだが、予備動作の機器として左右に取りつけられている。

 余談であるが、足での操作も可能である。もっとも、そういった操作をする人間は稀であるが。


 ――わかる。


 ティユイは不思議と操作の方法を理解できた――いや、できていた。昔から知っていた。そんな感覚に襲われる。


「行きます」


 その言葉のあと、ティユイの脳裏にフラッシュバックが起こる。


 死にかけそうになりかけた。それを命がけで助けてくれた教官姿だった。安堵した表情でこちらを覗きこんでいる。

「ごめんなさい、レイア長官」

「バカね。五体満足なことに感謝をなさい」

 レイアは手を差しだしてきて、その手を自分は掴む。

 誰かの記憶だろうか?


 リーバが浮きあがっている感覚が伝わってくる。その下では何か言いたげだが、それをこられるようにしてティユイを見守るレイアの姿があった。


 黒い影が玉座より大地を揺らしながら起ちあがる。

 

「月輝読、発進します」

 ティユイの声がコックピット内に響く。

 機体が起ちあがるとともにリーバは前腰部に接続される。

 

 周囲にピキピキ、パキパキという陶器が割れたような音が間接部が動きに合わさり、シューッというエーテル吸引音、それとブーンというエーテルジェネレーターの重低音が響きわたる。


 すでに黄昏時は終わり、暗夜が空を駆け巡る。

 世界を覆う曇天は間もなく晴れようとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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